昨日アメーバトピックスというものに掲載されて突然にみてくれる方が増えたのは本当に喜ばしく思います。ありがとうございました。子供の結婚を心配する、シンプルな心の呟きがスタッフの方の心に刺さったのでしょうか。

そんなこんなで気合い入ったものの、元々「ユダヤ人妻」という同じ境遇の方のための情報源として始めためちゃくちゃニッチなブログなので、ブログで堂々と言えるエキサイティングな話も書けず、淡々と続けることになりそうです。期待させてごめんなさいね。

 

そもそも、「ユダヤ人」というと子供心に衝撃を受けた単語でしたし、民族として謎めいた部分なども何か惹かれる部分はかなりの日本人の中に潜在的にあるのだと思っています。私の場合はたまたま夫がユダヤ人だっただけなのですが、やっぱりその考え方、受け継いできたものはグゥの音も出ないほど面白かったんですよね。夫が人として優れているかというと、何かが欠落してるのは満場一致。でもモラルという面ではハッとする部分は多いです。簡単な話、トーラーのおかげです。

 

最近の私の癖を変える過渡期にあたる部分は、「人の噂と嘘」について。

私は「嘘も方便」がベースにある家庭で育ったと思います。人当たりが良く、嘘ではないけど「モノは言い様」グレーゾーンを渡り歩いてきたような生き方でした。個人自営業で接客業をしてたから尚更です。でも「嘘は絶対悪」がベースの夫を見てきて、最初は下手な生き方だと思っていたのに今ではできればそう生きたいと思うようになった。嘘は絶対悪だという1番の理由は、「全ては小さな嘘から始まる」から。一つの小さい嘘は大きな嘘になるしかない。不可逆。

そして人の噂について。人の悪い噂は言うなかれ。ユダヤ教の中ではかなり悪い罪に当たります。でも結局それが罪だろうがなかろうが、ユダヤ教だろうとなんだろうと理想の自分を思い描いたときにどうみてもカッコ悪いのは間違いない。

 

トーラーでは、ちょっと悪いこともすごく悪いことも、同様に悪いことだと禁止されています。

学生時代、村上龍に心底惚れ込んでいたときに「俺の背中をみていれば間違い無いんだと子供に胸を張って言える政治家がいないのは、、、」みたいなエッセイを読んでそれがずっと突き刺さってて、やっぱりその絶対的なモラルはトーラーになった。

 

村上龍を思い出してセンチメンタルになってしまった。

ということでジャジャーン、

子供の公園遊びの合間ももちろんお祈り。東はどっちだーって。

朝はテフィリンでさらに時間がかかり、昨日は新月だったのでさらにお祈りの時間も長く、毎日お祈りが忙しくて仕事をしている暇はない。。。

天狗様に似てるのは否めません。日ユ同祖論、侮れません。