ベンチャー経営企画室
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夢・理念の重要性

最近、いろいろな経営者とお話をすると、つくづく「夢・理念」の奥深さを身に沁みて実感する。

皆、夢が大事、理念が大事と声高に叫ぶけれども、それが本当に皆の心に刺さっているのか、

独りよがりのかっこつけになっていないか、日々よくよく反芻しなければならない。


~夢・理念の役割~

会社という組織は、自らの意思をもった法人として活動する。その中で、夢・理念は


①会社の根本となる成長エンジン

②共に働く仲間(従業員やパートナー)の行動規範


という2つの役割を担っていると、私は考える。


①会社の根本となる成長エンジン

以前書いた「会社の夢、自分の夢」という中でも記述したことだが、会社の方向性は、夢・理念が

根本となり、それを共有する人それぞれの意思によって構成される。

よく生じる問題の一つは、会社の夢と個人の夢・意思が異なる方向へ進んでいくこと。そうなると、

まとまりのないてんでばらばらな「集団」となってしまい、会社が存在する意味がなくなってしまう。

もっとも重要なのは、会社の夢に熱く共感し、共に成長していこうとする人々をいかに集い、そして

モチベーションを高めて、「楽しく」働いてもらえる環境を構築するか。それがマネジメントの仕事

であり、それができないのであれば、会社という組織を大きくしてはならない。個人事業で自らの

夢を追いかけていく方が、よほど経営者にとっても社会にとっても有益である。


不思議なもので、細かな取り決めがない組織でも、一つの目標をっしっかりと共有し、かつ夢・理念

をベースに行動規範が「正しいことを正しい方法で遂行する」という共感がなされていると、細かな

指示がなくとも、個々人がそれぞれ自分の力で考え行動し、その結果、組織はどんどん成長して

最終的に目標を達成してしまう。何度も経験してきたまぎれもない事実である。

この状態が創造できるよう、個々人の気持ちを合わせていく、そのことを常にトップは考えて

いなければならない。


②共に働く仲間(従業員やパートナー)の行動規範

①でも少し書いたが、夢・理念の内容は各々の行動規範となる。夢・理念が「正しい」ことを想い

描いていれば、それを達成しようと努力するプロセスにおいても「正しさ」が非常に重要になることを

皆が自ら悟っていくと考えている。


会社として「株式時価総額を○○億円にすることが夢だ」と声高に叫んでいる経営者がたくさんいる。

これは、夢かもしれないが、「真」の夢ではない。真の夢は、その中に「倫理的正しさ」を含んでいる

べきだと私は考える。○○億円を達成するというだけでは、結局のところ、何が何でも○○億円、

という考え方に陥ってしまい、プロセスにおいて「正しさ」があまり関係なくなっていく可能性が高い。

実際、そうやって周囲から反発を受け、沈んでいった企業は多々ある。

「正しいことを正しい方法で」。これを実践し、そして達成していける企業は、お客様やパートナー

からの信頼が厚く、皆から感謝されると思う。その正しさの中に、夢や理念で語られた目に見えない、

でも非常に重要な「正しさ」が含まれているとき、従業員もパートナーも、そして社会の皆さんも

自然とその会社の存在価値を認め、そして応援をしてくださるものである。


経営者は常に、私利私欲ではなく公益の中に生きる者として、正しさを持った夢・理念を考え続け

なければならない。

「本物のプライド」

私の好きなテレビ番組に、「プロフェッショナル 仕事の流儀」がある。


先日9/4に放送された靴職人・山口千尋さんの回で、「本物のプライド」という言葉があった。

「本物のプライド」。それは、自分のカッコつけのために頑張るプライドではなく、お客様のために

最善を尽くすプライド、どんなに恥をかこうが苦しもうが、お客様のベストな結果を徹底的に追求

する、というものである。


私を含め、ほとんどの人々は、言ってしまえば偽物のプライドで身を固め、自分を守ることに

必死だと思う。自分の成果を社会的に認めてもらう、成果は自分の努力の結果であると皆に

思ってほしい、それがモチベーションになっていると思う。


人間が本質としてその気持ち、それらを「お客様ベース」の視点に変え、皆がそれによって

楽しく働けるようになること。それは、非常に難しい。本当に難しい。それに皆が到達するための

仕組みづくり、それがマネジメントにとって最も重要な仕事の一つである。


---意識変容の難しさ---


仕事に対しそれぞれ個人がもっている想いは様々である。それを強制的に一本化する、というのは

会社にとっても個人にとっても不幸なことでしかない。では、どのように意識変容を促す仕組みづくり

をどのようにするか?


