「サエ・・・?」
ようやく彼の口から出た言葉はそれだけだった。
「なんで・・・なんでわかってくれないのよ!」
サエは叫んだ。
「でも・・・。」
「もう知らない!バカ!」
「あ、ちょ・・・」
サエは元来た方へと走り出した。片足は白いソックスのまま。もう片方の足には革靴を履いて。土手の道を砂埃をあげながら駆けて行く。
コウダイはやはり何もできず、立ちすくんでいた。頭が混乱していた。追いかけなくては。このままではだめだ。彼の頭にその考えが浮かんだのは、数分してからだった。そこには彼女のカバンと嫌な後味が残っていた。
サエは闇に飲まれつつある学校にいた。とうに部活も終わり、残っている生徒はいなかった。彼女はたまたま開いていた裏口から校舎に入った。開いていようがいまいが、そうするつもりだった。土手の道を走りにくかったため、残っていたもう片方の革靴も土手の途中で脱ぎ捨ててきていた。彼女の靴下は、砂まみれになっていた。足首から下が茶色く染まっている。土足で過ごす校舎内を、彼女は白ソックスでペタペタと歩く。汚れちゃうな、もう汚れてるか。そう思った。だが今の彼女は、そんなことを考えないとやっていられなかった。辛かった。自分の思いが伝わらない。彼はあの時のことをなんとも思っていなかった。私はずっと彼のことを思ってきたのに。いつも近くにいた彼を。サエは校舎内を無意識に歩き、階段を登り、いつの間にか自分の教室の前に来ていた。彼女は汚れた靴下だけの足をそこへ踏み入れた。ひんやりとした床。乾いた、冷たい空気。彼女は芯から冷えていた。足元が冷たかった。靴を脱ぎ捨てて来たことを、今さらながら後悔していた。違うのを投げつけとけば良かった。
教室にはもちろん、机がいっぱい並んでいた。迷ったが、サエはコウダイの席に座ることにした。綺麗に整理され、落書き一つない机。中には教科書類のみ。漫画もゲームも彼は興味がなかった。昔から勉強ばっかり。私にいろいろ教えてくれてたな。サエは足を椅子にあげ、体操座りの格好で思いを巡らしていた。汚れた靴下の足先が見える。くねくねと動かしてみる。どうしたらいいんだろう?
不意に空気が動いた。階段を誰かが駆け上がってくる。先生?誰?
つづく