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(2006年8月~2007年7月)
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平成最後の日に平成元年を振り返る
今日は、平成31年(2019年)4月30日。
平成最後の日となりました。
明日からは令和元年。
平成の時代全体を振り返る人は多々おられるので、平成元年をピンポイントで振り返ってみたいと思います。
前年の秋から年末にかけて遠くヨーロッパから「オリエント急行」の車両達がやって来て、日本中を駆け巡った興奮覚め止まぬうちに年が明けて、阪急8000系がデビューし、たった一週間で終わった昭和64年。
1989年1月8日から元号は平成となりました。
平成元年(1989年)、自分自身は高1~高2(16歳~17歳)という歳でした。
写真は当時にプリントした物をスキャナで取り込んだ物なので、画質や色調は良くないので、ご勘弁を。
1月か2月、たぶん1月の下旬頃にJR四国2000系試作車3両の甲種回送を讃岐府中の辺りへ撮りに行ってました。
この年の春のJR全国ダイヤ改正では、岡山-福山の間に快速「サンライナー」が走り始めました。
当初は写真のように115系の3両編成でした。
117系の4両編成に替わったのは、私が大学に進学し、福山を離れてからだったと思います。
親の転勤で福山に住んでいた6年間、学校が長期休みになると京都へちょこちょこ帰ってきてたので、春休みに京都へ帰ってきた時にダイヤ改正でデビューして間もない「スーパー雷鳥」や221系、EF66 100番台、EF81 500番台を撮ってたようです。
この春休み期間中、一番のメインは小浜線で運転されたC56 160牽引の「越前若狭号」でした。
自身にとっては、本線上を走る生きてる蒸気機関車を撮影するのは初めて。
試運転と営業運転初日の2回撮りに行き、心臓バクバク・ドキドキの超緊張して撮ったのを覚えてます。
初蒸機撮影からたった1ヶ月後、たしかGW期間中だったと思いますが、今度は岡山のJR吉備線で同じくC56 160牽引の列車が走るというので、この時も二日間ほど撮りに行ってるようで、1日目はカラーで、二日目はモノクロで撮影。場所は同じ場所で角度違い?
続いて6月10日、山陽本線の神戸-広島間開通95周年を記念して、岩国-倉敷間をEF58 150(親しみを込めてイゴマルと呼びます)牽引で雑多な客車を連結した珍ドコ列車が運転され、地元の福山で撮ってます。
京都に帰った時にしか、なかなか撮れないイゴマルを、通っていた高校のすぐ前の、福山のいつもの撮影地で撮れたのは良かった。
平成最初の夏の甲子園に、通っていた高校が出場。
大会初日の開会式直後の第一試合でした。
自分達生徒や先生達は貸切バスで甲子園へ応援に。
OBや地元の人達向けに、応援列車(いわゆる甲子園臨)が特製ヘッドマーク付き、しかも「ゆうゆうサロン岡山」色のEF65 123(親しみを込めてヒフミと呼んでました)牽引で運転されました。