①個人レベル

個人レベルで意識を改革するには、


 ・会社の夢と個人の夢をリンクさせる

 ・お客様、パートナーさんとの距離を近づけ、相手の「気持ち」に直面できる環境を整える

 ・相手の気持ちに直面した際にそれを「感じる」ことのできる感性を磨くトレーニングを実施する


などが有効だと思う。


②組織レベル

組織と言うと少し語弊があるが、人間が社会的生物であるが故に必要なケアがポイントになる


 ・お互いを認め合い尊敬し合う企業風土、組織風土

 ・アーリーサクセスを設計できる上司の力量

 ・お客様の気持ちを、部門間の隔たりなく伝えられる組織形態、組織内の風通しの良さ


などが有効であろう。


これらを達成するということは本当に容易なことではない。社内文化として、常にお互いを認め合い

変化し合う、それを意識せずに自然とできるようになる仕組みづくり。そんな組織を創り上げることが

できれば、強い企業を組み立てていくことができるだろう。それを必ず達成する。了



「我慢」が仕事

企業のトップマネジメントの仕事のうちで、最も重要なものの一つに「我慢」がある。


何を我慢するの!?と不思議に思われる方もたくさんいるかもしれない。しかしながら、企業経営を進めていると我慢という仕事ができるかできないか、によって企業成長のスピードや方向、如いては存続にも影響を及ぼすのではないか、と近頃よく考える。


---「我慢」する対象---


さて、我慢する対象はいったい何なのか。私の考える対象は主に


・企業の事業に関る我慢

・従業員やパートナーに対する我慢


の2つだと考えている。これから様々な境遇にめぐり合う中で、これ以外にもたくさんのものに気づいていくかもしれないが、現状ではこれらが最も重要なものだと考えている。


---事業に関る我慢---


ベンチャーにとって企業の方向性を固めていく作業は、非常に重要である。たくさんのベンチャー企業が、あれやこれやいろいろな事業を試しては失敗し、それを繰り返しながらメイン事業を決めていくだろう。あらゆる資源が不足している状況の中で、現状で走り出せるビジネス、そして自分たちの夢にリンクするもの、その2つを満たすものを探すことは非常に困難である。


この時、まず最初の「我慢」が必要となる。自分はあれやこれややりたいことはたくさんある、加えて早く売り上げを上げたい。これらがドッキングすると、いつのまにか「夢」「理念」を忘れてしまいがちで、目先の売上・利益を追い求めてしまうようになる。それでももちろん成功することはあるが、やはり自分たちの考えのベースメントがしっかりしていない事業は、ある程度成長した段階で必ず大きな壁にぶち当たってしまう。


早く売上・利益を上げたい!

これは事業経営する者皆に共通する心境だと思うが、その目先の売上・利益に捉われないようするためにトップマネジメントは「我慢」をしなければならない。もちろんバランスを保ちながらでなければあっというまに倒産してしまうこともある。しかし、ベースを絶対に忘れないこと、とりあえず収入があるのであれば、理念・夢に沿った事業を展開できるように、目先のビジネスには手を出さずじっくりと仕組みを作り上げること、それをしっかりと実現できるよう「我慢」することが非常に重要であると思う。


---従業員やパートナーに関る我慢---


これも経営者であれば誰もが引っかかるポイントである。

通常、経営者となる者は非常にバイタリティーがあり、自らどんどん事を進め成し遂げていくタイプの人が多い。彼らは、自分でいろいろと実施すればそれなりに事を進め、結果を出していくことが可能である。しかしながら、人はだれもが能力の限界という呪縛をもっている。どんなに優秀な人でも、1人で物事を進めることができる量・質には限界があるのは、だれもが納得できることである。そうした場合、トップマネジメントは共に働く従業員やパートナーを増やしていかなければならなくなる。このとき、多くのトップマネジメントがぶち当たる壁、それが「自分と相手の能力や立場の差を理解する」ことである。


