正当化するのをやめるあれはこうなったから結局よかったんだとか、自分が逃げた事を認めない口実によく使っちゃったりしますそこで終わると、何も変わらないなぁと実感しています。何かをした時、たとえ逃げだったとしても、それを否定も肯定も正当化もせずただ感じる。感じ尽くす。そうする事で他人を今まで勝手に裁いていた自分に気付きます。そして、自分が正しいとか証明する必要がなくなり許せるようになります。そうするためにも、1日の内、10分は静かな時間を作って自分との会話をかかさないようにします。
人は感動する事はできても行動できないそもそも、人は自分には出来ないような事を成した人に感動したりする。自分が出来る事では感動よりまず先に共感がある。この違いが行動できる人と出来ない人の違いなんじゃないかなと。すべての事を出来た人と同じようにしようとすると無理がでる。その中で自分のできる事をやっていけばいいんだと。得たい結果を得るためにどうやろうが関係ないんだと思います。PS亀田兄弟の試合、ボクシングをカジっていた自分としては興奮しました。興毅の方はタメなんですが、本当に凄いと思うのと同時に、かわいそうだなとも思いました。でも、ガンバって欲しいです!
傷口に塩を塗りたくってくる母親というわけで、母親と昨日電話でバトりまして…「あんたねぇ、私があれだけいったのに、そんなんでやっていけるん!?」「そんなもん、あん時はわからんかったんやって!こっちきて一人暮らし始めてやっとわかったわ」すると、得意げに「ほらみぃ、あん時いっとった事が身にしみるだら!」これ以上言い争う事に疲れたのと、事実なので仕方なく白旗状態で、「ごめん、おれが甘かったわ。もっと考えて行動するよ」「わかったなら、い~わ!じゃあ」ガチャッ!ツーツーツー切られました。この突然のガチャ切りがまたムカつきます。でも、これにもメリットがあって、この人にイラつかなくなったら、ぼくはどんなワガママな子でも大丈夫になるんじゃないか?みたいな。群馬に来て必然的に電話する機会がふえたので、もっと電話しようと思います。PSムカついた時は「母親よりはマシ」こう思うようにします。まぁ、愛してますぜマイマザー( ̄∀ ̄)