創世記の疑問点②
はたして、良心はjwの言うように神から与えられたものでしょうか?
「自分を神の愛のうちに近づきなさい」 2章どうすれば正しい良心を保てますか
の4節のなかでは良心は当初から組み込まれていたと書いています。
そして、参照成句に、創世記3:7,8節があげられています。
ですが、ちょっと待ってください。
7,8節は善悪の知識の実を食べて
初めて良心が機能した例ではないですか?
アダムは10節にて園の中で「裸だったため、恐れて身を隠した」といっています。
神の前で裸でいることが無礼だとか、裸であることが恥ずかしいことだと気づいたのは善悪の知識の実を食べた結果なのではないでしょうか
裸でいること=無礼、恥ずかしいという感情がセットになっていることを神様は知っていて隠していた例ではないですか?
善悪の知識実を食べる前の神様は裸であることを良しとしたのであれば、どこぞの偉い人が言うようなタイトパンツやあみあみのタイツを着ようが、罪に問われないのではないでしょうか?