本店から京都支店に転勤になった。

2月中旬の発令だったので、子供の学期末まで単身だ、引っ越しには家族皆で京都へ行った。荷物が片付いて、元妻と2人の子供が東京に帰ることとなったが、次女が「私東京へは帰らない、お父さん一人で可哀想だから」と言い出した、何と優しいこと、今では殆んど連絡がないのに。結局皆ですぐ東京へ帰って行った。

住まいは下鴨泉川町になった。すぐそばを鴨川が流れていて、最初の頃は川の流れの音がうるさくて眠れなかったが、そのうち慣れて眠れるようになった。

私はこの後、大阪、高知支店へ転勤したが家族は子供が高校を卒業するまで京都に置いて行くこととなった。所謂単身赴任だ。

最初に大阪支店へ転勤したときは京都から京阪電車で通っていた。この京阪電車の朝の混雑が半端なく、始発なので座っているとどんどん混んできて、終いには女子高生が膝の上に押されて座ってしまうってことも何度かあった。








長女は下鴨中学から洛北高校、福岡大学付属看護学校へ行き看護師になり、整骨院の院長と結婚した。
次女は私立京都学園中学高校に行った。高校のときお願いした当時京大生で後に外資系コンサル会社に勤務している方と結婚した。後に次女は明治大学法学部に行って銀座にあるITのベンチャー企業に就職した。
長女が中学のとき週2日塾に通っていて、帰り道とくに糺の森辺りは物騒なので私が仕事帰りに塾に迎え行っていた。
休みの日には、子供が中学生の頃までは、鴨川に散歩に行くなどしていたが、高校生ともなると話も余りしなくなった。子供と話始めると元妻がすぐ話に入ってきて、直接話を出来ない状態になっていた。
それでも月何回かは家族で外食していた。
元妻とはレスとまではいかなかった。