思い出の麦茶 | weblog -α-

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なんとな~く  思いつきで  好き勝手に  (=゚ρ゚=) ボヘー  っとやってます。


異常な程の猛暑の日々もようやく過ぎたと思ったら、今度は急激な朝晩の寒さ。
この時期の寒暖の切り替わりは年々極端になってる気がしますな。

真夏を過ぎてからこんな話もどうかとは思いますが、とある方のブログで過去記事を眺めてたらふと思い出したもんで、ちょっと書いてみようかなと。
いや、全然大した話じゃないんですがね。

夏の飲み物の定番と言うと、今は色んな種類の飲み物があるだけに断言出来るほどのものってなかなか少ないと思うんですよ。
でもまぁ、ごく一般的、庶民的な夏の飲み物と言えば麦茶ですよね。
「いやいや、夏は炭酸だろ」 なんて人も今時は結構多そうな気がしますが、俺らがガキの頃ってのは、サイダーやコーラなんてのも今ほど当たり前に家にある飲み物じゃなかったんですよ。
と言うか、今よりももうちょっと高級なイメージでした。
まぁ、高級って言ったってたかが知れてますけどね、勿論。

そんな訳で、夏と言えばどの家でも冷蔵庫には麦茶が入ってた・・・って、いちいち他人の家の冷蔵庫チェックこそしちゃいませんがw、どこの家に遊びに行っても冷たい麦茶を出してくれたもんなんでね。
麦茶と言っても、当時は水出しじゃなく煮出し。
そこそこ大きい鍋かなんかで麦茶パックを煮るタイプです。
水出しの麦茶を当たり前に見かける様になったのなんてわりと最近ですからね、感覚的に。

今じゃ当たり前すぎるペットボトルなんてもんも無かったし、金を出して水を買うなんて人もほとんど居ない時代、喉が渇けば冷蔵庫の麦茶や牛乳を飲むのが常識。
たまにカルピスの瓶を冷蔵庫に見つけた時には、「おぉ!」 とテンションが上がったもんです。
そうそう、そういう時代だったからこそ、あのカルピスってのは今も残る程に定着したんでしょうな。

カルピスもそうだけど、アイスティーやアイスコーヒーなんてのも当時は今よりちょっと高級でしたよ。
喫茶店やレストランで頼むオシャレな飲み物ってイメージがまだありましたからね。
紅茶やコーヒーからそういった高級感が消えたのは、恐らく輸入品が全国的に普及した頃からなんじゃないかな~。
まぁとにかく、夏の定番ドリンクと言えば麦茶って時代があったんですよ。

そんな夏のある時、恐らく9歳か10歳ぐらいの頃だったと思うんだけど、クラスで何かしら作るんだかって事になったんですよ。
で、それぞれの班で打ち合わせて作るって事になったと思うんですよね、その辺りはほぼ忘れてるんだけども。
俺らの班も打ち合わせをする事になって、日曜に誰かしらの家に集まろうって流れになったんです。
んで、誰の家にする?って事で決まったのが、Tちゃんという女の子の家。

このTちゃん、学校のわりと近くの新興住宅地に住んでて、その辺りってのは庭付き・車庫付きの一軒家が建ち並ぶ高級住宅エリアなんですよ。
俺なんか貧乏人の子ですからね、そこいらを通る度に 「デカい家ばっかだな~」 なんて思いながら多少羨んだりもしてたんです。
むしろ、子供ながらに気が引けて通るのも躊躇われる感じでしたね、正直。

で、そんなTちゃんの家に次の日曜に集まるって事になったんだけども、俺はTちゃんとそれほど仲良しって訳でもなかったし、そもそも向こうは女の子ですからね、お互いの家で遊んだりする様な事ってのは一度も無かった訳なんです。
つまり、その日曜ってのがTちゃんの家に行く初めての機会だったんですね。

同じ高級住宅エリアの一角にMって奴が居て、そこもまた金持ちだったんだけど、そいつの家には何度か遊びに行ってたんですよ。
折しも時代はファミコンブーム真っ只中でしたからね、金持ちの家のMは新作ソフトなんかをしょっちゅう手に入れてまして、それを目当てに俺らクラスメイトの男子数名はMの家に遊びに行ったりはしてたんです。
ただ、Mの家ってのは、Mの上にお姉さんが居たんですが、そのお姉さんがいわゆる障害を持った方で、見た感じは普通なんだけど、挨拶なんかをしても笑ってこっちを見てるだけで反応してくれない様なね、そういった事があったもんで、Mの家ってのはどこか閉鎖的な雰囲気ってのがあったんですよ。
まぁ、友達の家だからって家中をウロウロする趣味こそ無いにせよ、やんわりと危惧と配慮の雰囲気を感じてましたからね、こっちも気を遣ってあちこちに視線を向けたりはしない様にしてたんですよね。
だから、Mの家で遊んだ経験がイコールで 「金持ちの家はこんな感じ」 とはならなくて、それだけにTちゃんの家に行くのは妙な緊張があったんです。

