あの作業をやっている理由というか、根っ子に有る問題意識の様なモノを書いておこうかと思う。
・・・「安倍談話」にちょっと失望した部分もあるもので。
90年代から現在にかけての日本の外交を、現在から遡って冷静に評価すると、「失敗」とかいった生温い話ではなく、「意味不明」とか「基地外沙汰」とでも評するしかないレベルだと思う。
現在、二十年余りに亘って猛烈な軍拡を進めて来た中国が、その軍事力を背景に四方八方に侵略行為、威嚇行為、不法行為を繰り返し、日本もそのターゲットになっている。
現在の安保法の改正も、要はそれが原因な訳でね。
で、その中国の軍拡を可能にしたのは改めて言うまでもなく、過去十数年間に亘る凄まじい経済成長なのだが・・・その経済成長というのは、ハッキリ言えば、100パーセント「日本が作ったモノ」なのよ。
この様に書くと、「欧米からも投資はされている」「と言うか、額面で言えば欧米からの投資の方が遥かに多い」といった反論をする人が居るのだろうと思う。
しかし、中国への欧米からの投資が行われ始めたのは、中国に各種インフラが整備されて投資に適すると判断される様になってからの話で、その「インフラ」が100パーセント日本の支援で整備されたのよ。
で・・・異常なのは、その日本の支援が、1993年に中国が江沢民体制になって、現在に連なる凶悪で偏執的な反日路線に転換して以降に行われているという事なんだわ。
真面目な話、事象だけを見たら、当時の日本の外交に携わっていた連中の脳疾患を疑うレベルだ。
この異常状況を読み解くカギが、恐らく1993年の、所謂「天皇訪中」なのだろうと思う。
「天皇訪中」に関して、一般的には、
『1989年の所謂「6.4天安門事件」の際の中国政府による民主化を要求する勢力に対する虐殺、弾圧への制裁措置として、アメリカの音頭取りで中国への経済封鎖が掛けられ、それによって中国は青息吐息になっていた。しかし、1993年に日本政府が天皇を中国に訪問させ、それによって対中包囲網は実質的に無効化し、中国は窮地を脱した。』
という様な形で論じられている。
まず押さえておかねばならんのは、日本政府の行った「天皇訪中」というのが、アメリカの音頭取りによる対中経済封鎖の最中に行われたものであるならば、それは間違い無く、アメリカ政府の承認、最低限、黙認を取り付けた上で行われたものだという事だ。
これは、軽薄な「アメポチ論」とかの話ではなくて、「不意打ちこそ交渉の華」という腐った精神文化を持った民族や、国際社会に対して一度も責任を担った事の無い国なんかは別として、まともな国であれば、国際情勢、国際関係に影響の出る様な案件を何の根回しも無しに独断でやる様な乱暴な外交はしないものなんだわ。
実際・・・まぁ、当時は現実の政治に特段に関心は持っていなかったので、この件に関してつぶさに報道等を追っていた訳ではないけれど・・・記憶する範囲では、この件に関してアメリカからクレームが来たとかいった話は全く無かった。
そこから推しても、アレに関してアメリカに話が通っていたというのは、まず間違いの無い所だと思う。
さて、その上で・・・次に、アレが誰から、何処から出たプランだったのか、という話だ。
この点に関しては表に出ている話というのが全く無いので、推測するしかないんだが・・・
普通に考えて、日本側からだったという事は、まず無いだろうと思う。日本側から中国に、
「中国はん、どうやらかなりお困りの様ですなぁ。どうです、一丁、天皇陛下でも中国に行かせましょか?」
と申し入れたという様な事は、流石に無いだろう。
無論、日本側に(と言うか、日本国内に)対中包囲網を解除させたい、中国を経済的、政治的に支援したいと考えた勢力は居たのかも知れないし、まぁ、恐らくは実際に居たのだろうけど・・・そう考えた連中が居たとしても、その目的の為に採れる手段というのは色々と有った筈で、それが『「天皇訪中」でなくてはならない理由』が有ったとは思えんのよ。
「天皇訪中」という手段を選ぶというのは、実現へのハードルを無駄に上げるだけなんだよね、恐らく。
では、中国側からだったのか?
