今度あなたのCDライブラリーに加わることになった一枚のアルバムをご紹介します。
ZOOCOの『Stairs of mine』(ステアーズ オブ マイン)




エスカレーターではなく階段を一歩ずつ登り詰めて到達した黄金のZOOCOワールド

 階段。
 ソウル、ファンク、R&B、ネオ・ソウル、ディスコ、そしてJポップも。そうした要素をすべて取り入れ、そこにZOOCO印のふりかけをまぶすと、どんなコラボレーターと仕事をしても、すべてZOOCO味になる。ワン&オンリーなヴォーカリスト、ZOOCOのミニ・アルバム『Love Stream』(2014年7月発売)から約4年9か月ぶり、フル・アルバムとしては『Reality of Life』(2009年7月発売)以来9年9か月ぶりの待望の新作がこれだ。
 エスカレーターズ、SOYSOUL、そして、ソロ・シンガーとして、活動のメインフィールドは少しずつ違えど、「グルーヴの元に同じネーション(国)」に住んでいるのがZOOCOだ。
 今でこそ、日本人アーティストが海外のミュージシャンやシンガー、プロデューサーと友人レベルで手を組んで作品を作ることが当たり前になってきているが、このZOOCOの場合、1990年代中期頃というから、もうほぼ20年以上前からイギリスやアメリカのミュージシャンたちと対等な立場でコラボレーションをしてきた。なにしろ最初のデビューがイギリスのレコード会社からで、当時は「注目のアシッド・ジャズの新人グループ」と謳われたほどだ。今では毎年3度ほどやってきている超親日家のブルーイ(インコグニート)がリミックスを担当し、インコグニート・サウンドを聴かせる「Fly High」はEscalators時代の1996年の作品だ。
 ここ数年、海外で日本の洋楽に影響を受けたJポップ(ときに「シティ・ポップ」と呼ばれる)が注目され、そのレコードやCDに高値が付いたりしているが、このZOOCOやEscalatorsの作品も、そうした海外のファンに知られるようになればすぐに再評価の波が訪れるだろう。
 他のアーティストやミュージシャン、プロデューサーとコラボレートして作品を作ることはそうしたアーティストたちのインプットが作品に入り、自分だけで作っている時には出てこないアイデアなどが生まれてきて、いい意味で自身の可能性が予想だにしない方向に引っ張られ、その作品の幅を広げることになる。ZOOCOは、ずっとそうしたコラボをしてきたいわばコラボ・クイーンでもある。
 そしてそんなコラボ・クイーンの彼女が、全10曲ほぼすべていろいろなゲストを迎えて作り上げたのが彼女のデビュー(1994年)から25周年を飾る本作だ。



 本作についてZOOCO本人にメール・インタビューしたので、その回答をまとめながらご紹介しよう。
 
 コンセプト。
 まずはこのフル・アルバムとしては約10年ぶりの新作、コンセプト、テーマなどはなにか、聞いた。
 「1999年7月にリリースした初のソロ・アルバム『Grow-Mellow-Flow(グロウ・メロウ・フロウ)』のようにそれぞれ個性あるミュージシャン、クリエイターのみなさんとコラボレーションをして、シンガーとしてのZOOCOの隠れた可能性や立ち姿を別の場所から見てみたかったという気持ちが強かった。そこで自身シンガー・ソングライターとしてではなく、他の方が作ったメロディーや歌詞、コラボレートによって生まれてくるアイデアなどもどんどん取り入れて、新しい階段をひとつずつ登ってみたいというコンセプトで制作しました」
 そして今回の苦労についてこう述べた。
 「終わった直後は『こんなに大変だったかなあ…』というもの。それは自分が『ママ・シンガー』(註、ZOOCOにはすでにお嬢さんがいてしばらくその子育てに忙しかった)であることも理由かもしれません。以前なら『レコーディングする曲の世界に入り込むために、家事など日常を切り離して音の世界に入り込む環境』を作っていました。ですが、今回はそういうすべてのこだわりを取り払い、短時間でその曲に集中すること、ただ『創りたい』という衝動に突き動かされたて制作に没頭できたように思います。与えられた24時間という限られた時間の中で、妥協のない音を突き詰めるということは、自分への挑戦でした。みなさんのサポートがなければこのアルバムは完成しませんでした。感謝の気持ちしかありません」
 シングル(あるいはミニ・アルバム)で発売されている⑦「Departure」(2017年11月1日発売)、⑨「Still Crazy」(2018年7月10日発売)、⑤「クリスマスマイル」(2018年12月5日発売)以外の曲のレコーディングはこんな感じで始った。
 「このアルバム用に最初に制作を始めたのは、WODDYFUNKと共作した①『21st century kiss』。その前に(シングル発売した)『Still Crazy』を作っているときにもっと彼女と一緒に曲を作りたいと強く思ってこれができました。スタジオでのオケのレコーディングの始まりは②『Soul Galaxy』で、このバンドメンバーでの一発録音で、ミックスダウンの最後もこれでした。そして、最後に歌入れをしたのは⑥『Daybreak』でした」
 今回は3曲の既発も含めて10曲収録(収録時間約46分)だが、このアルバム用にレコーディングされて収録されなかった曲などはあるか。それらは将来シングルやミニ・アルバムなどでリリースされるだろうか。
 「今回のアルバムに収録された10曲は、以前からのストックと今回録音した計22曲ほどから厳選しました。『クリスマスマイル』のシングルに収録したカップリングの『手紙』は、元々ライブだけであちこちで歌っていたものですが、それをいきなりカップリングでいれようと思いついたものです。また、録音はしたものの今回のアルバムのコンセプトとは違うものもあり、そうしたものはしばらくライブなどで歌っていきたいと思っています。これからもレコーディングはしていきます。そして、WODDYFUNKとも今回2曲作ったので、また続きを作りたいという話もしています」

