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「風と行き来し雲からエネルギーをとれ」(by宮沢賢治)

日本二輪車全史 8


以上をもちまして、日本二輪車全史を終了します。ここに登場したバイクは80台余りなので実は”全史”とは言えなかったが。実際にはモデルチェンジも含めて3000台(種類)以上発売されている。10年くらいしたら2015年以降の日本二輪車史をツイートしたいと思います。 #日本二輪車全史



2014年、ヤマハがMT-09をリリース。3気筒846CC。3気筒というレイアウトは珍しいが4気筒より軽くコンパクトで、二気筒よりハイパワーで振動も少ない。ツーリングから街乗りまで扱いやすいパワーと車体で幅広い用途に応えるバイク。そして、先進的なデザインは所有欲を満たしてくれる。#日本二輪車全史

2012年、ホンダがCRF250Lをリリース。XRシリーズが絶版となっていたので、ホンダ久々の250オフロード。スタイルはCRF250Rを踏襲しているが、走りはオンロード寄り。 #日本二輪車全史

2012年、ホンダがNC700Xをリリース。新時代のスポーツツアラーで、アフリカンツインのようなワイルドさは無いが、グラベル(未舗装路)を走る機会がほとんどないとすれば、こちらの方が実用的。現行モデルはNC750X。 #日本二輪車全史

2012年カワサキがZX-14Rをリリース。ZZRの後継モデルで、スポーツツアラーもABSの時代に。 #日本二輪車全史

2008年、ホンダがDN-01をリリース。先進的フォルムのオートマチッククルーザー。 #日本二輪車全史

2007年、ヤマハがWR250Rをリリース。アルミフレームの競技用オフローダーに保安部品をつけましたというモデル。#日本二輪車全史

2006年、スズキがブルバードM109Rをリリース。量産バイクの最大排気量車は何ccなのだろうか?と思って調べてみると、国産車ではHONDAゴールドウイングの1832ccのようだ。Vツインではブルバードの1783ccのだろう。シリンダー1つで892cc!! #日本二輪車全史

2005年、ヤマハがMT01をリリース。ヤマハのMTといえば09や07を思い浮かべる人が多いと思うが、これが元祖なのである。1700ccの水冷Vツインの振動たるやハーレーの比ではなかった。少しアクが強すぎて、ロングセラーモデルにはならなかった。
 http://www.presto-corp.jp/lineups/09_mt-01/
#日本二輪車全史

2004年、スズキがDRZ400SMをリリース。250ccのモタードをボアアップしたと思えば超強力パワー。街乗り、ツーリング、何でもこなす、マルチパーパス車。#日本二輪車全史

2003年、カワサキがZ1000をリリース。ネイキッドだがスーパースポーツ並みの運動性能を備えたスーパーネイキッド。 #日本二輪車全史



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日本二輪車全史 7

2001年、スズキがGSX1400をリリース。油冷最大排気量で出力は100馬力と控えめ。大排気量ながらフィンを持つ美しいエンジン。圧倒的なトルクと秘められたポテンシャルを楽しむバイクである。 #日本二輪車全史

2000年、スズキがグラストラッカーをリリース。デュアルパーパス版のネオクラシック。空冷単機筒249ccのシンプルなエンジンは駿馬のスピード、時速60~75km/hを味わうのにちょうどいい。自由な風を手に入れることができる。#日本二輪車全史

1999年カワサキがW650をリリース。カワサキの原点はバーチカルツインのW。ネオクラシカルモデルとして復刻した。60年代のWよりおとなしい性格ながら、古き良き時代の感覚を味わえる貴重なモデル。 #日本二輪車全史

1999年、スズキがGSX-R1300ハヤブサをリリース。サイドカムチェーン方式水冷直4エンジンをアルミツインスパーフレームに搭載。合言葉は公道最速。 #日本二輪車全史