ベンチャー企業経営者の大半がここでもつまずいていると思う。自分の能力をベースとして考えていしまい、自分が期待している成果を出せない者、すなわち自分と同等のアウトプットを出すことができない場合に、不振不満などを持ってしまい、うまく教育し成長してもらえるような取り組みを怠ってしまったり、イメージと違うということで解雇してしまったりすることがある。


そこで「我慢」が必要となる。自分と同じ人間は二人といないことを心底理解し、それぞれの特性や能力をしっかりと理解したうえで、それぞれにやってもらいたい仕事のレベルをしっかりと考えた上で、責任を与えいったん任せる。任せた後は、小言は言わない。アウトプットが出てくるまでは放っておく。その間、ずっと我慢する。


人は自分が必要とされている、誰かにとって役に立っている、という意識を持った瞬間に、自発性が芽生え、自らを律して行動をするようになる傾向がある。自ら考え行動し、壁にぶち当たって成長する。その間、静かに見守っていくこと、そのための我慢が必要になる。また、この間、リスクヘッジはトップマネジメントがしっかりしておかなければならず、もし任せている間に何かの問題が生じてしまった場合でも、自らが進んで責任をとり、対応を実施する準備を整えていなければならない。怒ってしまいたくなる衝動を我慢し、従業員やパートナーの次の成長につなげるべく、対処してあげなければならない。


---我慢は器量の大きさ---


そう考えると、トップマネジメントは我慢をたくさんしなければならないことがたくさんある。しかしながら、事業は一人で運営・成長させることはできない。トップマネジメントは周囲の状況をしっかりと把握し、皆が幸せに働くことのできる環境を整え、そして任せきる。その度量というか器量が無ければ、自分をはじめ、従業員やパートナー、そして社会を幸せにする仕事は、なかなかできないのではないだろう。私はそのように感じている。 了


皆客考動の精神

皆客考動(カイキャクコウドウ)。私が常に心に留めていることばである。


この四字は私の造語であるが、呼んで字のごとく「皆がお客様という考え方にたって、物事を考え行動する」という意味を込めている。


---「お客様」って誰のこと?---


一般的に「お客様」と言うと、会社の商品やサービスを購入してくれる人々のことを指す。それは誰にも異論がないと思う。しかしながら、この皆客考動の精神の「客」という文字には、この狭義のお客様という意味だけでなく、その他の意味を込めている。


主体を「企業」と考えた場合は、


・商品やサービスを購入くださるお客様

・社内で一緒に働くお客様(従業員)

・商品やサービス、会社そのものを成立させるために共に働くお客様(パートナー)

・投資や貸付をいただいたお客様(株主、投資家、銀行等)

・地域社会で共に生活するお客様(地域住民その他)

・その会社をこれから知る可能性のあるお客様(潜在顧客、従業員、パートナー、その他)


が、皆お客様であると私は考えている。広義すぎて定義として間違っているのではないか、という意見もあるだろう。しかしながら、よくよく考えてみてほしい。会社という法人が誕生、成長、成熟していく過程で関っている相手ばかりである。彼らはこの会社との間で相互作用を生み出し、それによってお互いが満足、喜びを感じるために存在している。すなわち、彼らを満足、喜びを感じて頂くために会社は存在し、その満足をお互いが最大化するために努力しあう関係である。お金を払う、貰う、というお金の流れだけではなく、それ以外の物的、精神的なものも含めて、お互いがより高めあう関係、といっても良いだろう。


---自分以外の人間も皆お客様---


会社(法人)にとってのお客様、について上述したが、人間個人個人にとっても同様のことが言える。「お客様」という言葉の使い方の是非はあるだろうが、考え方は法人の場合と同様で、個人と個人もお互いがあらゆる面で高めあう関係を作り出す努力をする間柄である。従って、相手を自分にとってお客様というふうに考え、彼らに何を提供し、彼らから何を提供してもらうか。そのことをいかに考えるかが非常に重要となる。