 ゲスト。
 そして今回の豪華ゲストについて出会いなどを簡単に紹介してもらった。
 「WODDYは、(赤坂のソウルバー『ミラクル』オウナーの)川畑さんや、各地のソウルバー界隈から噂も聞いていました。大阪で私のバンド、SOYSOULとの対バンド・イベントで一緒になったのが初めてだと思います」
 今回のコラボの中でももっとも驚かされたのが、キーボード(オルガン)のジェームズ・ボイザー(1967年イギリス生まれ、アメリカ在住、ザ・ルーツのメンバー。エリカ・バドゥ、ディアンジェロなどの制作に関与)だろう。その出会いがなかなかおもしろい。
 「ジェームズとの出会いは、初のソロ・アルバム『Grow-Mellow-Flow』(1999年7月発売)を制作したいと思い始めた頃。その頃、ヘアをブレイズしてもらいに米軍基地の友人宅に通っていたんですが、その子がルームシェアしていた子が急にアメリカへ帰国することになり、住む家がなくなると言われ、『次の家が見つかるまで、荷物だけでも預かるよ』と言ったら、そのまま本人が転がり込んできてしばらく住みつき、しかも私の部屋で『ヘアサロン』まで始めてしまったのです。その時、エリカ・バドゥのCDをかけていたら、『これは私の幼馴染なんだよ』と言われ、(ジェームスを)紹介してもらったのがきっかけです。そのつながりで、ザ・ルーツのメンバー、クエストラヴらと知り合うことになりました。今回のアルバムの制作最終段階のあたりで、オルガンをジェームズに弾いてもらいたいと思いつき、25周年だということを話し快諾してもらい、データのやりとりで音を送ってもらいました。彼も忙しいのに何テイクもトライしてきっちりこちらのリクエストにも応えてもらいました。(①『21st century kiss』)本当にそのプロフェッショナルぶりを尊敬しています」
 「キーボードの金子さん(米米クラブ)は目黒のライヴハウス、ブルース・アレイでのイベントやセッションで知り合い、それ以来いろいろな現場で共演させていただきました。メロンホーカーズを聴いて「一緒に制作してみたい!」と強く思い、今回お願いしました」ギターの星川薫さんは3人組ユニット「星中村」(星川薫・中沢ガッツ信栄・村上てつや)から知っていたが、やはりブルース・アレイでのライブ『モータウン・レヴュー』で直接会い、声をかけさせてもらったそうだ。(②「Soul Galaxy」)
 佐々木 潤さんは1995年に札幌のラジオ局のイベントで出会って以来同時代を過ごした仲間。「彼の創り出す美しいメロディーと独特な世界観、引き算の美学が大好きです」と解説する。(③「Love to love」)
 丸本修さんは、元々はラジオ局のカウントダウン・イベントの打ち上げでジャム・セッションができる場所で、そこでセッションしてかなり盛り上がって以来のつながり。そしてその丸本さんを誘ってSOUSOULの結成へつながっていく。(⑥「Daybreak」)
 その丸本さんに聞かされたのがThe Mode(2人ユニット)という若いグループ。その音を聴いてぜひ一緒にやりたいと思った。(⑥「Daybreak」)
NONA REEVESのギタリスト、奥田健介さんは、大澤誉志幸さんのコーラスを担当したときのギターで、そのサウンドに感動して、お願いした。(⑦「Departure」)
 CARNATIONの直枝政広さんは、お互い所属がコロムビアだったことでそれ以来のおつきあいとのこと。ZOOCO初のソロ作でも直枝さんの曲が入っている。(⑧「Shadows & Light」
 「初のソロ作のときは、直枝さんの曲をマエストロTがアレンジしR&B的な方向性で作っていただいたんですが、今回は直枝さんのカーネーション・ワールドでお願いしたいと思いました」
 岡村洋佑さんは、今回全面的に制作に関与しているプロデューサー、K-Mutoさんがよく一緒に仕事をしているアーティスト。その楽曲がスタジオから聴こえてきて、毎回あまりに素晴らしいので今回お願いしたという。彼が作った「永遠の恋の予感」はかなりポップな曲だったが初めて聴いたときから絶対に歌ってみたいと思った。しかも、これを黒沢 薫さんとデュエットしたら今までにないデュエットができるのではと思い、歌わせてもらったという。(④「永遠の恋の予感」、⑩「Anniversary」)
 ちなみに、アルバム1曲目の「21st  century kiss」の冒頭のファンキーなワウワウ・ギターのような音は、実はK-Mutoさんが打ち込みで作っているギター音だそうだ。
 もちろんこの他にもそれぞれ売れっ子のギタリストのハンク西山さん、ドラマーの江口信夫さん、ベースのSOKUSAIさんや、『ソウル・パワー』のイベントなどでもおなじみのダンス☆マンらも参加している。もちろん、黒沢薫さん、酒井雄二さんはZOOCOと同じ事務所のゴスペラーズのメンバーだ。
 また多くのコラボレーター、プロデューサーらと仕事をしたことで、それぞれのプロデューサーが持つZOOCOという歌い手のイメージがいろいろとあり、ひじょうにおもしろかったそうだ。
 「たとえば金子さんからは『もっと思い切りコントロールしないで歌って』とかなりパワーあふれる歌い方をディレクションしていただきました。一方で、直枝さんからは『リズムに乗せてメロディーを歌うことよりも、もっと歌詞の世界を語るように』と指示され、自分の中にこれまでなかった歌詞の表現方法を体感しました」
 