「プランの出所」という事で言うならば、恐らくその通りだ。しかし、中国側から日本に、
「天皇を中国に来させるアルッ!」
と申し入れて来たのだろうかというと・・・恐らくそれは、違う。
それだと、陛下御臨席の晩餐会での、江沢民のあの非礼極まりないスピーチに説明が付かなくなるんだわ。
中国が日本政府に「天皇訪中」を要請したとした場合に、
「6.4天安門事件で地に落ちた共産党の威信を取り戻す為に、日本の天皇をスケープゴートとしてブッ叩いて見せねばならないアル。だから、天皇を中国に来させるアル。」
という「本当の理由」を言って来た筈は無いんだわ。その場合、中国は間違い無く「中日友好」を表看板に出して来ていた筈なのよ。
で、その看板で日本側と交渉して、首尾良く「天皇訪中」を実現したとして・・・その上で、江沢民のあの侮辱的スピーチが行われたのだとすると、どうなるか?
日本側で「天皇訪中」の実現の為に骨を折った連中は、当然、ヘソを曲げる事になるわね。
そうなると、中国共産党と江沢民にとって「天皇侮辱」と同じくらい、と言うか、恐らくはそれよりも重要な「その後の日本からの経済的、政治的支援」が危うくなる可能性がある。
そして・・・まぁ、これはあくまで「たられば」の話でしかないんだが、90年代の日本からの経済支援が無ければ、共産中国は確実に20世紀中に潰れていただろうと言われている。
あの江沢民の侮蔑的スピーチというのは、本来、「有り得ない」んだわ。
外交儀礼上とかいった話ではなくて、政治的に「有り得ない」のよ、リスクを勘案すると。
しかし、それは「実際に行われた」。
それが意味するのは・・・恐らくそれに付いて、江沢民に「確実な勝算が有った」という事なのね。
さて・・・「天皇訪中」に関しては、アメリカの要請によるものだったという説を唱える者が、以前から居る。
つまり・・・1989年の「6.4天安門事件」での民主化勢力に対する弾圧への制裁として中国に経済封鎖を掛けていたら、その間にソ連は崩壊するわ、アフガニスタンは完全に無政府状態になるわ、中東は湾岸戦争の残り火で燻るわ、更にアメリカに関して言えば、裏庭の中米のニカラグアやらエルサルバドルやらパナマやらが慢性的な政情不安で・・・
「更にこの上、チャイナやノースコリアまでどうにかなったら、流石に手に負えねぇぜ、HAHAHA!」
「しかし、チャイナへの経済封鎖は、民主化要求への弾圧に対する制裁という看板でやっているから、こっちから拳を下すという形を採るのはちょっと具合が悪いぜ、HAHAHA!」
「何か適当なイベントでもでっち上げて、対中包囲網はそのどさくさでなし崩しにしちまうぜ、HAHAHA!」
「その後は、チャイナが潰れない様にジャップに支えさせる事にするぜ、HAHAHA!」
・・・ってな話だったんじゃないのか、と。
ワシも、「天皇訪中」の背景に関しては、大筋に於いてはこの様な感じだったのではないかと思っている。
しかし、この説だけだと、『それが「天皇訪中」だった事』に説明が付かないんだわ。
「天皇訪中」は、まず間違い無く「中国の意向」だ。
日本側から出る話ではないし、ましてやアメリカ側から出て来る筋の話でもない。
という事は、「天皇訪中」というのがアメリカの要請に基づいて行われたものだったのだとするならば・・・それが意味するのは、『アメリカが「中国の意向」を汲んだ』という事なんだわ。
で、ここから先は、完全にワシの推測と言うか想像に過ぎないのだが・・・ワシは中国がアメリカを脅迫したのではないかと考えている。
「もしも我が国が崩壊して我々の統制が効かない様な事態になれば、美国や英国にとって非常に都合の悪い話が表沙汰になったりするかも知れないアルが・・・それでも構わないアルか?」
・・・まぁ、正直な所を言うと、この推測に関しては、自分の中でもちょっとまだ「揺らぎ」が残っている。
と言うのは、1993年に江沢民・中国が反日路線に転換したのと時期を同じくして、金泳三・韓国も強硬な反日路線に転じており、その背景を考えた時に、中国がアメリカを脅迫したという形なのかどうかに関しては留保が付く部分は有る。
その「背景」の話に付いては、ここでは置いておくけど。
しかし、あの「天皇訪中」が、「中国の意向」に基づいて、「アメリカの要請によって行われたもの」であろうという事に付いては、ワシ個人としては確信している。