---「お客様」への接し方---


すべての物事について共通すると思うが、相手の視点に立って物事を考え、相手と自分が最も良い結果を得られるように考え行動する、それがお客様へ接する際の本質である。

よく言われているのは「顧客視点に立て」とか「お客様は神様」。これらは正しい反面、その言葉だけを鵜呑みにしてしまうと、とんだ勘違いをしてしまいかねない。その勘違いとは「お客様の言いなりになってしまう」こと。例えば、「相手がお金を貸してほしい、生活するためにどうしても必要なんだ、と言うから貸し続けている」という話をどう思うか。「相手がお客様であり、お客様の満足する方法だ」と言えば、それは正しいことのように思われる。しかしながら、相手にとっては「便利な金づる」というだけで終ってしまっているのではないか。相手が自ら努力して、稼ぐようになることはあるのだろうか。このまま時間がたって、お互いが幸せになれるのか。。。

極端な例ではあるが、相手の言いなりになることは、こういうことだろうと思う。


私も社会人になりたてのころは、よく勘違いをしていた。お客様が「今」喜んでくれるのであれば、その場をうまく取り繕ってみるのが正しいことなんだ、自分も相手もとりあえずはその場を凌げるから。そういう場面がたくさん思い出される。しかしながら、それは単純に相手に対して「真実」を伝えることで批判されることを恐れているのであり、自分が真実から逃げている、ということに気づいた。


私の先輩に、お客様との関係をこのように教えてくださった方がいる。


『自分とお客様は、1対1の関係である』


この中に「お客様」への接し方の本質がすごくたくさん詰まっている。どんな状況においても、自分と相手は対等の関係であり、互いに互いを満足させるために考え、行動すべきだ、ということである。もちろん、その時々の状況でパワーバランスというものがあるが、しかしながら、どのような背景があるにせよ、1対1の精神を持ち続け、相手の立場に立って考え、自分の考えを融合し行動すること。それがすべてを成功させる秘訣なんだと思う。 了







謙虚な心

「謙虚さ」。物事を成功させる際に欠かせない人間的資質だと近頃よく思う。


これは、私が自らを律しなければならない一つである。知らないこと、わからないこと、他者の意見、その他どのようなことに対しても謙虚な姿勢で臨み、それを自分なりに噛み砕く事で新たな知識、経験としていかなければならない。私の悪い所は、「知ったかぶり=わかったふり」をしてしまうこと、自分の意見が「正しい」と主張しすぎ相手の意見に耳を貸さないことがあること、特に相手と自分の関係を考え、「強い」立場にあると思ったら一方的に言い過ぎてしまうことである。これらを無くすための謙虚さを持ち合わせなければ、成功はない。


 世の中を生きていて「自分が絶対」ということは皆無である。人間の情報処理能力などはたかが知れているものであり、どんなに頑張ったところで世の中の1%の情報も手に入れられないだろう。昔から「歴史に学べ」とよく言われるが、自分が全部を知る事ができない分、先人に学び疑似体験をしろということだと私は思っている。私は歴史に学ぶことに加え、知人隣人に学ぶ、ということを加えなければならないと、自分に言い聞かせている。


 謙虚になるにはどうすればよいか。それは、相手を尊重することから始まる。相手を一人の「プロ」として考え、その人の「プロ」としての意見に耳を傾けるようにすればよい。私たちは常々、「専門家」と呼ばれる人々の意見に耳を傾ける。それは、専門家としての知識をたくさんもち、かつ権威をもっていると私たちが受け止めるからである。すべての人々が何かしらの「プロ」であるという認識に心底立てば、相手の意見をまずは聞くという姿勢になるのではないだろうか。相手をプロとして認識し、そこから出てくる様々な知見を得る事ができれば、何かしらを判断する時の道しるべとなる。それらの知見はもちろん、なるべく多いほうが良い。


