なんだかいつも歩く道とは違うような感覚がする。今歩いているのは、これまで毎日、登校するのに使ってきた道だ。誰も通らず、旗持ちのおばさんもいない。車も通らない。空気はひんやりして、半そでの僕には少し寒かった。だが日光に当たるとやはり暖かい。初めの4つ角を左に曲がる。ここを右に曲がるのは僕の通学路。左に曲がるとどこに行くのか、僕はまだ知らない。一度も行ったことがなかった。
初めて見る家々が僕の後方へと流れていく。相変わらず誰とも会わないのだが、新聞配達はもう終えられていた。あちこちの家のポストには、地元の新聞が入れられている。何度か分かれ道があったがそれをまっすぐに進み続けると、前方に川が見えてきた。遠くの山脈から僕の街を通り、県庁所在地の中央を走り抜け、日本海へと注ぐ、一級河川。小学校で習って以来、僕はこの川に親しみを持っていた。いつもは橋を車だったり自転車だったりで渡るだけ。こんなに身近に川を見たのは初めてだ。マイナスイオンを感じる。それがなんなのかは、わからない。
目をつぶり、すうっと息を吸い込み、また大きく吐き出す。何度か繰り返し、目を開けた。あたりは家を出たころより明るくなっている。ポケットのスマートフォンは06:01の文字を表示している。家を出てから20分は歩いただろうか、もう大分遠くまで来た気がする。僕はそれから川伝いに歩き出した。ゆっくり、ゆっくり、歩を進める。横では数メートル下を、青い川の水が僕の何倍ものスピードで流れていく。この辺りは川の中流らしい。ごつごつとした石が、時々水面に現れる。川岸は所々コンクリートで固めてあるものの、まだ自然のままの僕の歩く道からは、草むらやガードレールにさえぎられて降りることはできないが、対岸には広場が整備されている。時々そこで僕の中学校の部活動が行われているのを目にする。少し歩くと、道は上り坂になり、その先に立派な橋がある。ここを歩いて渡るのは、また初めてのことだった。石造りの欄干の表示が目に入る。僕の住む地区の地名の入った名前。その横の竣工年は、僕の生まれた3年後。まだまだ新しい。橋の手すりに手をかけ、下を見る。はるか下方に川面が見える。今それは朝日を反射し、キラキラと光っている。しばらくそうしていると、橋の向こうから人がやってくるのが見えた。今日初めて会う人。僕はあいさつしようと心に決めた。いつもはそんなことしないのに。下を向いてやり過ごすだけだ。学校でもそうだった。
つづく