世俗的な幸せと霊的な幸せは互いに排斥しあう。その際たるものが快楽だ。趣味の楽しみも霊性を遠ざけてしまう。
だから、この世で恵まれない人、薄幸な人も実はそこに隠された意味がある。彼らはその不遇さゆえに、この世に下手な柵がなく、その分だけ霊的なものを受け付け易いのである。またそうした厳しい状況下にあることによって、彼らの霊性は伸びている。逆に言ってしまえば、幸せな環境下で霊性が伸びることはないのだ。
社会的な地位なども、もしそこに執着心があれば、死んでしまった後、すべて天国への道の障害物に化けてしまう。だから月並みな言い方だが、天国に入るには、この世で何も持たないことが一番なのだ。神は特定の誰かに他者よりも多くの恵を与えることはない。他者に抜きん出て神に愛される特定の個人も断じていない。そう捉えるのは、背後の霊的な意味を読めない、この世の人間の浅はかさゆえのことである。