1998年、ヤマハがYZF-R1をリリース。ヤマハ独自の5バルブ水冷4気筒をデルタボックスフレームに搭載。レプリカという言葉は影をひそめ、スーパースポーツと呼ばれるようになった。#日本二輪車全史

1994年、ヤマハがXJR1200をリリース。水冷のBIG-1に対してこちらは空冷エンジンで対抗。XJRシリーズの旗艦として圧倒的な存在感を放っていた。 #日本二輪車全史

1992年、ホンダがCB1000スーパーフォアをリリース。ホンダのネイキッドの旗艦としてBIG-1の愛称とともに親しまれた。見てもまたがっても圧倒的な存在感。走り出すと意外に軽快。 #日本二輪車全史

1992年、ヤマハがTDM850をリリース。水冷並列2気筒をスチールのデルタボックスフレームに搭載。タイヤは完全なオンロード仕様だが、キング・オブ・マウンテンとして特にヨーロッパで人気が出た。 #日本二輪車全史

1992年、ホンダがCBR900RRをリリース。大排気量の重厚さではなく750ccのように扱いやすくパワフルで軽い。V4から再び直4が見直されるようになった。 #日本二輪車全史

1990年、カワサキがゼファー750をリリース。レプリカ全盛の中にあって、バイクの原点回帰をめざす。空冷4気筒で68馬力と控えめ。ハイパワーの追求だけではなく、鉄馬としての乗り味を追求した。レプリカに対して”ネイキッド”というジャンルを創りだした。 #日本二輪車全史

1988年、ホンダがアフリカツインをリリース。パリ・ダカールラリーで活躍したワークスマシンをもとに、公道用にリファインして500台限定発売。#日本二輪車全史

1988年、ホンダがスティード400/600をリリース。水冷Vツインクルーザーの草分け的存在。カワサキはバルカン、ヤマハはドラッグスター、スズキはイントルーダーシリーズを発売。#日本二輪車全史

1987年、ヤマハがTW200をリリース。リアにバルーンタイヤを装着したユニークなモデル。後にストリート用にカスタムしたTWが街中にあふれたが、発売当初は想像もつかないことだった。 #日本二輪車全史

当時、VFR750Fが84万9000円だったので、そのおよそ2倍。今だとVFR800Fが135万円なので260万円くらいの感覚か。#日本二輪車全史

1987年、ホンダがVFR750R(RC30)をリリース。8耐など耐久レースで活躍したV4マシンに保安部品を付けただけのモデル。その証拠にコンロッドがチタン製だった。当時、148万円という価格設定ながら1000台が即完売した。#日本二輪車全史

1986年、ホンダがNSR250Rをリリース。GP250ccクラスのバイクに保安部品だけ付けた、ロードゴーイングレーサーが登場。意外にも街乗りからツーリングまで、石を投げればNSRに当たると言われるほど2ストサウンドが響き渡った。45ps/9500rpm。#日本二輪車全史

1986年、ホンダがフュージョンをリリース。原付ではなく250ccで、いわゆるビッグスクーターというジャンルを生み出した。#日本二輪車全史

1986年、スズキはGSX-R1100をリリース。1970年代は輸出用バイクを手に入れるのは難しかったが、逆輸入という形で手に入れやすくなった。スタイルは生粋のレーサーレプリカ。スズキ独自の油冷SACSエンジン搭載。#日本二輪車全史

1986年、カワサキがGPZ1000RXをリリース。フルカウルながらレプリカとは一味違う、スポーツツアラーというジャンルを確立。余裕の125馬力。前後16インチホイールで大きさのわりにハンドリングは軽快であった。#日本二輪車全史

1985年、ヤマハがセロー225をリリース。下道を走り、山道を見つけては分け入っていく。そういう走りにぴったりなバイク。オフロードバイクながらシートが低く、未舗装路を走る時の恐怖感が少ない。途中で250ccとなり現在に至る。今年は発売30周年。 #日本二輪車全史
1970年代のバイクブームがノンカウルの時代だとすると、1980年代はフルカウルのレーサーレプリカの時代。 #日本二輪車全史

