前回の金剛型から間が空きすぎてしまいました。
今回は扶桑型戦艦です。

扶桑型は扶桑と山城の二隻です。
本来は四隻造船される計画だったのですが予算不足などにより建造が遅れました。
その後遅れた二隻は伊勢型戦艦と呼ばれるようになります。
なぜ扶桑型三番艦、四番艦ではないのかと疑問が湧くかと思いますが、後程またそののとについて説明します。
まずは扶桑型について簡単に説明させてください。

扶桑型が就役したのが第一次世界大戦真っ只中であり、この扶桑型も設計図は前回紹介した金剛型を参考にしたりしました。

さて、この戦艦ですが自分はあまりいい印象を持っていません。
主砲は四基十二門であり、火力も高い艦なのですが、船体が金剛型より少し小さいんですよね。
その結果ギュウギュウ詰めになってしまい、改装を施すようになりますが、この改装も問題で、とても扶桑型の問題点を完全に克服したとは言えない改装でした。

先程後回しにした伊勢型戦艦と扶桑型戦艦ですが、予算の都合上建造が遅れたため、扶桑型の三番艦、四番艦、は扶桑型の弱点や欠陥を少し無くした伊勢型戦艦になりました。

二番艦の山城は一度連合艦隊旗艦になった経験もあります。

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そしてこれが扶桑型戦艦です。

なんだこの艦橋は…

これが改装後の扶桑型の特徴でもある、高すぎる艦橋です。

変態的であり、戦史好きや、ミリタリー好きの間ではこの特徴から人気が高いです。

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 ※コラ画像です

後編はこの扶桑型が大東亜戦争中どのような仕事をしたのか解説します。