自身は貸切バスで応援に行ってるので撮れませんでしたが(担任の先生に自分の学校の列車なので、撮りに行きたいと懇願しましたがダメでした)、当時のテツ友人O君が撮った写真を後日に頂きました。
試合結果は1回戦で敗退。
甲子園での応援から帰ってきた翌日からは、青春18きっぷを使って京都の幼馴染と初の碓氷峠へ。
大垣-東京は「ムーンライトながら」の前身、165系使用の夜行普通列車、通称「大垣夜行」で移動。
↑今では、こんな立ち位置で絶対撮れないし、撮ろうとしたら列車は緊急停止してしまうでしょうけど、この頃は全然そんな事なく、駅員さんに撮りたい旨伝えると、「行き来する機関車に気付けや」くらいは言われるけど、どうぞどうぞ。みたいな時代でした。もちろん列車・機関車の進路や、駅・機関区で働く人達の動線を塞ぐような立ち位置は、もちろん立ってはならない事でしたが。
深夜に峠を上り下りする急行「能登」やお盆輸送の臨時夜行列車を半徹夜で撮影したのも思い出。
当時は高校生、当然車の免許は持ってないので、駅から撮影ポイントまでは徒歩。
横川方は、丸山信号所跡まで、軽井沢方は矢ケ崎信号所跡までしか行けずでした。
平成元年(1989年)の夏と言えば、大阪-札幌間に「トワイライト エクスプレス」がデビュー。
7月21日が運転初日だったかと。その数週間後に早速撮ってます。
阪急では、正月に宝塚線でデビューした8000系の京都線版8300系がデビュー。
当時のRF誌によると、7月9日が営業運転初日だったようです。
写真は、その1ヶ月ちょっと後だったと思います。
間もなくデビュー30周年という事で、撤去されていた前面飾り帯とHマークが期間限定で復刻されるようで、楽しみです。
この年の秋、11月の始めに全国各地から四国にジョイフルトレイン(サロンカーやお座敷列車などの団体専用列車)を集結させるというイベントが有り、11月3日にJR四国・予讃線の香西-鬼無へ撮りに行ってました。
JR九州から欧風客車「サザンクロス」、牽引するのはJR四国の「アイランド エクスプレス」色DE10重連という夢の組み合わせ。
EF65 123(イフミ)牽引のJR西日本の和式客車「あすか」
このイベント一番注目、遠路はるばるJR北海道から「トマム・サホロ エクスプレス」
JR東日本より欧風客車「スーパーエクスプレス レインボー」、牽引するのは初代専用機のEF65 1019でした。
以上、私の平成元年(1989年)を振返ってみました。
時はバブル、鉄道の世界もジョイフルトレイン全盛期でもあり、トワイライトエクスプレスがデビューしたり、日本各地にスーパー○○みたいな特急がデビューしたり、華やかな時代でしたね。
明日からの令和元年、令和の時代はどんな時代になっていくのか。
1987年4月1日、国鉄分割民営化、JR発足から30年
祝、JR発足30周年。
国鉄の最後からJR発足の頃に流れてたCMをyoutubeで見つけました。
国鉄最後の3月末に復活して間無しのEF58 150が旧客(オハフ33+オハ46×3+オハフ33)+マイテ49 2を牽いて京都-姫路を走った「すきやねん国鉄 ご愛顧感謝号」