 最後にこのアルバムを手にしたファンのみなさんへの一言メッセージ。
 「1994年に『Escalators』というグループでデビューして以来、エスカレーターという名前にしては、「私の中の階段」を不器用に登ってきたような25年でした。
 『音楽が楽しい!』って感じられる、2019年の今をまっすぐに詰め込んだアルバムになりました。ぜひ聴いてください」
 R&Bという世界、グルーヴの世界で様々なヴァリエーションを見せたZOOCOのこれは、まさにエスカレーターで一挙に頂上に駆け上がるのではなく、タイトル通り一歩一歩自分の階段(Stairs of mine)を四半世紀かけて登り詰めて到達した黄金のZOOCOワールドだ。

これでZOOCOによる『Stairs of mine』のCDはもうおしまい。いかがでしたか。このCDがあなたのCDライブラリーにおいて愛聴盤となることを願って・・・



[March 05,  2019: Yoshioka Masaharu ?The Soul Searcher]
“An Early Bird Note”
Linernotes Since 1975
http://www.soulsearchin.com

吉岡正晴=音楽ジャーナリスト、DJ。ソウル・ミュージックの情報を発信しているウェッブ『ソウル・サーチン』、同名イヴェント、ブログ運営。毎月第一木曜ミュージック・バードからネットなどを通じて全世界に放送されている『ザ・ナイト』内「ナイト・サーチン」生出演中。毎月第3水曜新宿カブキラウンジで『ソウル・サーチン・ラウンジ』主催。1970年代には六本木「エンバシー」などでDJ。ディスコ、ソウル、R&B、ブラック・ミュージック全般に詳しい。ラジオ番組出演、構成選曲、雑誌・新聞などに寄稿。翻訳本に『マーヴィン・ゲイ物語 引き裂かれたソウル』(デイヴィッド・リッツ著)、『マイケル・ジャクソン全記録』など。自著『ソウル・サーチン R&Bの心を求めて』など。ツイッター @soulsearcher216で最新情報発信中。