セルフヒーリングのススメ

セルフヒーリングのススメ

本当の自分に還り、本物の豊かさを味わう



NEW !
テーマ:
制御したいと思うとき、私たちは自分が制御できていないように感じています。


制御欲求は、本来の意味での感情ではありません。 「私のやり方でなくては」というように 強く押し付けがましい思いです。


私たちが何かを制御したいと思うのは それが制御不能で、自分がコントロールできる状態を取り戻すために行動を起こす必要があるように感じられるときです。


制御欲求の同義語には、抵抗、何かを変えたい、理解したい思い通りに動かしたい、自分のやり方で行いたい、正しくありたい とりわけトップでありたいと思う気持があります。


省略


制御したいという欲求とセットに なっているのが制御されたいという欲求です。


これが動機付けとなっているとき、私たちは自分の人生や感情を、自分以外の誰かのせいにしてその責任をとってもらいたいと思います。


  人生を変える一番シンプルな方法  主婦の友社 ヘイル・ドゥオスキン著 p129、130より引用

 

 

本当の自分を謳歌していないと感じる場合、少なからず私たちは、本来の自分と乖離(かいり)した部分を、この制御欲求で埋めようとあがいているのではないでしょうか。

 

 

yukkaです。

 

 

本日はわたしがセドナメソッドを試し始めた頃の数年前の体験記事です。これセドナに限らず解放ワークをやっていくとでてくる事象です。実体験に即しておりますので、参考までに。

 

 

長文なので手すきの時にどうぞ(^^)v

 

 

みなさんは、誰かや何かをコントロールしたいという欲求と、その逆のコントロールされたいという欲求と、どちらの傾向にありますでしょうか?

 

 

 

私の場合、セドナメソッドをやり始めたばかりの頃は、コントロールしたいという欲求に主に取り組んでいました。

 

 

セドナを始める前段階で、だいぶ制御欲求は解放されていたと自分では思っていたのですが、セドナを実践してえええ!!まだこんなに制御欲求があったんだ~なんて気づかされることが多かったですね。そのくらい根深いものがあったのだと思います。

 

 

 

例えば、人間関係において何かあった場合、まあ、自分にとって不愉快だったり不都合な存在の人がいた場合、わたしは容赦なく携帯電話のデータからそういう人は削除しまくりでしたwもうめんどうくさいというか、突っぱねていたわけですね。
 

 

 

理解しあえない関係性はいらない!自分をわかってくれない人はいらない!っていう避け方なんですかね。要するに、制御不能でコントロールしずらかった場合、そういう方法でしか対処できなかったわけです。

 

 

 

で、セルフワークの実践を重ねてくる過程で、そういうのにもなんとなく変化が現れてきたりして。つまり、自己受容の許可レベルが上がるのに比例して自分以外の存在に対しても寛容になり、表現方法に変化が現れてきたのだと思います。

 

 

 

でですね、解放しつづけて、本来の自分であることを、制限してきたコアな原因に近づいていくにつれてついにやってくるんですよ。その日が。神様の卒業試験といいますかw

 

 

近しい関係性での問題がきっかけになることが多いかもしれません。

 

 

さて本日は、わたしにとって最大のボスキャラであった母との関係性を通じてわたしが制御欲求の解放体験を話してみたいと思います。

 

 

 

さっそくですが、20代で離婚をしてたった一人でわたしを育ててくれた母。小料理屋で独立してバンバン稼いでいました。女手一つで子供を大学まで通わせ、家を建ててしまうほどのパワフルウーマンなわけです。わたしは田舎から上京して大学へ通っていたので、学費だけではなく今思うとかなりの金額の仕送りもしてもらってました。

 

 

 

わたしが社会人になることには再婚して主婦になってからもそのパワーよろしく、家事も全力投球、その徹底ぶりは松居和代さんばり?(笑)で、まあ、娘の私がいうのもなんですがたいしたひとなのであります。

 

 

 

そんな母ですがなんでもできちゃった人だからでしょうか、自分のやり方や価値観を人に押し付けようとする傾向があるといいますか。もちろん、本人は、良かれと思ってやっているわけですが、、、、、、。

 

 


確かにかなり面倒見はいいですし、尊敬する部分もたくさんあります。でもですね、幼いころから大人になってからもやることなすこと口だしされる、ダメだしされているとちょっとね、っていうか、かなりね、っていうストレスでしたゲローゲローゲロー

 

 

 

ですから、母親を愛している反面、彼女のコントロール下から逃れたい逃れたいと常に反発心を抱いてきたわけです。いや、本音いうといなくなってくれたらどんなに楽かっていう気持ちもたまに湧いてくるくらい嫌でした。

 

 

 

でね、セドナとかなどの解放ワークやっていくうちにね、だんだんと近づいていくんですよね。

 

 

 

コアに。

 

 

 

まずね、フタがパコーンと開いてわかってしまったことが、別れた旦那に母と同じことをしていたってことを知ります。ニヤニヤニヤニヤニヤニヤ

 

 

 

こうあるべき、あああるべきといった、人を裁くことによって、あるいは感情の操作により(本人は自覚していません)相手をコントロールすることに真っ向から反発していた私自身が他者に対して同じことを行っていたってことに。

 

 

 

↑あたしがめっちゃ知りたくなかった自分の闇をみつけた瞬間でしたね。あたしを苦しめてきたのは母ではなく、自分の中にありました。

 

 

 

そしてもうひとつね、これは承認欲求にもつながるのですが、他人の顔色を気にして、あるいは、自己不信によって常に心の奥底では誰かの、何かの許可を得ようとして自分を裁いている自分もいました。

 

 

 

つまり制御されたいという欲求も同時に存在していたということですね。

 

 

 

でですね、これはまだコアじゃないですからね(笑)

 

 

 

玉ねぎの皮をむくように真実があらわれてきます。よく全然解放されませんなんておっしゃる方いるんですが、しかも何気に多いのですが、あのですね、解放は一回やってなんぼではなく、日々やり続けてなんぼなんですよって、話してます。

 

 

 

いろんなセミナーにも行って、ワークもやったけど、いまやってないとか、わたしはやっても無理とか言ってる方は、目の前の現実が変わらないことですぐにあきらめてしまいます。

 

 

目の前の現実を変えることに執着してるんです。

 

 

 

解放ワークの本質は”本当の自分に還る”ためにやるわけで、現実を変えるためにやるものではない、ってわかると諦めるとかいうのはないんですね。

 

 

 

現実は、おまけみたいなもの。外側をいくら変えようと思っても、多少変えることができても、内側の周波数が変わらなければ、いずれ同じような現実を創造し続けます。

 

 

 

本当の自分(本来の周波数)じゃないから、目の前の現実に一喜一憂する、右往左往する、目の前の現実次第で自分の幸不幸を決めている、っていう生き方ですね。

 

 

 

ほんものの豊かさを味わうには、本当の自分に還るこということに視点を移すと楽ですよー、早いですよーってことに気がついた人からシフトしていくのかなって。

 

 


でですね、本日書いた体験は序の口であって、コアではありませんでした。

 

 

 

この話にはつづきがありまして。。。。この後おっきいのが釣れます(笑) 見ないように封印していたおっきい魚。

 

 

次回パート2で書いてみたいと思います。

 

 

 

ではでは本日もありがとうございました口笛

 

 

本当の自分に還り、本物のゆたかさを味わう

読者登録はこちらですチュー

↓↓↓↓↓↓↓↓

読者登録してね

Ameba人気のブログ