さて日曜、同じ班の連中と合流してTちゃんの家へ向かいまして、車庫の脇にある階段を上って小さい門をくぐり、玄関を通されてリビングへ。
さすがにうろ覚えだけども、リビングには革張りかなんかの白いソファーが並んでて、その中央に大きめのガラステーブル、リビングの向こうはそのままDKになってて、いわゆるリビングダイニングってやつですよ。
今でこそそういった間取りも珍しくなくなったけども、当時は恐らく最高級の作りだったんじゃないですかねぇ・・・まぁとにかく、いかにもな金持ちの家だったんですよ。
その時点で軽くカルチャーショックは受けてました。

で、本題の打ち合わせを始め出すと、Tちゃんのお母さんが飲み物とお菓子を出してくれたんです。
夏の暑い日でしたからね、家からTちゃんの家に着くまでに喉はカラカラ。
正直、待ってましたって感じで出された飲み物のグラスを手に取ったんです。
で、一口飲んで・・・「んっ!?」 と驚きの声を上げちゃったんですよ、俺。
その声に当然みんな視線をこっちに向けまして、特にTちゃんのお母さんは何事かって様子で歩み寄って来て 「あら、どうかした?」 と。

俺が何に驚いたかって、その飲み物に驚いたんです。
甘いんですよ。
いやね、ソーダとかコーラみたいな明らかに甘そうな物だったら驚きゃしないんだけども、それはそういった類の雰囲気が全く無い茶色い液体。
「なんだこれ・・・なんで甘いんだ?」 って事に驚いた訳なんです。
恐らく、その時の俺は物凄く不思議そうな顔してたんだと思うんだけど、怪訝そうに歩み寄って来たTちゃんのお母さんの顔を見上げながら俺が発した言葉は 「・・・甘い!」 の一言。
それを聞いた途端、Tちゃんのお母さんは 「な~んだ」 とばかりに笑い出し、「そうそう、ウチの麦茶はそうなのよ。甘いのダメだった?」 と。
俺は即答で 「いや、すっごい美味いです!」 とか返したと思う。
とにかく、俺の返事を聞いたTちゃんのお母さんは更に笑顔になって、とっととその甘い麦茶を飲み干した俺に 「今おかわりあげるから好きなだけ飲んでね~」 と麦茶の入ったボトルを持って来てくれた。

聞くと、どうやらTちゃんの家では麦茶に砂糖を入れるのが定番らしかったんだけど、俺は甘い麦茶なんてそれまで一適も口にした事が無かったし、想像すらした事がなくて、とんでもなくカルチャーショックを受けたんです。
甘い麦茶なんてもんがこの世の中にあるのか・・・と。
そしてそれがこんなに美味いもんなのか・・・とね。

当然、その日以降、俺は家でも麦茶に砂糖を入れてみたりはしたんだけども、どうしてもTちゃんの家で飲んだ絶妙な甘さは出せず仕舞いで、結局はマイブームにすらならなかったんだけども、未だにあの衝撃だけはハッキリと覚えてるんです。
まぁ、なんて事はないんだけども、当時の時代背景やら俺の環境なんかからすると、物凄い衝撃的な出会いだったんですよ。


まぁ、あくまで麦茶は煮出したものをそのまま飲むのが正当なんですが、昔は好んで砂糖を入れてた人も多かったみたいですね。
前記したカルピスの話にも通じるところなんですが、昔は甘いものってのが貴重で贅沢な味だった訳ですよ。
砂糖自体が貴重品だったし、味覚的にも甘味ってのは極端に変化を感じられるものですからね。
麦茶は昔から庶民の飲み物として定着してた訳だけど、そこに砂糖を入れるのは今で言うセレブな嗜みでもあったんでしょう。
つまり、裕福なTちゃんの家庭で砂糖入り麦茶が定番というのは、とても筋が通る事なんですね。
とは言え、俺がガキの頃には別に砂糖が貴重品だなんて事はなかった訳ですが、その頃の大人達にしてみれば、やっぱり砂糖は貴重品で、甘いものは贅沢ってイメージが強かったんでしょうね。

ちなみに、麦茶に砂糖は大いに認めますが、更に牛乳まで入れるのは断じて認めませんw
それは紅茶でやれって話ですからw
味覚の好みとバカ舌とは全く違いますからねw