verse 2013 夏~2015 夏:全7回

 

◎大崎 響:おおさき・ひびき/北海道生まれの16歳。地元高校の1年生。3人兄妹の末っ子。

 

* * *

 

ベッドから起き上がれるようになると、リハビリが始まった。リハビリの先生はとにかく優しい。そして、何よりたくさん励ましてくれる。相変わらず自分の意志通りに動いてくれない手足に苛立つ響をなだめ、根気よく付き合ってくれる。そして、与えられたタスクが少しでもできると大袈裟かと思うくらい褒めてくれて、一緒に喜んでもくれる。家族以外でこんなにも元気づけてくれる大人に出会ったことは今までなかっただけに、響は心強かった。

 

リハビリルームにいる時間、響はこれからの人生を考えることが多くなっていた。ここには小さい子から高齢の人まで実に様々な身体の状態の人がいる。両親と重ね合わせることもあったし、遥か先の自分の姿を見ているような気分にもなった。私は幸いなことに後遺症の程度は小さく、訓練で元通りになると言われているけれど、もしかすると寝たきりになっていたかもしれない。リハビリルームにいると鮮明にそれがイメージできてしまう。人生は少しも無駄にできないのだと響は思った。

 

響の個室からリハビリルームまではエレベーターを使って1階まで降り、一般外来の人がいる場所を通って行く。頭部の外科手術なので当然仰々しく包帯が巻かれているから、同情と好奇心が湧くのだろう、人々の視線は妙に粘っこく、陰気に感じる。きっと心の中じゃ、自分じゃなくて良かったと思っているんだ…そう想像してしまう度に響は小さく傷つく。

 

彼らの視線を感じると響は思わず下を向いてしまう。すぐにでもその場から離れたいのだが、まだまだ思い通りにならない脚が恨めしく、ただただ苛立ってしまうのだった。そして、逃げるように戻った病室には慰めてくれる人は誰もいない。殺風景な空間を少しでも華やかにしようと思ったのか、病院が壁に掛けた製薬会社の社名入りカレンダーが余計に苛つかせ、胃がチリチリと痛んでくる。逆効果だと、響は病院のセンスのなさを罵った。

 

ベッドに横になり、サイドテーブルの貴重品入れを鍵を使って開け、中からiPhoneを取り出す。力があまり入らない左手でiPhoneを握り、右手でパスワードを打ち込んでロックを外す。

 

前に開いた時よりメッセージアプリの通知の数が増えている。58…。同級生や中学の時の友だちからのメッセージだろう。入院直後はみんなからの励ましが有り難く、その言葉を励みに頑張ろうと思った。

 

しかし、響が返信する毎に、友人たちの響を心配する熱量は次第に下がっていき、それに反比例するかのように、自分たちの日常の出来事、学校や友だちの愚痴を書いてくることが増えていった。それを読む度に響は、かつて自分がいた世界からからどんどん取り残されていくような気がして次第に読めなくなり、手術後からは通知をオフにして一切読まなくなった。

 

親友だとか友だちだとか言っても所詮他人なのだ。どれだけ気にしている風のことを書いて送ってくれても長くは続かない。本当に心配しているのか、自分が冷たい人間だと思われたくないから心配しているフリをしているのか分からない。結局皆自分が大事で、私は誰の意識の中にもいないのだ。まるで存在していないかのように忘れ去られている。他者からの無償の愛なんて存在しない。上っ面だけのリップサービスをしている、そんな人間だけには私はなりたくない。

 

殺風景な個室にずっといると、酸素が足りなくなって、口で深呼吸して新鮮な空気を入れなければ死にそうになる。まるで金魚鉢の中でパクパクしている魚。

 

響はiPhoneの日記アプリを起ち上げ、今の気持ちを書き綴った。そして、家族にも言えないような弱音や愚痴も心に思い浮かぶままにそこに吐き出す。そうすると少しだけ心が楽になっていた。

 

iPhoneの電源を切り、窓枠で切り取られた空をベッドから眺める。今まで生きてきた中で、これほど雲の流れを真剣に見たことがあるだろうか。雲が無くてのっぺりした青空より、雲があるから奥行きの出る空のほうが好きだということに初めて気が付いた。青空をゆったりと流れる雲を見ると一瞬でもほっとできる。まるで “焦らなくていい” と言っているような気がした。

 

自分は今までどのくらいの範囲を見て日々を過ごしていたのだろう。半径5メートル?10メートル?もう少し広いと思うが、雲を見るように広いところまでは見ていなかったような気がする。退院したら、家の畑でのんびり空を一日眺めてみたいと思った。できれば、お弁当を作って。

 

(続く) 次回は9月27日

 

verse 1

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verse 7

 

【introduction】

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