敵は誰だ | weblog -α-

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なんとな~く  思いつきで  好き勝手に  (=゚ρ゚=) ボヘー  っとやってます。


起きかけた時に気付いたんですよ、頭痛・・・それも結構なレベルのやつ。
で、起きたら案の定の激痛で、参ったな~と思ったんだ。
同時に気付いたのが寝汗。
昼頃まで涼しかったけど、暑くなるとは天気予報で言ってたんで、寝汗自体は想定してた。
でも、どうもおかしいんだな、身体が。
夜になって涼しくはなってたんだけど、それにしても寒い訳よ、異様に。
熱っぽい訳でもないのに寒いってなんだろと思いつつ、シャツだけ着替えてみたけどまだ寒い。
つまり、汗の気化熱のせいで寒いって訳でもなさそうだぞ・・・と。
この辺りから体調の異変をやっと認識し始めまして・・・割れる様に痛い頭抱えて座り込んで、とりあえず頭痛薬を飲んだものの、効くまでしばらくは耐えるっきゃない訳で。
で、しゃーないから大人しくしてようと思ったものの、なんか気持ち悪い。
吐き気がジワジワと波打ってる。
薬飲んだばっかなのに吐いてちゃ意味無いんでなんとか堪えまして、つい今し方まで寝てた布団に逆戻り。
そしたら、布団包まってんのにやっぱり若干寒いし、こりゃ確実にダメな状態だと思って、頭から布団被ってまた寝ましたよ。
起きたら小康状態にはなってたけど、具合は宜しくない。
とりあえず、空腹なままなのも気持ち悪さを助長させるんで、簡単にカルボナーラ作って食いました。
という訳で、どうも、死にかけジジィです。

いや、しかし、ホントに参った。
原因は何だか知らんけど、いずれにしろこういう安定しない季節の頃はダメなんです。
歳食ったから尚更ダメダメっすな。
ここんトコ、またヘルニアが疼き出してるから余計にキツい。


さて、今回は久々にちょっと時事ネタをば。
例の 『美味しんぼ』 騒動について。

週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)に連載中の人気漫画 『美味しんぼ』 にて、『福島の真実』 というシリーズが連載されている。
その作中、福島原発を訪れた後の主人公・山岡が、原因不明の倦怠感を訴えると共に鼻血を出す描写があった。
病院で診察を受けた山岡は、医師から 「福島の放射線と鼻血とを関連付ける医学的知見はありません」 と言われ、本人も当然そうであろうという見解を示す。
その後シーンが変わり、実在の人物である福島県双葉町の前町長・井戸川氏が山岡にこう告げる。
「私も鼻血が出ます。福島では同じ症状の人が大勢いますよ。言わないだけです。」
この表現が是が非かというところで、ネット上やメディアに大きく取り上げられているという状況。

福島県双葉町は、小学館に対し、事実と異なる情報であり、差別を助長しかねないという抗議文を提出。
原子力防災担当である石原伸晃環境大臣は、風評被害を懸念するコメントを会見で述べた。
その他、根本復興相、森消費者相なども同様の懸念を表明している。
又、瓦礫処理を受け入れた大阪市の焼却場付近でも、約800人の地元住民が健康被害を訴えているとの描写があり、それについても松井府知事や橋下市長が 「根拠が無い」 として懸念を表明した。

当然、ネット上でも原作者である雁屋 哲氏や小学館に対する抗議は多い。
この騒動について、雁屋氏は自身のブログ上にコメントを掲載した。
「書いた内容についての責任は全て自分にある。編集部に電話を掛けたり、編集部のサイトなどに抗議文を送ったりするのはお門違いだ。」
と一切の責任は自身にあると表明した上で、
「私は自分が福島を2年かけて取材をして、しっかりと掬い取った真実をありのままに書く事がどうして批判されなければならないのか分からない。真実には目をつぶり、誰かさん達に都合の良い嘘を書けというのだろうか。」
という意見を述べた。


さてさて、この件は騒動になるのが必然と言える事だと思うんだけども、こうして社会的なニュースの一つになってしまうと、どうにも本質というものが埋もれてしまうから困りもの。
批判する事を一概に悪だというつもりは無いが、そもそもちゃんと全体が見えていて物を言ってるのかどうかは大事な事だ。
単に 「嘘書くな!」 とか 「風評を煽るな!」 なんて程度の見方しか出来ない愚か者は、悪い事言わないから口をつぐんで大人しくしておいた方が良い。
毎度の事ではあるが、本質を見失った意見など毒にしかならないんだから。

冷静に今回の問題点がどこにあるのかを見ると、火種になったのは双葉町の前町長、井戸川氏の発言にある。
鼻血について断言する様に語っているのは井戸川氏であり、漫画ではあってもそこは実際に井戸川氏に取材した事で出て来たコメントなのはバカでも解るだろう。
つまり、井戸川氏の発言こそがそもそも問題とすべき点なのであって、主人公である山岡が作者を代弁して問題発言をした訳でもなければ、井戸川氏の発言に賛同した訳でもないんだから、まず作品や小学館を批判するのはどう考えたって筋違いだろう。
少なくとも、俺が批判するとしたら井戸川氏に矛先を向ける。

色々な見解・意見があり、そのどれを取り上げるかのイニシアチブは当然作者にある。
そういった意味では、「何故、井戸川氏の意見を取り上げたのか」 という点で作者の意図を問い質したくなる人も居るだろうが、それはクレームをつけるのとは絶対的に違うアプローチだろう。
ハッキリ言って、そういった部分で読者がいくら疑問を抱こうと、作者は作者の権利として 『何を拾い、何を捨てるか』 の自由がある訳だから、そこにケチをつけるのは筋違いな上に無粋というものだ。
読者に読む・読まないの選択肢がある以上、作者は作者としての自由が守られるべきだ。

