それは今を遡ること80年前、1944年のセントルイスでのことだった。

 

ある晩、ビリー・エクスタインが率いるバンドが、ニューヨークからセントルイスにやってきた。

 

地元の高校生だったマイルス・デイビスはわくわくしていた。

 

事前にレコードで聴いていたディズ(ディジー・ガレスピー)とバード(チャーリー・パーカー)がそのバンドにいたから。

 

自分もひょっとしたら一緒に吹かせてもらえるかもしれない。そう思ってトランペットをもって友達と会場に来た。

 

ステージからある男が、「おいペットを吹けるのか。ユニオンカードは持ってるか?」と聞いてきた。「ああ持ってるさ」 ユニオンカードとは演奏者が持っていないと、公の場で演奏出来なくて報酬ももらえないもの。

 

その頃には若いなりに、マイルスはセントルイスでは結構名が知れ渡っていた。

 

「じゃあ、こっちに来てくれ、今日はペットが足りないんだ」男はステージの準備を続けた。

 

やがてバンドの開演。マイルスもステージの端っこにいたけど、男が演奏を始めてすぐにわかった。この人はディズなんだ。

 

バードとディズはすごい演奏をした。今までに聴いたことがない、ハイレベルのテクニックとフレーズ。

特にバードが吹き始めると、観客もバンドの共演者までが聴き入ってしまって、まるでエクスタシーを感じているようだった。自分のソロが回ってきても、慌てて気づいて吹き始めると言った始末だった。

 

マイルスは後年、この時の二人の演奏を生涯の目標にしていたと語った。今度こそ決まった演奏だろうと思っても、どうしてもあの晩の二人の演奏には追い付けないんだ。

 

そしてマイルスは決心した。二人がいるニューヨークに行こうと。

 

 ニューヨークではなかなかバードに合えなかった。デイズはよくしてくれた。どこへでもマイルスを連れて行ってくれた。お店にも、エレベータ付きの大きな建物にも。

 

「さあマイルスでかけよう」これがディズの口癖。ガレスピーはマイルスの9歳年上だった。

ディズの奥さんは、ジャズメンが自宅にくるのを嫌っていた。だらしない連中が多かったからかもしれない。すぐに「ここで何してるの、さあ出て言ってちょうだい」と追いだそうとしていた。

 マイルスも一緒に出ていこうとすると「マイルスはいていいのよ」と言った。

 

若くて、知性的なマイルスを気に入っていたのだろう。

 

エピソード 1 完