本日は昨日の帰りの中央線で思ったことを本日行きの中央線で書きます。
試合に勝ちたい、勝って喜びたい。喜ばせたい。
誰もが大なり小なり、自分の為、チームの為、人の為に努力してるはずなんですが、結果がついてくるとは限りません。
勝ちあるとこに負けがあり負けあるとこに勝ちがあるからです。
そんな中気になる点が一つ
負けた時に必要以上にアレダメ、これダメ、うまくいってない、できてない、できない、合わないってやつです。
逆に勝った時。。。はまぁ沢山喜んで分かち合っていいんですけど。
でも根拠のない、自分達のフットサルができましたっ!ってやつは勝ったら自分達のフットサルで負けたら自分達のフットサルなの?って感じてしまう。
この前の負けがあったからと言うのも、負けて具体的に何かを変えようとして歯を食いしばって努力したかがあるか無いかが大事で、負けて悔しかったら次に勝てるなんて事はないし、じゃあ喜んだ次は負けちゃうねって思います。
勝った時に、これ不味くない?あってないかも。変えた方がいいかな?とか
負けた時に、これはうまくいったから、もう少し頑張ろう、今日はここまでだったけど、もっと話して合わせよう。
ってのは中々聞けませんよね。
以上からわかる事は
俺の性格が悪いって事!!
という事実はさておき何が言いたいかって
俺だって、仲間や自分が勝ったら嬉しいし、喜んじゃうし調子乗っちゃうし、負けたら落ち込んでしまうし嫉妬もする。
結果が出ない時も出た時も反省して変えていく事は大事。勝つ為に勝ち続ける為に。
でも何を残して何を変えればいいのかはとても難しく怖い。
結果が出た後に、アレが良かった、コレは良くないという内部、外野はゴミクズの如く沢山いるけど明確に次に向かって自分の責任で前を向いてこれをしよう、これを残そう!って意見なんてほとんどない。
例えばアップ一つでもこんな経験がある。
自由にダラダラやりすぎてて入りが悪いもっとキチッとまとまってやろう。
取り入れて数ヶ月
出る順番や個人差がある中でみんなでまとまってアップするのは効果的じゃないし、試合の為のアップになっていない声を出して楽しくアップした方が士気も上がる。
んまぁキチッと集まって声を出して盛り上げて、各位がプラスαやればいいっていえば終わりなんですが。
限られた時間アマ環境、アマ精神で出来るだけの事や効率を上げようとした時に出た相反する意見のよくある一例です。
ディフェンスだって
前から行けば
勝てばハマってた、負ければあってない
引けば
勝てば合ってる、負ければこれでは守れない
マンツーにしてもゾーンにしても同様
セットも勝てば楽しい最高、負ければ合ってない。
だいたいはこんなもん🤷♂️
どっちが正しいかってどっちも正しい。
大事なのは本当に真剣に変えたいと思ってる気持ちがいかに多くあるかで本当に真剣に良くしたくて模索している人達の行動が経験と信頼を生むんだと思う。
何が正解とかじゃなくて、正解を探す過程の努力と精神が大事なんだと最近思います。
もし練習の最後の方で着替えている人がいるとしましょう。
何こいつ?もう出番ないと思ってんの?
って思われる人チームにいがちだし、着替えんなバカと思います。
でも、最後に出番があった時に良く動けるように、少しでもって気持ちでシャツを変えてたのかもしれませんよね。
これは、紛らわしく着替えた人が悪いのでしょうか?
勘違いした人が悪いのでしょうか?
ちゃいます。
着替えた人の日頃の姿勢と言動が前を向いていたら普通にこの人がそんな事するわけないというか、帰りたいから着替えてるなんて思われないんです。
勘違いした人が日頃からこの人に話しかけて、考えや人となり、気持ちの強さをわかっていれば間違える事なく理解できたはずなんです。
だから問題はシャツを着替えた時に起きたんじゃなくて、もっと前からの積み重ねなんです。
僕も選手として、そこだけは信頼を得なくちゃいけないし、監督として何気ない言動で誤解を受けるなら普段の姿勢とコミュニケーションが足りないって事なんだと身が引き締まる思いです。
積み重ねよー。
勝った時も負けた時も
勝ってる時も、負けてる時も。
勝った時は喜び楽しもう、でもそんな時こそ負けてた時に言ってた事を思い出そう。
本当の改善点が見つかるかもしれない。
負けた時、負けてる時に、必要以上にダメとか合わないとか、つまんないとか、出来ないとか辞めようっての辞めよう!だって途中なんだから。
俺を怒るのを辞めよう。
監督なのに問題点わかんねーのかよって思うのやめよう。
つらいから。
やめてよ、もう会社だよ。
またー🖐