映画「国宝」映画

李相日 監督

 

2026年の映画鑑賞

まずは話題作の「国宝」から

去年から見よう見ようと思いつつ足を運んでいなかった、この作品の元へようやく行くことが出来ました。

 

壮絶。

釘付け。

凄かった。

 

ほんとに

3時間の上演時間が

あっという間でした。

 

 

任侠の家に生まれた喜久雄が抗争で父を失うところから始まり、喜久雄の才能を見込んで歌舞伎の家に引き取ったのは歌舞伎役者の花井半二郎、半二郎の息子で御曹司と呼ばれる俊介との出会いから大きく動き出していく。

 

小説が原作の映画

 

小説では、映画の中では描ききれなかった登場人物それぞれのエピソードも表現されているのだとか。

 

映画は主に喜久雄から見えている世界に焦点を当てて、強烈なハイライトで印象付けながら少年期から老年期までの年月をその時代ごとのエピソードで繋いでいる。

 

喜久雄が存在している その時代ごとの場面を描いているが、その都度の個人的な感情を具体的に時間をかけて掘り下げられることは少ない。

その時に起こった出来事に対して映画を見ている側は衝撃をうけるけど、その余波を引きずる前に、次の瞬間には数年経過した場面に転換しており、過去の出来事の結果は次の時代のエピソードの中から感じ取りながら見続けていくようなイメージ。




 

若干、時の移り変わりに唐突さはあるものの、不思議とブツ切れた不快感として残らないのは、常に物語の中心にあるのは歌舞伎であり、歌舞伎と共にある人生で、芸事しか眼中にない人生の如く、その時々の人生模様も含めて映画の中で表現される歌舞伎の演目や踊りの表現に絡められていく。


今現在、映画館のシートに座って見ている側と映画の世界の中の客席に座る観客側とが一緒になって、目の前で繰り広げられていく舞台の感動を共有出来てるかのような心地良い錯覚。臨場感。それらの感動も相まって、物語を極上に昇華していく演出が効果的に上手くはまっている。

 

感動の連続。モヤつく間も与えぬ鮮やかなストーリー展開として まとめ上げられた映画でした。

 

歌舞伎の家庭出身ではない喜久雄という存在への風当たりは厳しいものもあり、歌舞伎の興行会社の社員から喜久雄へと発せられる言葉や人間国宝の歌舞伎役者さんが喜久雄へ接するときの在り方などに滲んでる。

突きつけられる立ち位置。孤独。

それでもなお歌舞伎を続けていくなか、やがて認められるまでの移り変わりも印象に残りました。

 

 

 

ネタバレふくむ印象を言うと、冒頭の出来事を経て諸々の後、成長した喜久雄が歌舞伎の代役をつとめる場面までは人間ドラマに魅せられていました。


と、同時に、客席からは目にする事ができない舞台側からの視点が新鮮だった。楽屋の雰囲気・舞台の裏側から表側への動線、舞台に立つ寸前の表情、三味線長唄、場面転換や衣装変えを手助けする皆様、そして舞台上から見えている客席の景色など、それらの要素にワクワクしながら物語の中に描かれていく世界にどんどん馴染んでいけました。

 

そうやって過ごしていく中で、登場人物達が様々な出来事を迎える度に心打たれて常に胸が張り裂けそうになる心境を抱えながら見続けていた。涙が目の中に溢れてきて、代役をつとめる前に化粧前でふるえる喜久雄に俊介が声をかける場面で涙腺崩壊。いろんな方の感想などからも この場面のことは あらかじめ頭に入っていたにも関わらず。心が揺さぶられ泣いてしまった。



そういう前のめりな心境の見方が一変したのは、俊介が春江と共に失踪し、歌舞伎役者として年月を経た喜久雄から”悪魔と交渉した”という言葉を聞いた時からです。


いわゆる ありがちな展開ではあるし、だけど複雑な背景を感じ取りながら、ゆったりと腰を据えながらという感じに、物語の成り行きを見守る態勢になった。

 

そこから色々あって、また時は流れ、最終的に喜久雄が迎えた局面で、再会した娘の綾乃さんから喜久雄へ向けて語られていく言葉の中に、私自身が歌舞伎を見終えた時に感じる歓びと共感できる思いを感じ、胸の中にポッと灯りがともり鮮やかな情景が甦ってきた。


その言葉を背景に喜久雄の目の中に戻ってきた本来の輝きを感じ取った時、ラストに向けて昇華される景色の中に圧倒されてしまう。


映画が終わってからも しばし呆然。




 

とにもかくにも、のめり込んでた。

 

いつのまにやら作品の世界の中に自分自身も飛び込んで、その一部始終の目撃者のようになってた。こんなふうに楽しめる映画はめったにない。一生のうちに何本出会えるか分からないほど価値のある作品。

 

見終わった後は圧倒されて美しき刹那の余韻に酔いながらフワフワと。そうやって映画の中の世界から現実世界に戻ってきてからは色んな考察が始まりました。いろんな思いが駆け巡って、今も時折、思い出しながら過ごしています。

 

 

 

 

この現実世界の中で実際に存在する歌舞伎の価値観や技術などと照らし合わせてみれば 映画の中で描かれていた表現は あり得ないことだらけという部分もあるとは思う。

 

だけどこの映画の中に作られた世界の中にも真実はあり、歌舞伎の型に体が慣れきってないからこそ出来る真面目さ。歌舞伎を体現しようとする真っ直ぐな姿勢。一瞬一瞬の真剣勝負に魅了された。

 

だから、この映画の中の喜久雄と俊介は歌舞伎役者さんじゃない人が演じた方がいいし、俳優さん達が映画のために準備して身につけた歌舞伎への姿勢はホンモノで本来の魅力を継承し型を守ってる。だからこそ型にとらわれない真実にもなれる。

