つづきです。


自分の人生をゲームのように扱うなんて。。



・・と、怪訝に思う場合は。



じゃあ、自分の人生は、ゲームじゃないとしたら、何なのだろうか?



という質問に、答えを探すと、よいんじゃないかと思います。




ゲームは自分だけがよければよい。

世の中はそうではない。

だから人生とは違うよね。



・・という人は、


社会貢献というゲーム


の存在を知らない、ということになります。



社会貢献を、人生の目的にするって、

本当に素晴らしいことだと思います。


多分、全ての人は、最終的にはそこに行き着くのかな、と思ったりします。



その大きな社会貢献の夢は、今日や明日に完了できるようなものじゃないでしょう。


貢献できるように、いろいろな取り組みをしていくと思います。



それって、完全に、ゲームなんだってことです。



人生の苦境も、ゲームにしている人は、楽しんでいます。




そして、大切なことですが、どのゲームをするかも、自分の好みで選べるんです。


やるゲームを、親や先輩に決めてもらう人は、あまりいないんじゃないでしょうか。


そんなの、つまんないじゃん・・



そう。


人生というゲームも、自分でゲームを選ぶ方が楽しめるんです。



人生は、ゲームの世界以上に、勝手に決められたルールに縛られています。


もっと、考え方は自由でいいと思うんです。


攻略法は、


・人に迷惑をかけない

・人のためにしてあげると返ってくる

・計画をしっかりたてて、後で復習して改善する


などなど。

本にも書いてあります。

図書館や本屋は、人生の攻略本。

あらゆるゲームの攻略法はみつかります。



そのルールさえ押さえれば、


・どんな学校にいく

・どんな仕事をする、どこで働く

・だれとどのようにつきあう、結婚する

・どこに住む

・どんな人生観、なにを求める


などなど、すべての選択は、人にどうこういわれる筋合いはありません。


これを自由にできるのがゲーム。



実社会では、不思議なことに、人から決められたり、人に遠慮して、やりたくないゲームを、筋の悪いやり方で進めるという、へんな状況になったりします。


運命を共にする共同プレイヤーである家族の意見は取り入れた方がいいですが、相談しつつも、決めるのは自分です。


職場のイヤな上司も、あなたの人生というゲームをプレしているわけではないし、あなたと一緒にダメージを受けたりもしません。



ゲームの世界なら、だれもが、主人公。

主体です。


実社会だと、そうなってないとしたら。


それって、ゲームよりも不自由です。

自分の人生なのに、人生の主体になれてない。



うまくいく人は、人生をゲームにしています。


それは、人生をいい加減に扱っているということじゃありません。


人生の主体になっている、ということなんです。




冒頭に挙げた、いろいろな人生の課題や悩み。


まじめに苦しむ人は、ゲーム化してみてはいかがでしょうか。


親の精神的束縛で、、ということもあれば。

親の精神的束縛から脱出するゲームを選択して、楽しんじゃいましょう。

クリアが難しいことほど、その人が見つけた攻略法は世の中で価値があることですから、ぜひ周りに広めちゃいましょう。


攻略法を、人に教わるのも大事ですが、自分で探すのが、ゲームの面白さです。


もちろん、どのゲームをやるかを、自分で決めちゃってOK。


楽しめるゲーム、楽しめるプレイスタイル。


見つかると思います。



自分流で、ラスボスを倒すためにステータスを上げる、これを楽しめるのがゲームですね。



おわり