zshalphaのブログ
言語が違っても面白い動画は面白い。でも細かい冗談や説明が聞き取れないのが惜しかったです。好きなクリエイターの言葉を、もっとちゃんと受け取りたいと思っていました。
画面の向こうの声が遠かった
楽しい動画が半分しか届かない
海外の料理系クリエイターが大好きで、毎週彼らの新作を楽しみにしていました。でもコメント欄の反応は熱いのに、本人の語りの半分は聞き取れず、レシピのコツもぼんやりでしか掴めません。面白いのは面白いのに、どこか他人事のような距離感がぽっかりと空いていました。みんなが盛り上がっているのに、私だけ場の空気が半分なのがもどかしかったのです。特に彼らの「失敗談」は見どころなのに、早口の自嘲たっぷりでほとんど聞き取れず、字幕のない場面では置いていかれました。料理の手順より、その人柄が出る部分こそ見たいのに、そこが一番分からない。双子のような歯がゆさを感じていました。コメント欄でみんなが大笑いしている箇所が、自分には何が面白いのか全然分からない。取り残されている感覚が積み重なっていきました。
言葉を越えたつながりがほしかった
応援したいのに、何を伝えたい人なのかが分からずモヤモヤしていました。ただ画面を見るだけでなく、その人の考え方に触れたい。そんな欲求が強くなっても、言葉の壁がじっと手をつかんで離してくれませんでした。コメント欄に「好きです」と書くだけでは、本当の意味で近づいた気がしなかったのです。海外のファンコミュニティに入ってみても、現地の人たちの会話に割って入れず、ただ覗くだけの存在でした。もっと中身を理解して、自分の言葉で感想を返したい。その願いが強くなるほど、壁の厚みを感じていました。ファンコミュニティのチャットが流れるたびに、何を言っているのか分からずただスクロールするだけ。参加しているつもりで、実は一人で壁の外に立っているような心地がしました。
動画の音声を訳して味わう
動画の音声をそのまま訳す体験
そこで、動画の音声をそのまま訳せる方法を試しました。使ったのは audio translator というツールで、気になった動画の音声を入力するだけで、外国語から日本語への訳文を作ってくれます。好きなシーンの数分を訳せば、クリエイターの本音が文字として目の前に現れました。毎回全体を訳すのではなく、笑った後の語りや結びの言葉だけを拾うスタイルにしました。そうすると、今まで「なんか面白かった」で終わっていた動画が、ちゃんと言葉として記憶に残るようになりました。後で「あの一言良かったな」と自分の中で反芻できる。それだけで応援する気持ちが深くなっていくのを感じました。最初は全体を訳そうとして時間がかかりましたが、気になった箇所だけを拾うやり方に変えてから、効率も楽しさも両方上がりました。
クリエイターの考え方に触れる喜び
訳文を読みながらもう一度動画を観ると、今まで聞き流していた細かい言い回しに、彼らの信念が込められていることに気づきました。冗談の意図も分かるようになり、応援したくなる気持ちが以前よりずっと強くなりました。ある動画で、彼が「失敗を隠さないようにしている」と語っていたのを訳して初めて知りました。その一言で、これまでの失敗談が全部愛おしく見え直したのです。表面だけじゃない、人の核みたいなものに触れられた嬉しさは、言葉でしか得られないものでした。クリエイターがなぜこのレシピを選んだのか、その背景まで見えるようになりました。毎週彼らの新作を楽しみにするようになって、自分の日本語の語彙も豊かになった気がします。訳文を読み比べるうちに、日本語でどう表現するかを考えるクセがつき、それがまた動画の理解を深めています。
好きなものを入り口に続ける
学びが苦にならない理由
難しい教材を開くより、お気に入りの動画をもう一度味わうほうが、ずっと長く続けられます。言語を越えて面白いと思えるコンテンツがあるなら、あとはそれを支える仕組みがあるかどうか。それだけの話なのかもしれません。教材の単調さに何度も挫折してきた私が、動画を入り口にしたら自然と耳が慣れたのは面白い現象でした。やはり義務感より好奇心のほうが、人を動かすのだと実感しています。学習だと構えず、ただ楽しむつもりで続けているのが長続きの秘訣かもしれません。面白い動画は面白いまま、そこに少しだけ学びが付いてくる。このバランスが、私にはちょうどいいのだと思います。語学の勉強をしているという自覚すらないのに、気づけば耳が慣れてきている。これこそが「好きなものを入り口にする」強みなのだと思います。
最近、ファンコミュニティで自分の感想を書くようになりました。以前は「好きです」くらいしか書けなかったのに、今は動画の特定のシーンについてどう感じたかを、ちゃんと伝えられるようになりました。クリエイター本人から「いいね」をもらった時は、思わず画面の前でガッツポーズをしてしまいました。言葉が通じるだけで、好きなものとの距離がこんなにも縮まるのだと実感した瞬間でした。
応援する気持ちが強くなった
クリエイターのことが、言葉を越えてもっと身近に感じるようになりました。ただ画面を見るだけでなく、その人の考え方に触れられている実感があります。応援する気持ちが強くなった分、自分でも何かを発信したいという欲求が湧いてきました。言葉の壁を越えて届く喜びを知ったからこそ、今度は私が誰かの役に立つ側に回りたいと思うようになりました。現地のファンコミュニティでも、彼らの会話にちょっとずつ混ぜてもらえるようになりました。以前はただ覗くだけでしたが、中身を理解できると立ち位置が変わるのです。言葉が通じるようになったおかげで、ただの視聴者から少しずつ仲間のような存在へと近づいています。最近は自分のコメントにも「ありがとう」と返してもらえるようになって、画面の向こうのつながりが実感できるようになりました。言葉の壁を越えた先に、こんなにも温かいコミュニティが広がっていたとは思いませんでした。
最近では、訳した言葉をメモに残すようになりました。動画を見返すたびに、その時の感情と一緒に言葉が蘇るからです。「この一言で好きになった」という記録が積み重なると、自分なりの語彙の引き出しができていくのを感じます。クリエイターの言葉を通じて、自分の表現も豊かになっているのかもしれません。それも、好きなものを入り口にしたからこその収穫だと思います。
皆さんはどんなコンテンツが好きですか?
好きなものを入り口にするのが、結局一番近道なのだと実感しています。趣味の延長で語学に触れられるのは、続けやすさという点では本当に強いと思います。皆さんが好きな海外のクリエイターは誰ですか? ぜひコメントで教えてもらえると嬉しいです。