この映画の中に生きている人物・演じられた歌舞伎の中にも本物の歌舞伎に繋がる真実の魅力が備わっていて、場面ごとに、そのリアリティに触れては心揺さぶられ、物語に惹きつけられていく。




 

俊介は歌舞伎の御曹司だけど、かつては喜久雄も任侠の家の総領息子と呼ばれていたわけで、だけど あっけなく 喜久雄の生きてきた日常は壊されてしまった。その刹那を刻んで歌舞伎の世界に現れた喜久雄と、歌舞伎の世界の跡継ぎとして順当に生きてこられた俊介とでは、出会った時の修羅場の土台が違いすぎて残酷。それでも燦然と輝く瞬間を求めて切磋琢磨し、互いの人生が対比する展開から目が離せなくなる。

 

印象的だったのは、立場が変わりゆくなか、どこの どんなステージに立っても、喜久雄の歌舞伎に傾ける姿勢が相変わらずで不気味なほどに表情が美しく、芸しか眼中にない刹那が際立ってた。後ろ盾のない、芸に賭ける開き直りの強さが凄まじい。

 

半二郎の死去と御曹司の俊介が戻ってきたことも重なり次第に立場が危うくなってきた喜久雄が歌舞伎役者の娘である彰子に手を出して罵られる場面で、その喜久雄を罵る役を演じているのが本物の歌舞伎役者でもある中村鴈治郎さんというのも相当な皮肉が効いているなと思った。

 

結果、喜久雄は彰子と共に歌舞伎界から出ていくことになる。

その後、宴会場のステージを巡る日々のなか、終演後、舞台裏で酔った客に絡まれて暴力沙汰になる最中に背中の彫り物を見られて「ニセモノ!」と罵倒されるのはリアルに痛かった。




そもそもこの物語の世界自体が映画の中だけの架空の歌舞伎界であり、現実の歌舞伎界とは違う。リアルなニセモノなので、その象徴でもある彫り物を見られてニセモノと言われるのは現実とのギャップが際立っている。

リアルと遭遇する瞬間だった。

 

そして、屋上の場面で心彷徨う姿に、妻の彰子から「どこ見てんのよ!」と、詰め寄られる喜久雄。

この「どこ見てんのよ!」という言葉は印象深く、喜久雄の芸事しか眼中にない非情さを、他人から本人へ直接面と向かって言い放たれた瞬間で、それを ぶつけられるのは妻として寄り添っていたからこそ。


この屋上の場面以降、喜久雄の妻の彰子さんは映像の中には出てこないけど、現実として、喜久雄が歌舞伎に復帰するためには彰子さんの持つ血筋=歌舞伎役者の父親に許されてないと戻れないと思うし、後ろ盾にならなくても、許しを得たというのは筋を重んじる世界だけに免罪符になるんだろうなぁとか、映画を見ながら、ぼんやりここでも血筋について、思いを巡らせてしまった。

 

喜久雄と関わりを持つ女性の、春江と彰子。双方の顔立ちがなんとなく似てる。すごいキャスティングだなと。

ラスト付近、客席で見ている女性は誰か、それは春江。というのが他の感想の話題になっていたので注目して見てしまいました。


いろんな事が描かれているけど、この映画は喜久雄の眼中が描かれているんだなと思ったし、今この時、喜久雄の目の前にある世界の中で喜久雄に見えてない人は映画の映像の中にも現れない。かつて、喜久雄と関わりを持ち、過ぎ去っていった人々のことを思うと何とも言えない気持ちに。


そして、最後に喜久雄の目の前に現れたのが、喜久雄の実の娘である綾乃。


綾乃からの言葉を受けとめながら移りゆく喜久雄の表情を見ていると、この物語は喜久雄自身の血筋の物語でもあったんだなと感じ、導かれて、到達した境地。舞台に立つ喜久雄の目に飛び込んできたもの。探し求めてきた景色に出会えことは何よりも尊い。それらの目撃者になれた。

 

 

出演:

吉沢亮 横浜流星

高畑充希 寺島しのぶ 森七菜

三浦貴大 見上愛 黒川想矢

越山敬達 永瀬正敏 嶋田久作

宮澤エマ 中村鴈治郎

田中泯 渡辺謙

 

映画「国宝」で所作指導をした

中村壱太郎さん

興味深いお話φ(..)

 

映画を見終えてからネットに溢れる考察を読んではいろいろ思い返したりして、それも楽しいニコニコ


国宝を見る前と見た後では日々の彩りが変わるというぐらい、結構興味深い作品でした。

 

普段は買わないけど

パンフレットを購入してしまった。

 

元町に移動してランチのパスタを食べた店でも、散歩後にお茶した店でも、

「国宝、見たんですか!?」と、店員さん達から声をかけられたので、めちゃくちゃ宣伝してしまいました泣き笑い

やっぱり注目の映画なんだなと実感。

 

皆さん、やっぱり3時間という上映時間がネックになっているらしいです。

私もそうでしたアセアセ


だけど、実際に見始めると、あっという間でした。

もちろん、この「あっという間」を強調して伝えましたOK

 

 

なんだろう

もっと短くまとめて感想書きたかったのに

でも、いろいろ思いが溢れてしまってアセアセ

  

出演者の感想まで書けなかったけど

皆さんが素晴らしかったです。

 

余韻とともに歩いてスッキリ。

 

 

もう一回見に行きたいなぁ

国宝の世界に飛び込んで

また現実に戻る。

素敵拍手


原作の小説も購入してしまったチョキ

今は他の本を読んでいるので、それを読み終えてから、じっくり小説も読もうと思う。