「知ってると思うけど、今この学校では、ハダシ教育期間中なんだ」
教室に向かう間、先生はふと思い出したように言った。
「はい、聞いてます」
「そっか。・・・まあ、慣れるまでは違和感があると思うけど、無理のない範囲で、やってみてくれないか?一応、ハダシになるかどうかは自由ってことになってるんだけど、俺のクラスでは、みんなハダシだな」
「そうですか・・・」
いや、ちょっとまてよ、いま、自由って、言わなかった?自由!やらなくてもいいんだ!でも、みんなハダシなんだ・・・。1人だけ上履きを履いてるのも、なんだか辛い気がする。
とうとうついてしまった。転校生というと、あたしが前の小学校にいた時、3年生の時に1人、あたしのクラスに転校生がやって来た。女の子だった。その時、彼女が黒板に名前を書いて、よろしくお願いしますとか言っているのを見て、転校生ってこんなことしなきゃいけないんだと、学んだ。まさかあたしがそれをすることになるなんて、思ってもみなかった。
まず先生が先に教室に入る。あたしは廊下に待っている。ふと横を見ると、教頭先生と校長先生がニコニコして立っていた。頑張れと、あたしを励ましてくれる。あたしは頷いて、答えた。先生がドアを開けて、あたしを教室へと招き入れてくれる。あたしはゆっくり、ざわざわとする教室へと、歩を進めた。
「・・・遠野ヒナと言います。短い間ですけど、これからよろしくお願いします」
黒板にあたしの名前は書いてあったので、なんとかそれだけ言い切ると、あたしは教室の一番後ろの空いていた席についた。隣は男の子。あたしがくるまで、彼は1人だったのね。かわいそう。席は男女くっついた席が横5列、縦6列ならんでいる。それに加えて、窓際の列に私と男の子だけの列。彼は山田くんと言って、まだ春なのにまるで夏の格好をしている。 半袖Tシャツに、半ズボン、そしてハダシ。周りを見ると、やっぱり、みんなハダシ。上履きを履いているのは、あたしだけ。先生は自由って言ったけど、やっぱりなんだか居心地が悪い。じゃあ脱いじゃえと思うけど、なかなかそれもできない。
先生が朝の会を終えて教室を一旦出ていった。みるみるうちにあたしの周りに女子の輪が出来上がる。転校生って、こんな感じなんだと、改めて感心した。初めての経験。なんだか気持ちがいい。いろいろと質問は飛び交い、それに一つ一つ答えていく。どこからきたの?家どこ?好きな食べ物は?好きな人できた?片岡先生ってかっこいいよね?
そうしてワイワイやっていると、また先生が来て、始業式に向かうことになった。体育館へと移動する。みんなペタペタとハダシで廊下に並びはじめた。こういう時は背の順だが、あたしは真ん中あたりに入れられた。もうちょっと低い気もするのだけれど、上履きと靴下の分、背が高くなっていたようだ。
始業式の間も、そこから帰って来ても、みんなあたしの足元について触れてはこなかった。とにかくそれ以外の、あたしのことについて知りたがった。体育館までの道のりでは、ちょっとした学校案内もしてくれた。それが嬉しくもあり、虚をつかれた感じもした。なあんだ、そんなに心配すること、ないんじゃん。ちょっと、安心。
つづく