111のブログ

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9.小さなドラゴン

 ニーズヘッグは何が起こったか理解出来ていなかった。
 吐き出した炎は最大出力だった。あの訳の分からない黒髪の人間を確実に仕留めるためだ。なので、例えサラマンダーの加護がある男と魔女の二人がかりで止めようとしても全くの無意味。この場にいる全ての人間を焼き払えるはずだった。

 なのに、何故。

「僕消火器なんて初めて使いました。本当に消えるんですね」

 あんなちっぽけな人間にあっさり炎が消されてしまったのか。ニーズヘッグは怒りと困惑で混じった咆哮を上げた。
 これは間違い。そう、何かの間違いに違いないのだ。あの少年が奇跡的にどうにかして消しただけだ。

 奇跡は二度も起こらない。今度こそ焼き尽くしてやろうとニーズヘッグは少年へ炎を吐くものの。

「おっと危ない」

 あの赤い物体から発射される白い煙のようなもので一瞬にして消されてしまう。何度吹いても消されてしまう。

(あの道具は一体何だ……!? どんなものでも燃やす私の炎をいとも簡単に消せるなど有り得ん……!)

 人間が開発していた法具だろうか。魔女が少年に「あんたそれおかしいでしょ!? どうしてこんなに使いまくってんのに全然中身無くならないの!?」と騒いでいる所を見ると、あまり公にはされてはいないようだ。だが、その効果はあまりにも絶大過ぎた。炎を吐くた574 ニューバランス靴
576 ニューバランス靴
993 ニューバランス靴
めに使用する魔力がこの『依り代』から尽きかけている。
 あんな強力な道具を自在に使いこなしている少年は、一体何者なのかなど考えている暇はない。今、ニーズヘッグがすべき事はたった一つ。この場にいる剣士よりも魔女よりもエルフよりも先に、あの少年を殺す事だ。
 たとえ相討ちになったとしてでも殺さなければならない。あれを生かしたままにしておくのはまずい。そう判断したニーズヘッグは前足を少年へ振り下ろした。

「ソウジ逃げろ!」

 剣士が指示をするが遅い。鋭い三つの爪が少年の胴体を引き裂く方が早かった。早かったのだが、胴体を抉ったと思ったと同時に爪が粉々に砕け散った。

『な……!?』
「おい……お前服に何を仕込んでんだ……?」
「鎖帷子です。万が一に備えて着込んで来たけど正解でした」
『ぐううぅ……!』

 炎も効かず爪も破壊されてしまう。ならば、噛み砕いて殺すしかないだろう。そう考えていると少年が鞄の中から何かを取り出した。

 奇妙な形をしたノコギリだった。外歯がチェーン状になっており、少年がボタンのようなものを押すとそれは物凄いスピードで回転を始めた。

「ソウジ……その見るからにヤバそうな武器は何だ?」
「チェーンソーです。万が一に備えて鞄に忍ばせておいて正解でした。ニーズヘッグさーん!」

 不気味な武器を構えながら少年に名前を呼ばれたニーズヘッグはビクリと反応した。

「炎を吐き出せるなら妖精さんと精霊さんも吐き出せませんか?」
『馬鹿め……奴らはもう私の腹の中だ。体内から取り出す事など不可能に決まっているだろう!』
「はい、分かりました。じゃあ、ちょっと今から僕を丸飲みしてくれませんか?」

 とんでもない要求だった。さあ食えと言わんばかりに両手を広げる少年に半泣きで魔女とエルフがしがみついた。

「ソウジさん止めてぇぇぇぇぇぇ!!」
「何で妖精霊の話からあんたが喰われなきゃならないのよ!?」
「いえ、自分の意思で吐き出せないなら、内側からそうするように仕向けるしかないなと思いまして」
「……は?」
「あの通りニーズヘッグさん全身が硬そうだから多分チェーンソー入らないと思うんですよ。だから僕がニーズヘッグさんの体の中に入って内側からゴリゴリってやれば妖精さんも精霊さんも脱出出来ます」

 つまり、ニーズヘッグの体内であの自動で動いているノコギリを使うというわけだ。少年の意図を理解した暗黒竜は恐怖を覚えた。ドラゴンの胃はあらゆる生物を溶かす酸が分泌されている。それを分かっていて喰われようとしているのだろうか。

『う、ぐぅ……』

 喰われるのを待っているらしい少年はぼんやりと目の前のドラゴンを見上げていた。それを見てニーズヘッグは思った。この人間は胃酸の事など分かってはいないと。だが、多分顔色変えずに体内から脱出してしまうと。
 その時、自分はあのチェーンソーとか言う凶悪な武器で体内をぐちゃぐちゃにされた挙げ句、穴を開けられてしまうのだと。

「ニーズヘッグさんから行かないなら僕から行きます」

 少年が走り出す。ニーズヘッグへまっすぐ。
 どうする気だ。どうする気だ。どうする気だ。どうする気だ。どうする気だ。どうする気だ。どうする気だ。どうする気だ。どうする気だ。
 考えても何を仕掛けてくるか想像がつかない。ただ、ニーズヘッグに都合が悪い事が起きるというのは何となく理解出来る。早く逃げなくては、と頭では考えているのに恐怖で体が動けない。

 そして、ある事に気付いた。

(あの黒髪とあの顔立ち……『奴ら』に似ている……?)