政治家や組織の意見は後ろ盾あってのものだから(どんな問題にせよ)真に受けるべきではないが、確かに今回の騒動は見過ごせないテーマではある。
しかし、結果的にこうした大騒ぎになって、鼻血や倦怠感について福島の地元住民へのインタビューをメディアが盛んに行い、「そういった根拠はどうやら無さそうだ」 という事が解った。
つまり、作者が投げた球は確実に打たれた訳だ。
それは一つのテーマを投げ掛けるというアプローチとして、思いっきり成功している事になる。
良し悪しの問題で語っている方が頭悪いというか、最初からそんな次元の話ではないという事なんだろう。


俺は美味しんぼなんか読まないし読むつもりも無い。
今回の騒動があったからって、福島の真実シリーズだけでも読もうとは思わない。
作者が何を意図しているのか知らないし、騒動をどこに着地させるのかも知らないけど、悪意を持って騒動を起こした訳じゃないという事は解る。
だったらそれで良いというか、それほど大騒ぎする価値のある話ではない様に思う。

震災以後、あらゆる人達があらゆる形であらゆるテーマを訴え続けてる。
それら全てを肯定する事も否定する事も無い。
井戸川氏の見解が事実であろうと無かろうと、申し訳ないがそんなのは俺個人にとってはちっとも重要なテーマではない。
大地震があり、怖い思いをし、原発事故があり、日本の終わりや死を強く意識した・・・という、ザックリではあるけども、そんなのが自分自身の目の前の出来事だっただけ。
いくら感情を揺さ振られたり高められても、福島の人達と同じ思いにはなれっこないし、福島に限らず、震災や津波で被害を受けた人達と同じ思いにはなれるはずがない。
原発反対と声高に叫んだところで、その背景にあるものは震災被害の人達とは絶対的に違うだろう。
どっちかって言うと、「僕も同じです」 みたいな顔してる連中の方がよっぽど胡散臭くて腹が立つ。
目の前で家族を亡くした人の思いが、家族を亡くした事もない奴になんか解りっこないだろ?・・・と、俺は当たり前に思うし、解らないからこそ解ろうと歩み寄る努力が必要なんじゃないの?とも思う。

今回の騒動にある本質が何なのか、恐らくメディアに注目してると見失いがちになるだろう。
世の中の大半の皆さんは、どうやら物の見方というのが極端にばかりなってる様だから尚更。
美味しんぼ作者? 小学館? 井戸川氏? どこに責任を見出したところで、この件の本質には辿り着かないんですよ。
これはホントにそもそも論になってしまうけど、そもそもの原因は何?って話。
誰が悪者だって決め付けて、一体どうなれば納得するんだろうね。
美味しんぼ休載? 小学館倒産? 井戸川氏の自殺? どれ望むにしたって、そんなのは悪意でしかないんだよ。
ただの悪意。
正義のつもりで悪意振りかざすバカは救い難いバカ。

そもそも、原因はあの原発事故でしょ?
福島原発の事故が全ての原因であり火種でしょ?
じゃあ、原発事故の責任はどこにあるんですか?と。
東電と原発推進してた政府でしょ?と。
悪いけど、これは誰一人ケチつけられない事実な訳ですよ。
原発事故が無かったら、美味しんぼの騒動だって起きやしなかったんだから。
作者だの出版社だの井戸川氏だの、それぞれ問題はあるにしてもだね、原発事故が起きなければ騒動の火種自体が存在しなかった話じゃないですかと。
だったら、諸悪の根源はどこよ?
そこに怒りなり不満をぶつけるべきが筋ってもんじゃないんですか?と俺は言いたい。
美味しんぼがどうしたって青筋立ててるぐらいだったら、この期に及んで原発推進に前向きな政府やら首相にもっと牙剥かなきゃおかしいじゃんね。
福島原発の問題がまだちっとも片付いてない現実ありきで原発推進とか平然と言ってるよ?
そこに全力で怒らないのは何故?
たかだか一個人とか叩いて気が済む正義なんてのは、クソほどの価値も無いんだよ。

現実に事故が起きて、それに関するテーマを投げ掛けてる人も沢山居て、色々な意見ってのがある訳だから、そこでたまたま目立ったのを取り上げて是非を問うたって、そんなのほとんど意味無いんですよ。
福島に再度目を向けるきっかけになったとしても、それで何が出来るってもんでもない。
前述した様に、体験した人と体験してない人とでは絶対的な違いがあって、それはどんなに目を向けたところで埋まるギャップじゃない訳だ。
だから、何よりも根本的解決を目指すのが本来のスタンスであるべきだと俺は思う。
無論、そう簡単な事じゃないのは大前提としてね。

まぁ、とにかく、たかが漫画の鼻血一つで大騒ぎするのは、平和ボケと言うよりもバカです。
あの漫画の影響で風評被害が出るとしたら、その情報を鵜呑みにして風評を引き起こしてる輩こそ悪ですよ。
そんな程度の低すぎる悪人どもに基準を合わせる必然性なんて皆無な訳で、バカにはバカだと突き付けるのがマトモな大人の取るべき態度ってもんじゃないでしょうかね。
そんな事も出来ないで、正義もへったくれもあったもんじゃない・・・と、俺は思う訳です。