「間に合いまじだが?」
ひどく息が荒れていた。相当走って来たのだろう。顔はどっかの雑誌に載っていてもおかしくないほど整っており、足も長い。白い、ファー付のロングコートに黒いレギンス、そして…、素足。間違いない。レギンスはくるぶしまでで、そこから下はまぶしい素足が出ていた。しかも、スリッパ類は何も履いていない。完全な裸足状態。僕の心臓がどくどくなる。脈も早くなる。相当床、冷たいだろうに、汚いだろうに。
 手に持った袋には、高いヒールの赤いパンプスが。これを素足で履いてきて、上履きは忘れてしまったのだ。彼女はどう感じているのか。この氷点下近くの寒さのなか、素足で家を出る人もほぼ皆無だろうに、ましてや校内を裸足で歩く人なんて、いないだろう。でも僕はその奇跡の人に会えた。しかもその人は僕の真横の席に。ふわりといい香りが広がる。フミのことなど、頭からすっぽり抜けていた。さすがに英検のことは覚えていたが。分の試験時間、僕の目はついつい右側に寄ってしまう。タトゥータイツ裸足と完全裸足の2人の女子大学生。足は頻繁に動く。問題を解くのが大変だった。マーク欄を1段間違えた。ひやひやした。
リスニングも耳に入れるのが大変だった。裸足の足の指がうにうに動く。2、3問丸々抜けた。
 ようやく総て終了。できは、駄目だろう。これで終了です。お疲れさまでした。試験監督の無機質な、台本通りの言葉で、教室内は一気にざわざわし出す。後ろのフミの目は輝いていた。
「ユウ君、私、けっこうできたよ。長文、意味分かったんだ。人と動物の食事について。」
そんな話、あったっけ。
「ユウ君は?もち、できたよね?」
足に見とれてたなんて、言えるはずもなく、どうかなと、濁しておく。
 隣の裸足の女の人は、タトゥータイツ裸足の人と 会話していた。知り合いなのか。お互い、上履きを忘れたことについて話しているのだろうか。まだ帰る気配はない。フミとはここで別れ、彼女たちの同行を見守ることにした。すでに黒く汚れた足裏が見えたが、これからどうするのか、気になる。

 フミが去ったあと、少しして彼女たちも席を立つ。足は全体をつけて歩く。冷たくないのかな。気温は今朝とあまり変わらない。頬に当たる風が冷たい。教室を出ると、彼女たちは出口とは逆方向に進んだ。どこに行くんだろう。ここに行った。彼女たちはためらいもなく、トイレに入った。裸足で…?なかなかすごい人だ。物陰に隠れて彼女たちが出てくるのを待つ。5分して出てきた。メイク直しもしたのか、さっきとは印象が違う。そのまま、また出口とは逆方向に廊下を進む。そして校舎の端まで着くと、そこにあった階段を降りる。ここの卒業生だろうか。校舎の構造をよく知っている。先程から、辺りに人の気配はない。廊下に彼女たちの足音が響く。僕は慎重に後を追う。階段を1階まで降りる。あれ?彼女たちがいない。足音もしない。確かに1階まで降りたはず。辺りをキョロキョロしていると、いきなり腕を掴まれた。階段の横、外に続く場所に引き込まれた。状況を理解できず、慌てる。振り向くと、彼女たちがいた。裸足で。

つづく