タイとラオスのメコン川の国境の町ノーンカーイに朝9時頃着いた。
入国が14:00時なので5時間も時間があるので寺院とかをトゥクトゥク(3輪タクシー)100バーツで見回るが田舎なのでつまらなかった。
寺院では2匹のオス野犬が喧嘩しながら1っぴきのメスを取りあい交尾していた。日本で犬同士の交尾は見た事がないなと思いながら国境に戻った。

国境を超える時に日本に行った事があるタイ人のハイカラな女性と片言の日本語を交え仲良くなった。国境を超えラオスに入った。
トゥクトゥクで2900バーツで入国できましたが高い、他の人は2000(タイ人)バーツ、タイの女性は500バーツ、日本人はボッタクられます。
ラオスの首都のヴィエンチャンに着きタイ人の女性とディナーの約束をして別れた。
フランスのパリの凱旋門の1/10のサイズの凱旋門パトゥーサイの前の屋台ラーメンを食ったが上手かった。何にもない首都だった。
お金を両替したら10ドルぐらいだと思う(1997年の換金レートを忘れたので2012年)=84666キップ札束の嵐、片手で持てなかった。
宿に行ったら1泊10ドルだった。高い。
夜になりタイ人の女性と約束の場所に行きお酒を呑んだ。過去2~3年間日本に行き、パパさん(何処かの社長の愛人として)に食べさせてもらっていたとか、 日本は 良かったとか、タイは汚くて嫌いだとか、タイの男は優しくなくて一度付き合うと別れるのがめんどくさい(未練がましい男は万国共通だと思ったが)日本人は 優しいとか、また日本に行きたいとか。
呑んでるうちに部屋に来ないと言われ行った。2200バーツの高級ホテルだった。
更に呑んでいるうちにシャワーを浴びて来てと言われて、そのままHをしてしまった(友達が日本を発つ前に万が一にとコンドームをくれ財布に入れておいた。)。
朝は疲れて宿に帰って寝た。

PS:コンドーム問題、今の2012年と違い1997年はエイズ防止が世の中に浸透していました(私の母や世間はコンドームしろと唱っていましたが真面目なPTA的家族や教師は恥ずかしくて言えなかったみたい)。

カナダに1年行っていた時にカナダで歯医者に行った。
帰国してエイズは歯医者でもうつるとマスコミの嘘の為に心配になり保健所にエイズ検査に行った。
当時私は20か21歳で保健所の検査待ち待合室に男女10人ぐらい私を含めてみんな死相が出るような顔でした。
3人ぐらいが別室に呼ばれ、あなた達は大丈夫ですよと言われた時の生きていていいんだと言う感動は忘れません。
陽性と言われ別室に呼ばれた三人はどうなったかなと気になります。