分娩室から病室に運ばれた後はあまり記憶がありません。
看護師さんが傷を確認しに1時間ごとに来てました。
夫は市役所に手続きに行ったり、棺や骨壷を探すために、外出していきました。
自分におきた事が信じられなく、娘を抱っこして、産んだら生きているかもしれないという思いは打ち砕かれ、
インターネットで「死産」を検索しまくってました。
そして、正産期での死産は0.2%であることを知り、なんでこんなに低い確率の出来事が自分におきてしまったのだろう
と納得できず、また何かしていないと落ち着かない状態でした。
相変わらず、帯状疱疹が痒くて痒くて、薬を塗りながら横になっていました。
職場への報告も割と冷静にこのタイミングでしていました。
今思うと、後のタイミングでしていたら、娘が空に帰ってしまったことを日に日に実感してきているので、
取り乱した報告となってしまったに違いありません。
出血量が多く、一度先生の診察を受けました。
内診後、
私「今回産院に行かずにすぐに救急車を呼んでいたら、赤ちゃんは助かっていたのでしょうか?」
先生「厳しかったと思う、もし助かっても一生お世話がいる状態になってた。今回は事故みたいなものだから、防ぎようがなかった。」
との答え。
先生は内診室でわざわざ私の顔を見ながら真摯に答えてくれました。
その答えを聞いてますます、なぜ娘が事故に遭わなければならないのだろう
なんて世の中理不尽なんだろう、そんな想いが込みあげてきました。