当時、中学2年から中学3年になる私。
JRが発足した4月1日の朝は、前夜に東京駅を発車した「JR旅立ち 西日本号」を京都駅に撮りに行ってます。
EF65PFが福知山の和式客車「いこい」+普通の12系客車数量+マイテ49 2という編成を牽いてました。

この列車が京都駅停車してる間にEF65PFの側面にJRマークが貼られました。

最後尾のマイテ49 2

113系にもJR発足を祝うヘッドーマークが付けられました。

車両に付けられてた「日本国有鉄道」(国鉄)の銘盤

JNRマーク

この1年後の1988年の春。
自身の高校進学と同時に青函連絡船の廃止・青函トンネルの開業、宇高連絡船の廃止・瀬戸大橋の開業となり、日本列島がレールでつながって、北斗星が走り始め、瀬戸が四国まで乗り入れます。
さらにその年の秋には、今のこのご時世には考えられないような事ですが、遠くフランスのパリからユーラシア大陸を走って来て香港から船便で渡ってきた本物のオリエント急行が日本中を走り回り、さらにさらに翌年1989年の夏からトワイライトエクスプレスが走り始める。
という事になっていきました。
1987年3月31日、国鉄最後の日から30年
あの日はテレビ各局共に、さよなら国鉄の特番を放送してて、日本テレビ系列の番組で、梅小路から中継をやってました。
3月31日から日付が変わって4月1日になる直前に梅小路の蒸機の汽笛で「蛍の光」を演奏。
めちゃくちゃ印象に残ってます。
youtubeでその動画を見つけました。
当時、私は中学2年から中学3年になるところ。
その半年前くらいに、ようやく自分専用の一眼レフカメラを買ったところで、国鉄の最後~JRの発足・移行を中学生目線で撮ってました。
平日朝の10連「快速急行」
今日は有休でした。
幸い天候も良いので、平日の朝にしか撮れない10連の快速急行をご近所撮影してきました。
桂川鉄橋のこのアングル、ハマってます。
1本目は2+2+6の編成で、10両のうち半分以上が先頭車、しかも梅田方に先頭車が5両連続で、2丁パンタが1両おきに上ってて、なかなかカッコいい。
1本目と2本目は桂車庫で10連に組まれて河原町へ回送されるのですが、3本目は梅田発の快速急行が河原町に着いたあとに河原町で増結されます。この2両編成は、その回送です。
今日の2本目と3本目は、2+8の編成。
3本ある河原町発の梅田行きの10連快速急行、これらの編成が梅田から河原町行きの快速急行で戻ってきて、桂で梅田方の増結車を解結するので、駅でこの作業風景を撮ってみる事に。
撮ってる時は手前の女の子が邪魔やなぁ。と思ってたんですが、帰ってきてから見ると、女の子が何か不安げに解結作業を見てる顔がマルーンの車体に映ってて、エエ感じなんが撮れたかな。っと。
「この車両は桂まで」ですよ。
2両の増結車を置き去りにして、8両編成の河原町行き快速急行が出発。
入換信号の進行現示(写真では小さくて分かり難いですが)で、増結車は上り本線を少しだけ逆走して梅田方の引き上げ線に入って、入庫となります。
2017年1月15日の大雪
昨日の雪、ウチの地元の桂では降りすぎですわ。撮影ポイントの踏切に着いて何本かの電車を撮ってるまでは良かったんですが、だんだん吹雪いてきて、なんか真っ白な写真を大量生産してしまったような気がします。せっかくの雪中走行の「京とれいん」も真っ白。
京都は公式的には11センチほどの積雪という事らしいけども、同じ京都市内でも桂はお昼頃に最高で目測20数センチくらいは積もってたかと。
これはアカンわ。と一旦帰宅。
午後の部は晴れて、一気に雪は溶け出して線路上の雪もまだら模様に。
桂川の河川敷に行ってみると、ちょうど子供達が土手の斜面をソリで滑ったり、雪合戦や雪ダルマを作ったりしてキャッキャと遊んでるんで、そんな光景も絡めて撮ってみました。
そう言えば雪が積もると自分も子供の頃は、同じような事して騒いでたなぁと。よく見ると自分とウチの妹のような兄妹が居てました。
雪は夕方から再び降り出して、今朝の出勤時にもまだ降り積もり続けてました。
駅のコンコースから見下ろした車庫のポイント可動部の融雪カンテラの炎がキレイでした。
コレ、一回撮ってみたいんですよね。次に積雪した時に頑張って早起きして挑戦してみますかね。
阪急3326F
この3連休のうち2日間、3326Fを追いかけてました。
この3326F、ヘンな編成なんです。
一応、貫通8連なんですけど、両先頭車以外の中間車すべて、元先頭車の中間車化改造車なんです。なので見た目はブツ8な感じです。
しかも、8連の3300系の中で唯一、非リニュールで残ってる編成。つい先日までは3315Fも8連・非リニューアルな編成やったんですが、新車1305Fと入れ替わりに、どうも落ちたっぽいです。(このブログを書いた翌日の1/10、運用に入ってたようです。まだ落ちてませんでした)1306Fも正雀に搬入は終わってるようなんで、3326Fも間も無くのようです。
いつまで走ってくれるのか。。。
1/7土曜の梶原踏切では、神戸ナンバーで、私の車と同じメーカーの車に乗られてる、私より少し年上な感じの方とご一緒させて頂きまして、まだ子供~学生だった国鉄末期やJRになってまだ間無しだった頃の団臨や117系(ちょうど原色の117系が団臨か何かでJRの本線上を通過して行くのが見えたので)や阪急6300系の話しやら、車の話しを懐かしくさせてもらいまして、初対面の方でしたが、楽しく過ごさせてもらいました。
これを見ておられるとは思えませんが、有難う御座いました。
ブツ8が分かるように、どうにか撮れないかと思って撮ったのがコレなんですが。。。
どうなんでしょう?
夕方の桂川鉄橋、虹が出てました。







































































