今日3月11日はあの東日本大震災から5年たちました。
最近は忙しくしていた事もあり、日本人にとっての悲劇の日を忘れるところでした。
亡くなられた方々にはご冥福をお祈りすると共に、未だ復興途中で日常の生活を取り戻せてない方々のご苦労を慮る事しか出来ません。頑張ってとかの言葉は軽く口には出せません。
同じ同胞として出来るのは、義援金を出したりボランティア活動する行為も崇高なものですが、最低限あの日をずっと忘れない事。
私の3.11は消防団にいたこともあり、招集がかかった所で初めて見た津波の映像は映画を見ているようでした。地元海岸で警戒していた津波にしても海面が少し盛り上がった程度で実感も湧かずでしたが、夜になりTVの映像を見ているうちに徐々にその被害の大きさに驚愕しました。
その数日後には資材の高騰や品不足でより実感したり、その買い占めや建設、プレファブ関連株の高騰などのニュースを見るに付け苛立も感じたことを覚えています。その利権構造は根深いですね。
そんな中、一部の人たちから支援物資を送ると聞き私も少しですが毛布を出しました。その後数日たつと、市や社協などの統一された支援体制がひかれましたし、それ以外に有志で現地に向かった若い人達もいました。
少し落ち着いた頃お店でその話しをすると、その若いセラピストの娘は倒壊した家の片付けのボランティア活動をしているらしく、お年寄りの話し相手や肩揉みなどで喜ばれたそうです。私を含め口だけの大人が多い中、なにかしなきゃという若い人達の行動力には頭が下がります。今日、その当時の映像やニュースを見て思い出し考えさせられる一日になりました。
余裕のある大人や年寄り、もっと言うと富裕層の方々には貧困や災害時の寄付だけではなく、他人を思いやり志のある若い人達を支援できる体制があるといいなと思った一日でもありました。
普段、拙くキモい記事を書いている私では説得力もありませんが、最後までお読み頂きありがとうございます。