25、商業の発展
①流通の発展
全国市場が確立し、海運が活発になると、江戸の十組問屋や大坂の二十四組問屋のように、江戸・大坂間の荷物運送の安全、海損の共同保障、流通の独占をめざして、多様な職種からなる問屋仲間の連合組織がつくられました。また、問屋の活動範囲は全国におよびました。
なかでも近江・伊勢・京都の出身で、呉服・木綿・畳表などを扱う一群の大商人たちは、両替商を兼ね、三井家のように三都や各地の城下町に出店をもつ者も現れました。そして、都市の問屋の中には豪農と連携して農村部の商品生産や流通を主導し、産地の百姓に資金や原料を貸与することで、農村部の家内工業を問屋制家内工業へと組織する動きも見られました。
18世紀前半になると、都市部では問屋や仲買以外の商人や職人の仲間や組合が広く公認され、商人や職人の経済活動は幕府や諸藩の力では左右できないほど、自律的で強固なものへと成長しました。
②市場の発展
生産地と三都などの問屋・仲買との売買の場である卸売市場が城下町に発達し、都市と農村を結ぶ経済の心臓部としての役割を果たしました。大坂では堂島の米市場、雑喉場の魚市場、天満の青物市場、江戸では日本橋の魚市場、神田の青物市場、名古屋の熱田の魚市場、枇杷島の青物市場などがよく知られています。
③越後屋
三井家が1673年に江戸本町に開いた三井越後屋呉服店は、1683年に駿河町に移転しました。「現金にかけねなし」の新商法で、店前売りや現金売り、即日払い、薄利多売を実施し大きな利益を上げました。
この三井越後屋呉服店は現在の三越伊勢丹百貨店の元となっており、三井財閥そして現在の三井グループの礎となっています。