1985年、スズキがGSX-R750をリリース。市販車初の油冷エンジン。スズキの高性能エンジンの代名詞として熟成が重ねられた。#日本二輪車全史

1985年ヤマハがV-MAXをリリース。水冷V型4気筒1200ccでVブーストによって145馬力を発生。#日本二輪車全史

1984年、ヤマハがFZ400Rをリリース。水冷4気筒でフルカウル。中型二輪もレプリカの時代となる。日本の道にジャストサイズなのがこのクラス。59ps/12000rpm。翌年、ホンダがNS400Rをリリース。#日本二輪車全史

1984年、ヤマハがRZV500Rをリリース。ワークスレーサーYZR500をそのまま公道用にリファインしたレプリカモデル。「レプリカ」は今は死語となったが、当時は高性能バイクの代名詞であった。翌年スズキはRG500Γをリリース。#日本二輪車全史

1983年カワサキがGPZ900Rをリリース。水冷の第一世代でカムチェーンをサイドに配置したコンパクトなエンジンだった。トム・クルーズが映画「トップガン」で乗っていたこのバイクはニンジャの愛称と共に長年親しまれた。 #日本二輪車全史

ホンダの「インテグラ」と言えば、もともと四輪につけられていた名前かというとそうではなく、1982年に発売されたCB750Fインテグラが最初である。ハーフカウルを装備した、レーサーというよりもツーリング仕様であった。#日本二輪車全史

1982年、ホンダがVT250Fをリリース。90度Vツインの水冷エンジン1960年代は250ccのバイクはせいぜい20馬力程度であったが、35馬力を発揮するようになった。 #日本二輪車全史

1982年のカワサキのグリーンモンスターと言えばZ1000R。エディ・ローソンがスーパーバイクで年間チャンピオンを獲得したライムグリーン仕様。KERKERの4into1の集合管とビキニカウルで決まり! #日本二輪車全史

今まで #日本二輪車全史 に登場した4メーカーの統計をとってみたら、カワサキ11台、スズキ7台、ホンダ18台、ヤマハ7台だった。もちろん好みや偏見を排して選んでいるつもりである。

1982年、ホンダがCB1100Rをリリース。CB900Fのエンジンをさらにスケールアップ。フルカウルにシングルシートのロードコーイングレーサー。 #日本二輪車全史

1981年、スズキがGSX1100Sカタナをリリース。ハンス・ムートがデザインした唯一無二のデザインは日本二輪史において、永久に語り継がれるであろう。 #日本二輪車全史

1981年、ホンダがCB250RS-Zをリリース。軽快なシングルスポーツで、ひらりひらりと日本の峠を流すのにジャストサイズ。現在はCBR250Rがあるが、当時はこのRS-Zがあった。 #日本二輪車全史
続いて1981年、RZ350がリリースされ、ナナハンキラーと呼ばれた。45PS/8500rpm。 #日本二輪車全史

1980年、ヤマハがRZ250をリリース。2ストローク水冷ツインで35馬力!! リアのモノクロサスペンション!! チャンバー型マフラー!! バックステップ!! すべてが斬新で革新的なマシンだった。ピークパワー時の加速感は多くのライダーを魅了した。 #日本二輪車全史

1979年カワサキがZ400FX、1980年ヤマハがXJ400、1981年ホンダがCBX400F、スズキがGSX400Fをリリース。人気の中型4気筒が販売を競う。#日本二輪車全史

1978年と言えば鈴鹿8時間耐久ロードレースが始まった年。バイクブームと相まって全国からライダーが集うビッグイベントとして成長。二輪駐車場の眺めは壮観であった。#日本二輪車全史

1978年、ヤマハがSRをリリース。XT500のエンジンをベースに、ロードスポーツに搭載。ティアドロップタンク、キック式スタート、スポークホイール、ドラムブレーキ(初期型はディスク)、などクラシカルないでたちが支持され、ロングセラーモデルとなる。#日本二輪車全史

