※めっちゃネタバレ※
※あくまで自分用の備忘録なのでがっつりネタバレ※
※原作未読でT・ジョイに行った自分も問題無く視聴できたため、未読の方でも安心して鑑賞できます。※
まず思ったのは、「意外とやさしい世界やん」だった。
もちろん、主人公たちには残酷な運命が待っている。
ただ、チェンソーマンの悪意と狂気と絶望の地獄をそこそこ知ってる自分には、充分あたたかい愛のある世界だった。
(ちな、自分は原作を少しだけ読んだアニメ勢なので、ボロクソな評価のアニメ版がイマイチ納得いかない。神作画と神音楽と名演が光る良作なのに……)
これはのどかな田園地帯が広がる田舎で、2人の漫画を描く女の子のあたたかく儚い青春にフォーカスした短編アニメだ。
(藤本タツキの出身も秋田県なので半・自伝的な側面もあるだろう)
ちな、自分はいつも障害者手帳でチケットを買っているが、『ルックバック』では何故か障害者割が効かず1700円払うはめになった。たった一時間映画なのに。
だが『ルックバック』は、間違いなく料金以上のカタルシスと満足感が得られる名画だ。
四コマ漫画が得意の小学生の女の子《藤野》は、ある日、不登校の女の子《京本》のデッサン力に溢れた絵にプライドをへし折られる。
「アタシより絵が上手いヤツが居るなんて許せない!」
プンスカ怒れる藤野はデッサンの参考書を買いこみ、独学で絵の勉強を始める。
(てっきり「おっ、イジメに発展するかな?」と思ったが、普通にマジメに努力できるいい子だった。)
来る日も来る日も、季節が巡っても絵を描き続けたが、六年生になっても京本ちゃんの画力には追いつけない。
クラスメイトやお姉ちゃんには「絵を描くのやめたら?」と窘められ、藤野は「やーめた」と漫画も絵もやめてしまう。
(これは時代背景的に、絵を描く=オタク=下位カーストという平成の悪習を反映したものだろう)
だが卒業式の日、京本ちゃんに卒業証書を届けに来た藤野の運命が変わる。
ノリで描いた京本ちゃんをイジった四コマ漫画を見て、京本ちゃんは家から飛び出した。
「“藤野先生”!わたし……藤野先生のファンです!」
「サインください!あの回とあの回が好きで……!」
陰キャ感マシマシでどもりながら必死で訴える京本ちゃん。
(ちなCVは「まあ……下手ではないな……」具合だった。少なくとも、劇場版アンパンマンのロールパンナちゃん主役のヒロインの地獄さに比べれば1000倍上手い。)
京本ちゃんのはんてんの背中に、デカデカと自分の名前をサインしてあげる藤野。
プライド、負けん気、努力の日々。
それらが一気に報われた藤野は、土砂降りの中をルンタッタとスキップしながら家に駆け、ずぶ濡れのまま再び漫画を描き始めた。この雨中ジタバタスキップがガチの神作画とBGMで浴びせられて本当に圧倒された。
中学生になった藤野と京本ちゃんは、バディで描き上げた漫画『キックシャーク』を出版社に応募し、見事連載をもぎ取る。
賞金を財布に詰め、藤野が京本ちゃんの手を引いて、豪遊という名のデートに街を駆ける。
「わたし、部屋から出てよかった」
「お礼は10万でいいよー」
「む~……」
藤野と京本ちゃんは、かけがえのない二人になっていた。
だが年月が流れ、2人の間に大きな亀裂が走る。
「ごめん……わたし……美術の大学に行きたい」
もっと絵を勉強したい。もういっしょに漫画は描けない。
申し訳なさそうに言葉をつなぐ京本ちゃんに、藤野は動揺のまま、京本ちゃんの可能性を全否定する言い方で責めてしまう。
「京本に出来るわけない。コンビニの店員とだって話せないのに!」
涙を流す京本ちゃんに藤野が我に返った時には、2人の間には大きな溝ができてしまっていた。
藤野の『キックシャーク』がランキングを飾るようになった頃、事件が襲った。
京本ちゃんが、そして学生たちが、美大に侵入した男に惨殺されたのだ。
〈京本が部屋から出なければ殺されなかった〉
〈京本を部屋から出した自分が京本を殺したんだ〉