 また、謙虚になるとたくさんの人々がたくさんおことを教えてくださるようになる。こちらが真摯に学ぶ姿勢を持っているならば、ついつい「教えてあげよう」という気になってしまうのが人情だと思う。このことも良いスパイラルを生み出し、次から次へと新たな知見を深めるきっかけとなる。


 謙虚になる。そうすれば新たな知見を得ることができる。そうすれば、新たな発想、迷っていた事への解決策が見えてくるようになるだろう。


投資

ベンチャー企業にとって最も大変なのは、「キャッシュの維持・増大」、「人財の確保」の2つである。

今回はキャッシュ面について書きたい。


---キャッシュバランス---


さて、キャッシュの維持・増大は本当に大変である。ポイントをいくつか列挙してみると


・売掛金の支払いサイト、買掛金の支払いサイトのバランス

・固定費比率(人件費、家賃、水道光熱費、広告費、通信費、その他諸費用)

・借入金がある場合は、その返済額ならびに利子支払額


その他もろもろを日々確認して状況把握しておかなければ、いつのまにか「あれっ、キャッシュがない!!」という事態が起こりかねない。


そんな状況のベンチャー企業は、成長するためにいろいろなことを考え実行するが、何か大きなことをしようとすると、「ドカンッ」と投資が必要になる。ただでさえ、キャッシュが厳しい中で投資をすることが、正しいのか正しくないのか。。。常に経営者が答えを求め考え続けるところである。


---分析力と直観力---


投資といえばリターンであるが、どんなに一生懸命情報を集め、分析をしてみても、最終的に「将来いついつにはこうなる!」と断言できるものではない。もちろん、リスクを徹底的に減らすための諸努力をするにしても、結局はよほどの未来預言者でない限り、その結果を明確に断定することなど不可能である。であれば故に、経営者は投資の是非を問うとき、最終的には直感力のようなもので最終的に決断をしていくのだと思う。


----決断の補佐役 経営企画---


さて、経営企画としては社長の意思決定を補佐するだけの情報提供、すなわち上記の「リスク低減のための諸努力」をしなければならない。その際、やはり「投資対効果」の概念が必要で、


・どのタイミングで

・どれくらいの規模の投資を

・どのようなものに対して

・パートナーがいるのであれば、最適なパートナー選定


を実施することで


・どのような具体的指標が

・どれほどの結果となるか


を調査、検討しなければならない。ただ、これだけではブレが生じる可能性が高い。なぜか。


実行可能性およびその方法について、具体的に検討されていないからである。大きな企業では当たり前かもしれないが、小さなベンチャークラスだと、それを忘れてしまい「エイヤッ」で投資をした挙句、実行時にだらだらぐちゃぐちゃになってしまって、コストが嵩んでしまったり、思っていたリターンが得られない、ということがよくある。


---トータルな投資検討を---


投資の決断をする経営者、それを補佐する者は、できるだけ中立の立場から、上記ポイントを一つ一つ検討し、最大限のリターンを得、リスクを最小限にできる決断をしていかなければならない。ただし、ベンチャーはスピードが命、でもある。従って、精度とスピードを兼ね備え、検討していくことができなければならない。考えすぎても考えなさすぎても、ベンチャーにおける投資は、命取りになってしまう。 了





社長の責任、上司の責任

社長、そして上司の責任は、非常に重い。。。


問題が起こってしまったときにどのように対処するか。問題の矢面に立たされるのは、企業そのものであり、その企業の最終責任者である社長である。社長がその事態に直接的に関っていないとしても、すべての責任は社長にある。


---社長の守るべきもの---


そして、おこがましい言い方をすれば、社長には守るべきものがたくさんある。「第一」にお客様、「第一」に共に働く仲間(従業員)、「第一」にパートナーである。「第一」と3つも出すことはおかしな話のようだが、会社が社会的存在、つまり「公器」であるが故に、社長はすべての関係者にとって最善の解決法を探っていくことが責務だと考え、そのように表現している。私は、当該問題をどのように解決していくか、すなわち解決方策は二の次であり、まずは、すべての関係者が最も幸せにならなければ、という根本的思考を持ち得ていなければならないと考えている。そうしなければ、誰かが誰かを恨むという結果が生まれ、みんなが笑顔でいられなくなる。


