人は論理的に説明できない感性をもっている。


何の根拠もないが引っかかる時がある。


この嘘もそうだった。


何の根拠もない。


ただ「違う」という確信があった。


結果は見事正解。


嘘だったと。


ただ僕以外の人は気付いていないはず。


いや、皆も気付いていたが知らぬふりか。


空気を読む。


これは現代人に求められる迷惑な存在。


このせいで、


現代人は神経をすり減らしている。


僕も嘘と見抜いたものの


それを皆にいえば・・・


と空気を読みいっていない。


それがいいか悪いかは別として。


少なくとも嘘をついたやつにとっては


いいことだろう。


ただ、ここではそれらの善悪を問うている


のではない。


人は説明できない「何か」がある。


というか


ほとんどその「何か」なのかもしれない。


人が持つ感情とて


よくよく考えればよくわからない。


例をあげたいところだが


あえて控えておく。


人って不思議だ。

昨年の3月に旧ブログで書いたものをリメイクしたものだ。


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「わかっているけどできない」


これは、よく言われることではないだろうか。



ほんとはわかっているのに・・・


でもできない・・・



それはなぜか。



ある一冊の本に出会った。


そこには、


「わかっているけどできない現象」はありえない!と。


つまり、


わかっているけどできない、のではなく、


そもそも、


「わかってない」


のである。


「わかる」


それは、考えてみれば非常に難しい言葉である。


「わかる」


とは、何を持ってわかるのか・・・


確かにわからない・・・


そのものや概念を指す言葉を知った時点で「わかる」なのか、


他人にそれを説明できた時点で「わかる」なのか、


それとも・・・


教育という現場でも、


「わかった」


とはよく使うが、


やはり、この「わかる」は曲者である。


書によれば、


本質的に、真に理解すれば「できない(やらない)」はずはないと。


それを哲学者の理論を用いて説明されていたが、


僕には難しすぎる・・・


しかし、


「知の力」


をキーワードとして、


真に「知る」ことこそ


人間の行動の規範となる。



うん、


今の僕ではこの程度でしか本をまとめられないが・・・



とりあえず、


「わかっているけどできない!」


そうやって、自分を甘やかすとき、


それは、


「わかってない!!」


と一喝できる目を与えてくれた。



わかる



とは何なのか。


それが「わかる」ように努力したい。