藤野は顔を歪めて泣きながら、「何も役に立たないのに……!!」と、かつて描いた四コマ漫画をビリビリと破り捨てた。
ヒラリと紙の破片が宙を舞い、ドアの下の隙間から、フワッと京本ちゃんの部屋の中へと滑り込む。
そこには、引きこもり小学生だった京本ちゃんが居た。
京本ちゃんは小学生にして、風景画に憧れ、外の世界に憧れる。
そして年月を重ねて成長し、美大に進学するようになった。
だがある日、美大生になった京本ちゃんを、男が凶器を振り上げて襲いかかった。
「俺のをパクったんだろ!?」
通り魔殺人、パクリという妄言。
藤本タツキは、京都アニメーションの陰惨な事件を少なからず投影しているだろう。
(関係ないけど、この噂のパクリ男が百合に挟まる男()だとは思わんかった)
その瞬間。
ランニング中だった藤野が威勢のいい掛け声をあげ、ライダーキックで男を吹き飛ばしたのだ。
京本ちゃんのピンチを救い、だが自身も骨折するというカッコ悪さ。
あるイミ、『ルックバック』一番のアクションシーンかつギャグシーンだ。
かつての憧れだった“藤野先生”に気付いた京本ちゃんは、部屋に帰って喜びを込めて四コマ漫画を描いた。
ヒラリと風で紙が宙を舞い、フワッとドアの隙間から、廊下へとそれが滑り出された。
そこには、廊下で座り込んで泣く藤野が居た。
フっと、紙に気付いた藤野がそれを摘まみ上げ、目を見開く。
それは、京本ちゃんを救うイマイチ締まらないヒーロー、藤野を描いた四コマ漫画だった。
『背中を見て(ルックバック)』。
四コマ漫画にそえられたタイトルに、「京本“も”私の“背中を見て”成長してるんだねー」と得意げに言った言葉が浮かぶ。
ドアを開け、京本の部屋に入った藤野は、ふいに後ろを振り返る。
そこには、かつて自分が初めてサインを書いたはんてんが掛けられていた。
「だいたい漫画って、描くのは好きじゃないんだよね。メンドくさいし」
「じゃあ、藤野ちゃんはなんで漫画を描いてるの?」
かつての京本ちゃんとの会話、2人で駆け抜けた眩しい日々がよみがえる。
〈漫画を喜んでくれた〉。〈“もっと読みたい”と言ってくれた〉。
きっと藤野の胸には、それらのかけがえのない思いのエンジンがあるのだろう。
帰ってきた藤野は、京本ちゃんの居なくなった世界で、再び筆を取るのだった。
京本ちゃんが殺されなかったハッピーエンドの世界は、ただのご都合主義の幻想かも知れない。
だが自分は、『キックシャーク』が生まれなかった別のIF世界だと信じたい。
2人の絆の証は存在しなくとも、藤野はまた漫画を描き始めて、京本ちゃんの未来も続いていく。
それが、311や京都アニメーションを見てきた藤本タツキなりの祈りや救済なのだろう。
ちなみに、ちょいちょいチェンソーマンネタやネットミームが挟まってて「フフッ……」と笑えるシーンもいくつかある。
基本的にのどかな空気感が展開され、直接的な流血シーンや残酷描写もなく、ストレスフリーで安心して観られるありがたい仕様だ。
ぜひ親御さんたちは子供たちに、ひたむきな努力・作品づくりの尊さ・人と比較しての挫折・筆を折られかける理不尽・人の心を動かし動かされる喜び、それらすべてが詰まった『ルックバック』を観せてあげて欲しい。
自分も、人生で初めて二次創作の感想を頂いた時、自己肯定感ゼロどころかマイナスで鬱々としていた時期だったためまさに青天の霹靂だった。
ただの二次小説書きの身分で言えたことじゃないが。作品で誰かを感動させる、その反応で作り手が感動して新しい何かを作る。そんなプラスの永久機関こそ、作品づくりの指標になるだろう。
10000年ぶりにブログ更新したらただのファンサイトで自分でも草。
誰か見てくれる方が居るかも分からんけど、クソ暑い上に災害・地震まで重なって令和マジで大変だけど頑張って。ワシもMOS試験と再就職がんばるー。
画像引用:
ルックバック劇場アニメ公式アカウント
ぱくたそ
いらすとや