---社員の「ケツ」だけでなく自分の「ケツ」を---


企業にとって大きな問題となるものに、社長自身が直接的に関与しているものはそれほど多くない。間接的には社長の「組織、人財体制の作り方」、「理念の薄っぺらさ」、「社員の教育不足」等が問題となる。その結果、問題を引き起こしてしまうのは社員である。これらのような社長およびその取り巻きのマネジメントメンバーの努力不足により問題が生じえた場合、問題を引き起こした社員に対してはもちろん、学びの場として厳しく接する必要があるが、それにも増して、「社員のミスを自らのものと認識し、解決していく姿勢、気持ち」を持っていなければならない。俗に言えば「ケツを拭く」であり、そのケツとは社員のケツに加えて自分のケツである。


---重責に打ち勝つ強い意志、正義感---


その場合、社長には社を存続させなければならないこと、そしてお客様やパートナーを守らなければならないこと、それらの「重責」がのしかかる。それを跳ね除けようとするだけの強い意志、正義感、そして実際に解決していくだけのあらゆる努力をしない者は、社長になるべきではない。個人プロフェッショナルとして頑張れば良い。

ここまで「社長」ばかりを話の種にしているが、レベルの違いこそあれ、各部門において「上司」として仲間と共に働く者すべてに必要な気概である。


業務遂行のスキルなども非常に重要ではあるが、まずは社長、上司となる者は、心底このことを理解し、そして日々確認することで、深く認識しなければならない。 了





個人の夢、会社の夢

組織の中で個人がいきいきと仕事をしていくには、どうすれば良いか。ビジネスのさまざまな問題の中でも非常に重要な課題の一つである。


特に小さなベンチャー企業は、少人数だけれども皆が一致団結し、同じ方向を向いてひた走る。そうしなければただでさえお金も人財も厳しい制約の下に置かれている状況の中で、うまく成長していけるはずもない。


ただ、同じ方向(=会社の経済的成長)に向いてはいても、個人個人のファンダメンタルな部分が共通していなければ、走るスピードは鈍り、究極的には会社は崩壊する。「ファンダメンタルな部分」とは、


・自分以外の他者に対する基本的な考え方


である。


事業を自ら創造しようという人たちは、基本的に「自分が儲かりたい」、「世の中に貢献したい、人々の喜びを創っていきたい」という、2つの非常に強い意志を持つ人たちだと大分できると思う。ただ、その人のベースメント、すなわち喜びの本質が前者にあるか後者にあるかによって、企業の進む方向、細かく言えば戦略、ファイナンス、組織、人財開発、マーケ、営業、あらゆる施策において、異なるものとなる。


ファンダメンタルな部分というのは、まさにこの「前者か後者か」に甚大な影響を及ぼすもので、この本質部分においてマネジメントメンバー間で「ずれ」がある場合、どうにもうまく相容れない状況が生じるのは考えるに難くない。


社長およびそれを補佐するマネジメントメンバーが、共に働く仲間のファンダメンタルに対し、どのように対処するのか。対処できるように、どうやって企業成長を推進していくのか。ファンダメンタルな部分は、他者に強要してどうにかなるものでもないし、かといって、ほっといていても、組織自体が崩壊してしまう。


「衣食足りて礼節を知る」という故事がある。私の勝手な解釈ではあるが、「まずは自分がそこそこのゆとりをもって生活できるだけの収入がなければ、人間のファンダメンタルな部分は、「短期的、短絡的な結果」を追い求めてしまい、他人のこと周囲のことを考える余裕はない。経済的ゆとりがあって長期的な視点をもち、節度をわきまえ、礼(=感謝)をもって周囲の人々に接することができる。」そういうことなのではないだろうか。


ベンチャー企業の社長、そしてマネジメントメンバーは、皆、そのことを承知した上で、会社の成長を促進していくと同時に、共に働く仲間を理解し、高めあう体制を作っていかなければならないと思う。 了