 それを意味するものに思考が辿り着く前に少年の「あっ」と妙な声に我に返った。少年は木の枝に躓いてその場に転んでいた。
 チャンスだ。安堵に浸るのは後でいい。ニーズヘッグは少年が立ち上がるより先に、そのドラゴンからしたら小さな体を踏み潰そうと前足を出した。









「あ、すみません。チェーンソーそっちに投げちゃいま……」

 パキン。全く申し訳なさそうに聞こえない総司の声は、涼やかな破壊音に掻き消された。総司が転倒した際に誤って手放してしまったチェーンソーは、ニーズヘッグの首の付け根目掛けて飛んで行った。破壊音はその部分に埋め込まれていた黒い宝石をチェーンソーが砕いた音だったのだ。

『ぎゃああああああああっっ!!!!』

 急にニーズヘッグが悶え苦しみ始め、巨体が白く発光し始める。

「この感じ……」

 フィリアが翡翠色の瞳を大きく見開く。ヘリオドールも彼女と同じように感じ取っていた。先程までは感じられなかった『彼ら』の強いエネルギーが白く輝くニーズヘッグから漏れ出しているのを。
 この森に棲む妖精と精霊の聖なる魔力だ。

『た、たった一人の人間にこんな……あああああああっ!!!!』

 一際強い光が周囲を包み込み、あまりの眩しさに耐えきれずフィリアは瞼を閉じた。

「え……」

 再び瞼を開いてみて、目の前の光景が信じられずもう一度閉じてから開いて感嘆の声を上げた。

「森が戻ってる……!」

 枯れ果てていたはずの植物が息を吹き返し、どこまでも広がる緑。満開に咲き誇る美しい花々。淀んでいた空気は清々しいものに戻り、優しい風が吹いている。沼があった場所には澄み切った泉が広がっていた。
 もう見る事はないと思っていた森の姿にフィリアの瞳から一滴の雫が流れる。それを見たヘリオドールもつられて涙腺が緩んだので、慌てて視線を逸らすと何か小さく黒い物体を抱き抱える総司の姿があった。

 黒いドラゴンだった。

「それ……ニーズヘッグ?」
『ち、違うよ! オイラはニーズヘッグなんかじゃないよ!』
「そうみたいだな……」

 否定するドラゴンに苦笑しながらジークフリートは、バルムンクを背後へ振り投げた。先端が木に突き刺さると同時に「ぎゃっ」という短い悲鳴が聞こえた。
 黒いトカゲがバルムンクの刃に貼り付けにされていた。

「こいつが恐らくニーズヘッグの正体だ」
「え、トカゲじゃないのそいつ」
「肉体そのものは既に滅んでいるはずだ。今のこいつは魂だけの存在で、さっきみたいに力の弱い魔族に憑依して操っていた。そうだろ?」
『ぐ……!』

 悔しそうに呻くニーズヘッグを鼻で笑うと、ジークフリートは懐からフラスコを取り出した。そして、バルムンクを抜くとニーズヘッグを中に入れて栓をした。

「お前には聞きたい事が山程ある。付き合ってもらうからな」






『オイラはね、ニールって言うんだ。お父さんもお母さんも小さな頃に他の魔族に殺されちゃって一匹で生きてたんだけど、一週間くらい前に餌を探している時にあのトカゲに出会ったんだ。それで黒くて綺麗な石をもらったんだけど、そしたら急に体の自由が効かなくなっちゃって……』

 総司の手の中でニールはぐすぐすと泣きながらそう説明した。

「……総司君のチェーンソーがその石を壊したせいでニーズヘッグはこのドラゴンに憑依出来なくなって戻ったって事かしら?」
「多分そうだろうな。な?」
『………………』
「ソウジ、お前このフラスコ持ってくれないか?」
『そ、そうです。その石でそこのチビを操っていたんです!!』

 少年の名前を出した瞬間、態度が変わったニーズヘッグにジークフリートとヘリオドールは無言で総司を見た。総司は「?」と首を傾げた。

『ごめんなさい……オイラのせいでみんなが……』
「ニールのせいじゃありませんよ」
「はい、ソウジさんの言う通りです。妖精や精霊もあなたは悪くないって言ってるでしょう?」
『う、うん……ありがとう』

 フィリアに頭を撫でられてニールは擽ったそうに笑った後、ルビーのような紅い瞳で総司を見上げた。

「ソウジお兄ちゃん! オイラ、ソウジお兄ちゃんに何か恩返しがしたい!」