1978年、ホンダがCB900Fをリリース。無敵の耐久レーサーRCBのノウハウを市販車に投入。翌年国内用にCB750Fをリリース。空冷4気筒ナナハンの代名詞的存在。爆発的人気でバイクブームがピークに達する。#日本二輪車全史

カワサキも負けてはいない。1978年、CBXの後を追うようにZ1300をリリース。水冷6気筒エンジンは120馬力。キング・オブ・バイクかつ世界のフラッグシップ。(流行:インベーダーゲーム) #日本二輪車全史

1978年、ホンダがCBXをリリース。オーバー100馬力の空冷6気筒エンジン。巨大なガソリンタンクからさらにはみ出るエンジンは、ジェットエンジンのようなフィーリングだったと言われている。一度体験してみたかったバイクのひとつ。(芸能:キャンディーズ解散)#日本二輪車全史

1977年、カワサキがKL250をリリース。カワサキ初の4ストロークトレールモデル。もちろんモトクロッサーKXのノウハウが惜しみなく投入されている。(出来事:日航ハイジャック事件) #日本二輪車全史

1977年CB400ホークIIが登場。CB400FOURから製造コストを削減した2気筒へ。前年に免許制度の改定があり、中型二輪の代表格になる。(AppleII発売)#日本二輪車全史

1976年といえばホンダのラッタッタ、いやロードパルが発売された年。自動遠心クラッチでスロットル一捻りで軽快に走るコミューターの元祖が登場した。(流行語:「ラッタッタ」byソフィア・ローレン)#日本二輪車全史

1976年、カワサキのマッハ(2ストローク)はSSからKHへ移行。250KHは28ps/7500rpm。エンジンは3気筒レイアウト。(イベント:アントニオ猪木対モハメド・アリ) #日本二輪車全史



1975年、ホンダがXL250をリリース。改良に改良が重ねられて、息の長いモデルとなった。1995年にXRにバトンタッチ。 (キティちゃんデビュー)#日本二輪車全史 

1974年、ホンダドリームCB400フォアが登場。4in1の集合マフラーのカーブが迫力。生産台数が少なかったので、中古車相場は高値で推移した。初期型は408ccだったが、翌年の免許制度改正により398ccとなった。(超能力ブーム)#日本二輪車全史

1973年、ホンダがエルシノアMT250をリリース。モトクロッサーCR250Mを基にした市販2ストロークオフローダー。 (オイルショック) #日本二輪車全史

1972年ホンダがSL250Sをリリース。ホンダ初の250ccオフロードモデル。ホンダは4ストロークでヤマハ、スズキに対抗した。軽量化のためクランクケースカバーにはマグネシウムが採用されている。#日本二輪車全史

1972年、スズキがGT380をリリース。3気筒だが、中央のマフラーは二分割され、4本出しとなっている。この2ストロードスポーツは"GTサンパチ"として人気を博した。(沖縄返還) #日本二輪車全史

1972年、カワサキが900Z1をリリース。排気量の自主規制のため輸出モデルとなったが、手に入らないものへの憧れから、ライダーにとって夢のバイクとなった。#日本二輪車全史

1971年、カワサキは750SSマッハIVをリリース。2ストロークでホンダ、スズキに対抗。0-400m加速は12秒で4ストロークのナナハンを凌駕した。#日本二輪車全史

1971年、スズキがGT750をリリースして、ホンダCB750Fourに対抗。空冷4ストローク3気筒だが、中央のシリンダーのみ水冷とする機構を採用。「ナナハン」がバイクのフラッグシップとなる時代を迎える。 #日本二輪車全史

1971年、カワサキがW1SAをリリース。650ccのバーチカルツインの独特のエギゾーストノートは多くのファンを生んだ。左シフトレバー、右リアブレーキペダルになったことで、乗りやすくなったことも大きな要因である。 #日本二輪車全史

