$「天使の弁護士 成瀬領」VS「天才鍵師 榎本径」



熊田和也は目覚めた

彼は、今 混乱の渦の中にいた

何が起こったんだろう?今、自分はどうなってしまっているのか?

体の自由が効かなかった

「和也さん」

青砥純子が心配そうに見つめる中

担当医師から 辛い現実が宣告された

熊田は交通事故の後、命を取り止めたものの脊髄損傷レベル C7 と診断されたのだ


脊髄損傷レベルC7は、ADL(日常生活動作)は、ほぼ自立可能だが、車椅子が必要な状態である


それから 数日経ったものの

熊田和也はまだ悪夢の中にいるような錯覚に陥っていた

彼にとって、下半身麻痺という現実を受け止めることは、あまりにも惨すぎた

まだ若く、これから新しい家庭を築こうという者には耐え難い現実である

これはきっと、天罰なんだ!

「一人にしてくれ!」「すまない・・・」

「あなたは、ひとりなんかじゃない」

「あなたが守ってくれた命と私の3人よ!」

「もう、生きていても・・」

「仕方ないんだ!」

熊田は、やはり現実を受け止めることができなかった


その時、病室のドアをノックする者がいた

熊田の意識が戻り安定したと知らせを受け 芹沢弁護士が密かに見舞いに訪れたのだ

「お取り込み中失礼します」「熊田さん、ご無事でなによりですよ!」

「私、少しお話させていただきたいことがありまして」

「青砥くん ちょっと席を外してもらっていいかな?」

「あ、はい」

青砥が廊下に出ると、芹沢は語り始めた

「本当に、大変な思いをされて、心中お察しいたします」

「あなたが、ご自分を犠牲にして青砥とお腹の子供を守ったと聞きました」

「だから、今度は自分の体を大事にしてください」

「実は、事故直後にあなたの体を守った人物がいるんです」

「輸血できる最大量の血液を提供してくれた、その人のためにも」

「せっかくの助かった命を、大切にしてください」


「それは、誰なんですか?」

「あなたが陥れた人物 榎本径です」

「彼は、恨み事も言わず、あなたの命を救ったのです」

「そんな・・」

「僕は彼になんてひどいことを・・・」


「彼は、今後もあなたをサポートしてくれるでしょう」

「部外者が、差し出がましいことを言って申し訳ないが・・・」

「もう一度、青砥が一番幸せになる方法を考えてみていただきたい」

「こんな時に、何を?とお思いでしょうが」

「失礼とは思ったんですが、先程、廊下まで声が聞こえてきました」

「「生きていても仕方ない」と言われていましたが・・・」

「もう、あなたの命は あなた一人のものではないんです」

「周りのみんなに支えられた大切な命なんです」

「私は、これから あなたの一挙一動に期待させていただきたいと思っています」

「長々と失礼いたしました。では、どうか ご自愛ください」


結局、芹沢は傷心の熊田に、問題提起をしてしまったのだが

今の彼なら、もう一度深く受け止め考えてくれるだろうと確信していた


熊田は榎本の無欲な行動に驚き

頭を殴られたような感覚に襲われ一点を見つめたまましばらく放心状態だった 


そして大きなため息をつき決心したのだ

青砥が戻ると彼は言った


「僕との婚約を解消してください」

「・・・」



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【脊髄損傷の実態調査】
現在日本には10万人以上の脊損者が存在します。毎年5000人以上があらたに脊髄損傷を負っています。
1990 - 1992年の調査によると、受傷原因の割合は次の通りです。

交通事故 (43.7%)     ←第1位に注目!気をつけましょう
高所からの落下 (28.9%)
転倒 (12.9%)
打撲・下敷き (5.5%)
スポーツ (5.4%)
その他 (3.6%)

【治療方法と可能性】
米国において、受傷直後、48~72時間以内であれば、大量にステロイド剤を投与することによって後遺障害を抑える効果があるという報告がなされています。
しかし、その確実性には疑問があり、比較的若年の、再生力の強い患者以外には効果が薄いといわれています。
またこの方法は、日本はもとより米国においても州によっては認可されておらず、未だ一般化していないそうです。

また、2009年7月に米国科学アカデミー紀要に掲載された研究論文によると食品添加物の青色1号の一種であるブリリアントブルーGを脊髄損傷したラットに投与したところ回復がみられたそうです。
損傷後4時間以内に投与すれば二次障害の炎症を抑えて永久的な麻痺を回避できる可能性があり研究が進められています。

日本では関西大学において、受傷直後の患者本人の髄液を培養し脊髄に注入し、幹細胞の増殖を促す計画が進められていると報告されています。

いつか、医学が進歩して脊髄損傷の治療法が確立することを願っています。

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自ら障害を受け入れることは簡単なことではありません
障害の受容過程には ショック期、防衛的退行期、承認期、適応期と4つの段階があります。
だから、先にお断りしておきますが、この小説のようにその日の内に新しい生き方を模索することはありえません。
障害の受容には身体的、精神的、社会的な困難が生じます。
だから、その人に合わせ時間をかけて援助していきたいものですよね。ちょっと勉強入りました!