ズバリストのブログ

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ズバリ、正しいか間違っているのか、白黒つけるブログ。情報にあふれた世の中で、何が正しいのか悩むことばかり。客観的な事実を基本にしながら、最後は私の直感で判断します。

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ズバリ、「靖国に行かなくても祈祷・祈念はできます。」

靖国神社にわざわざ行き、さらに内閣総理大臣として記名をする、という行為は、個人ではなく日本国を代表としての行動として受け取られるものであり適切ではありません。

「二度と戦争を起こしてはならないと過去への痛切な反省に立ち、今後とも不戦を誓う意味で参拝した、というのが首相の本意だ」

という首相のコメントはもっともな点もありますが、なぜほかの神社ではなく、靖国神社である必要があったのか、という点については答えていません。そこが最大の問題であるにもかかわらず。


ズバリストが認める点:

不戦の誓い。犠牲者への追悼について、個人そして国家代表として行う点については、なんら異論はないものです。


ズバリストが認めない点:

現代の政治では、政治と信仰は離して考えるのは原則です。神社に参拝する、ということは信仰の行為であり、安部個人の行動であるべきですが、公人、国家代表としての行動とコメントが見られます。

また、祈祷、誓い、信仰などの思想上の行為をするためには、場所は縛られないのです。

明日からマラソンを始めるぞ!という誓いを、神社の賽銭箱の前でしかできない、としたらおかしいですよね。

また先祖を供養は必ず墓の前で祈祷する必要がある。となると、もし子孫が海外に移住したら不孝となってしまいます。そんなことはないですよね。
海に散骨しているケースもありますし、また、その子孫が先祖のことに思いをはせて、今の自分は先祖の営みがあってつながっているんだなー、という黙想はとどこでもできます。
墓前のほうが雰囲気もあり、集中してイメージがわきやすい、という程度ではないでしょうか。

なぜ、靖国神社という場所に公人としていったのか、ということを考えると、非常に凝り固まった供養の考え方を持った人なのか、靖国神社を使って好戦的なアピールをしている、として捉えられます。

前者である方がまだましです。
後者の「好戦的な人物」、と「不戦の誓い」は矛盾しており、どちらかが嘘なのでしょう。
今までの言動を見ると、「不戦の誓い」が嘘の可能性が高いですね。