1970年、ヤマハが650XS1をリリース。ヤマハ初の4ストロークスポーツ。カワサキのW1に対抗。XS1のデザインセンスはのちのSRに引き継がれる。#日本二輪車全史

1969年にヤマハからDT-1、スズキからハスラーがリリースされたが、1970年、後を追うようにカワサキが250TRをリリース。2ストローク単気筒ロータリーディスクバルブ23.5馬力でDT-1に対抗。250TRの車名は2013年まで発売された4ストローク版に受け継がれた #日本二輪車全史

1970年代になると、1960年代までのオートバイメーカーが統廃合され、4メーカー、つまりスズキ、カワサキ、ホンダ、ヤマハの時代になった。日本でバイクブームが訪れるとともに、世界にも躍進することになる。 #日本二輪車全史
#日本二輪車全史 は月刊オートバイ誌の別冊付録に触発され、108年間の日本オートバイ史を総括してみよう、という大胆な企画。私の独断で選んだバイクを、基本的には毎晩1ツイートする。


1960年代を締めくくるのは、1969年にリリースされたホンダドリームCB750Four(K0)。量産車初の4ストローク四気筒エンジンを搭載。マフラーはもちろん4本出し。つづく #日本二輪車全史
当時としては異例の大きさで、誰もが操れるバイクではないと思われた。オーナーとなって操縦するだけでライダーとしての誇りを感じられるバイク。ホンダドリーム、まさに夢のバイクであった。 #日本二輪車全史

1969年、カワサキが500SSマッハIIIをリリース。空冷2ストローク3気筒モデル。0-400加速が12.4秒を記録強烈な加速がライダーを虜にした。 #日本二輪車全史


1968年、ヤマハのDT-1を追うようにスズキがハスラーTS250をリリース。ワークスレーサーRH250のノウハウをそのまま投入。油圧式ステアリングダンパー標準装備。 #日本二輪車全史

1968年、ヤマハトレールDT-1がリリースされた。これまでのスクランブラーと違い、本格的なオフロードバイクの原点となるバイク。DT-1の登場でダートを駆け巡るモトクロスが普及した。 #日本二輪車全史

1967年ホンダモンキーZ50M、1969年ダックスホンダST50をリリース。愛らしいスタイルと自動車免許で乗れる原動機付自転車も人気を博す。ちなみに1986年まではヘルメットの着用が義務化されていなかった。 #日本二輪車全史

1966年カワサキがW1をリリース。ギアボックスの関係でリアブレーキが左に、シフトチェンジペダルが右になっていた。のちのW1SAで右リアブレーキ、左シフトチェンジに変更。 #日本二輪車全史

1960年目黒製作所は川崎航空機工業と提携、その後カワサキメグロ製作所としてスタート。倒産後は川崎航空機工業に吸収される。そして1965年にはバーチカルツインのカワサキ500メグロK2をリリース。650W1へ受け継がれていく。 #日本二輪車全史

1965年、ホンダドリームCB450発売。今では普通になったDOHCを採用し、650ccの英国車に対抗。最高速度は180km/h。バイクの王様として高く評価された。 #日本二輪車全史

1960年代に入る前に、あと一点。1959年ホンダが発売したベンリィCB92は浅間レースでホンダワークス勢に勝利。125ccで最高速130kmをマークした。 #日本二輪車全史

1959年、ホンダドリームCB72が登場。同年登場したヤマハのYDS-1とともにロードスポーツの原点となるモデルが発売された。CB72は4ストローク2気筒、247cc24馬力。YDS-1は2ストローク2気筒、246cc20馬力。 #日本二輪車全史
http://www.honda.co.jp/memory/CB72/mem-72st/cb72stor.html
http://global.yamaha-motor.com/jp/showroom/cp/collection/yds-1/story/

1955年、ヤマハがYA-1を発売。2ストローク125cc。富士登山レース、浅間レースなどで活躍。 #日本二輪車全史
http://www.jsae.or.jp/autotech/data/4-11.html