たまに自分に「いいね!」を間違って押しちゃう、オッチョコチョイなわたしです。(ブログ始めた時「いいね!」ってどうやって押すの?と思ってました。)
昨日は4年目の3月11日でしたね。
(深く哀悼の意を表します。)
その日、私は新潟で初めてのぎっくり腰になってました。
前日10日には床に這いつくばって動けず、ホットカーペットの上で寝て、茨城かどこかの現場にいた旦那ちゃんが帰ってきてくれて整骨院に連れていってくれました。(木曜日で整形外科が休みだった。)
旦那ちゃんは10日のうちにまた関東の現場へ移動。
11日、私は安静をとって仕事を休み、アパートで横になってました。
床を突き上げるような振動と共に、部屋の中の物干し竿が揺れて…。
長野県側も地震がありましたね…。
その年は、母が直腸癌になったりしたので仕事辞めて九州に帰るつもりだったのですが…職場はなんと雇い主の体調不良で全員解雇になり、すぐに失業手当をもらうことになりました。
そのお金で…旅をしたり、スピリチュアル関連?に使ったりしてました。
タロット占いで「こどもはできますか?」という質問に「方法を変えればできる。」と出ました。
マヤ暦を習いに行ったとき知り合ったお友だちのなんとか?カードでも「こどもはできますか?」と念じながらカードを引くと「まだ早い」と…。
心の中で思いました。
「41才で早いって嘘やろ~?。」
2012年、パート先の職場で、不妊治療してこどもを授かった方が二人いて、すぐ家の近くの病院にたまたま不妊外来があり、体外受精(顕微受精)をして、二個の受精卵確保(冷凍保存)し、2013年私の子宮の中を キレイにして、秋に受精卵移植し、2014年5月男児出産となりました…。
旦那ちゃんと一緒に暮らしたのは7年前の最初の2ヶ月ぐらいで、他人からは「なんのために新潟来たんですか?」と、よく言われていました。
不妊治療も一緒に住んでないから出来ないね、と思ってたけど、年齢的なものもあってリーサルウェポンの体外受精だったけど、旦那ちゃんに一回受診し診察券作ってもらい、別の日に精子を(自宅で出したの)病院に持参(私が)しただけなので(旦那ちゃんは二回新潟に来ただけ)、私達夫婦にはちょうど良かったのです。
「不妊治療は辛い」と思って、やらなかったのを「方法を変えろ。」だったんだと…。
41才では「まだ早い。」
43才だったからできた出産。
きっとあのとき九州帰っていたら…できなかったかもね。