Merhaba ライターのZonです
オスマン帝国外伝シーズン4で大活躍する人物といえば、
ヌールバヌ・スルタンです。
彼女については過去記事でも紹介したので気になる方はぜひドラマの予習・復習にどうぞ
今日はヌールバヌについてちょっと書きます
オスマン帝国史上、皇帝(スルタン)と正式に結婚した女性が二人いるとされています。
それが、ヒュッレムとヌールバヌなのです。すごくない?あとのオスマン帝国のハレムの女性は、ドラマを観てもわかるように、他国の異教徒がほとんどです。奴隷という身分でイスタンブールに連れてこられるのですね。
オスマン宮廷のハレムに入った女奴隷たちは、みんなスルタンのもの。語学や音楽、舞曲、裁縫、いろいろ教育されて、スルタンの目に留まって、幸運にも男児を出産出来たらハセキという称号を与えられますが、それでも奴隷は奴隷です。
でも、正式に結婚する、ということは、奴隷の身分を解放されて、「妻」になるということ。
これはオスマン帝国史上、もう本当に稀なことです。
それをやってのけたのが、あのヒュッレム、そしてヌールバヌなのです。
あっぱれ!!!!!!
ヌールバヌは1525年頃、おそらくヴェネチアで生まれた貴族で、1537年に海賊に捕まってオスマン宮廷に連れてこられました。ひときわ美しく、頭脳明晰だったようで、セリムの赴任地コンヤのハレムに送られます。これが1543年のこと。
翌年には、シャーという女児を出産。
ということは、セリムのハレムに入って結構すぐに気に入られたわけですね。
そして1545年にセリムと結婚
このとき、まだセリムは皇太子ですからね~
よっぽどセリムが心に決めていたのか
それともヌールバヌの何らかの策略か
1545年イスミハンを出産
1546年唯一の男児ムラトを出産
これがのちにムラト3世となります
セリムとヌールバヌの正式な結婚に関してはソースが少ないのですが、セリムはスルタンの位に就いたあともトプカプ宮殿にヌールバヌを連れてきてそばにいさせたといいます。
オスマン宮廷では、スルタンの息子の赴任地に母親もついていくのが習わしのようですが(マヒデブランがムスタファについていったように)、セリムは自分の父親であるスレイマン大帝がヒュッレムと正式に結婚したあともトプカプ宮殿にヒュッレムを留まらせたように、自身も自分の妻に対してそのようにしたのです。
ドラマはスレイマン大帝の崩御で終了なので、セリム2世の時代は描かれていませんが、ヌールバヌはセリムのよき相談役になり、大宰相ソコルル・メフメト・パシャと手を組んで帝国の繁栄を維持したのです。
セリムがあまりにもちゃらんぽらんだったので(笑)
シーズン4、ますますヌールバヌから目が離せません
セリム2世
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スレイマンの正妻ヒュッレム・スルタン
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Zon.