だから、江沢民は安心してあの侮蔑的なスピーチを行う事が出来たのよ、恐らく。
日本側の「何やねん、アレは」というクレームは、アメリカに行くんだもの。
ただ、その場合、日本からのクレームを受けたアメリカが江沢民に対して怒りを抱く可能性があるのでは、と思う人が居るのかも知れない。
実はそれが、ワシが「中国がアメリカを脅迫したのではないか」と推測する根拠なんだわ。
多分、江沢民には「アメリカからのクレームは絶対に来ない」という確信が有った筈なのよ。
で、シナ人がそれを確信するという事は、何らかの形で「相手のキ○タマを握っている」と考えていたのだろう、と。
その様なフレームで、あの「天皇訪中」という出来事を眺め直してみると・・・江沢民のあの非礼極まりないスピーチが、意味合いの違うものに見えて来るんだわ。
そもそも、江沢民が偏執的な反日政策の強化に乗り出したのは1993年、「天皇訪中」以降の事だ。
つまり、その当時の中国は、中国共産党が「反日教育、反日政策の徹底的な強化が必要だと判断する様な状況」だったという事でね。
その様な状況下で、「中国に来訪した日本の天皇を侮辱する」というパフォーマンスが、中国人の心情にいかほどの訴求力が有ったのだろうかと考えると・・・個人的にはちょっと疑問を抱いてしまうのよ。
事によるとアレは、中国人に見せる為のパフォーマンスだったのではなくて、アメリカの「天皇訪中」実現の為に労を執ってくれた連中に対する、
「我々は日帝の侵略と暴虐の被害者という立場をこれからも堅持して行くので、安心してもらって良いアルよ。」
というメッセージだったのではないか、と。
・・・と、まぁ、ワシ個人は1993年の「天皇訪中」に関して、この様な考え方をしている。
で、その立場から、過去20年余りの日本の対中政策と、その結果としての現状を見ると・・・本当に、余りの愚かしさに気が遠くなるんだわ。
20年余りに亘って野放図に金と技術を垂れ流しに与え続け、それによって肥え膨れた相手から軍事的な脅迫を受けて、それへの対抗策として今やっているのが、恐らくは1990年代に潰れかけた共産中国を生き残らせた張本人であろうアメリカとの同盟強化という・・・
アメリカが今後も先の大戦、特に対日戦争に於いて「自分達が正義だった」という薄っぺらなフィクションにしがみつく事をやめる事ができないのであれば、日米安保は日本の安全保障政策上の「政治的足枷」となる公算が高い。
そのフィクションを維持する為には、アメリカは究極的には共産中国と「敵対できない」んだもの。
そして、その上でワシが危惧するのは、中国共産党が「アメリカは絶対に自分達と敵対できない」という判断に確信を持っている場合、共産中国が軍事的冒険をする必要に迫られた際に、「最も安全な相手」として日本を選ぶ可能性があるという事だ。日本が相手であれば、トラブルを起こしてもアメリカが日本にブレーキを掛けるだろう、と。
下手をすると、個別的自衛権の範囲の事象でまで、「日米安保」を口実としてアメリカに足を引っ張られる可能性があるんじゃないかと思っている。
だからこそ、「戦後レジームからの脱却」というのが重要であり、急務だと考えているんだけど・・・
「安倍談話」を見た限りでは、それを放棄したかどうかまでは分からんけど、棚上げにしたというのは間違い無い様で。
まぁ、政治に限らず何事も、「今までの結果としての現在」の上でやるしかない訳で、現状の「政治的現実」の中では、あの辺が一杯一杯なのかなとは思うんだけどね。
で・・・政治の方での「戦後レジームからの脱却」が諸事情によって停滞するというのであればそっちは置いといて、民間は自由にサクッと「戦後レジーム」から抜けちゃえば良い訳で・・・民間が先に脱却してしまえば、政治も後からついて来るだろう、と。日本は一応は民主主義国家だからな、政治制度的には。
そんな様な考えで「フィクション」の続きに取り掛かろうとは思っているんだけど・・・実の所、あの先をどういう手順で書いて行くかという事に付いて、まだ考えが纏まっていない。事が一本道じゃないんで、どういう手順で書いても「この件に関して書くのなら、先にこっちの話を書いておかんと訳がわからん様になる」というのが出て来るのよ。
まぁ、ボチボチとやって行きます。