「転生者オンム・セティと古代エジプトの謎」ハニー・エル・ゼイニ他著、田中真知訳、学研200810月刊より


 オカルトっぽい、こういう話は基本的には差し控えたいのですが、エジプトの女性考古学者オンム・セティの場合、彼女の予知通りの多くの考古学的発見・発掘が実現していますので注目をして来ました。今回の本は昨年、新潮社から発行されたジョナサン・コット著「転生 古代エジプトから甦った女考古学者」の続編とも言うべきものです。


 出エジプトのモーゼの場合、蛇に関する話が二度出て来ます。一度は持っていた杖が蛇になったこと、もう一度はアフリカを彷徨っていた時に「蛇の谷」という所で沢山の蛇に遭遇したというお話でした。モーゼはファラオの養子となりましたのでエジプトの魔術を知っていて、魔術で対応していたようです。

エジプトの宗教の話を読むと、ヤハヴェの宗教から見れば非常に異教的なので解釈に苦労するのですが、これには人類の古層の知識が含まれていますので無視することは出来ません。

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 呪文とか魔術というとインチキな人も沢山いるので困るのですが、信頼するに足る人物のオンム・セティが言っていることを知っておくのも、いつか役に立つことがあるのではないかと思い御紹介することにしました。

引用は同上書p232からです。


tomasocのブログ-オシレイオンのオンム・セティ オシレイオンのオンム・セティ

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 オンム・セティは動物に対して親近感を抱いていた。エジプトで恐れられているヘビやサソリに対してすら、彼女は愛情を注いだ。神殿に現れるヘビをかわいがっていたこともあった。あるとき私は彼女に「あなたにとってヘビは特別な存在なのですか。それとも、どんな動物に対しても、あなたは愛情を感じるのですか」と訊いた。

「私はヘビとの間にテレパシーのようなものを感じるの。あなたのいう〈ヘビ〉はコブラのことね。コブラはすごく頭がいいの。コブラはこちらから攻撃したり、あるいは、やっつけてやろうと心に思ったり、怖がったりしなければ、けっして攻撃してこない。インドに滞在していた私の叔父はヘビを操る苦行僧を見たことがあるといっていた。叔父はあんなのは全部インチキだといって信じようとしなかった。でも、私は、そんなことはないと思う。」


「エジプトでもリファイ教団の人びとはヘビを操ることができます。それどころか生きたままヘビを飲み込んでも攻撃されることがありません。おそらく、リファイ教団の人たちは父から子へと、この技を伝えてくるうちに、ヘビの毒が効かなくなってしまったのではないでしょうか。」

 リファイ教団はジャワ出身のアフメド・リファイを祖とするスーフィー(イスラム神秘主義)教団で、エジプトにも多くの信者をもつ。彼らの中にはヘビを捕らえて生計を立てている者もいる。


「生まれつき免疫を持った人達はいるでしょうね。私もサソリの毒には免疫があるの。これまでサソリには十回刺されたけど、十度目には針がちくっと刺すとき以外、ほとんど痛みを感じなかった。うずくような感覚があったけど、それは穏やかな電気ショックみたいで、気持ちよかったほどよ。」


 私は二十年以上昔、上エジプトのコム・オンボに住んでいたときの話をした。私の住んでいたあたりはヘビがたいへん多かった。あるとき、あまりにヘビが多いものだから、ヘビを捕らえるリファイ教団の人を呼んだ。彼は空のリュックサックを背負い、一本の杖を手にしてやってきた。彼はヘビの多い場所にやってくると、何やらぶつぶつと呪文のような文句を唱えた。すると、一匹のヘビが穴からはい出してきた。つづいて別の穴からもヘビがはい出してきた。こうしてその日の終わりには、彼のリュックサックは四十匹のさまざまな種類のヘビでいっぱいになった。これは魔術なのだろうか、それとも彼はヘビだけに聞こえる音を出して、ヘビを穴からおびき出したのだろうか。私にはそれ以外考えられなかった。これを聞いてオンム・セティはいった。


「私はリファイ教団の修行者のことは知らないけれど、彼らにはなんらかの神秘的な力があるようね。もちろん、中にはインチキもあるでしょう。何年か前に、私の隣人の家に、一人の男がやってきて『この家にはヘビの臭いがする。退治いたしましょう』といった。彼は呪文らしきものを唱えて、家の中からヘビを引っ張り出した。でも、彼が手にしていたヘビを見て、私はそいつが詐欺師だとわかった。だって、それは砂漠にしか住んでいない角のあるヘビだったから。私は笑っていってやった。『あんたは嘘つきだわ』って。彼は怒ったわ。そして持っていたヘビがいっぱい入ったカゴを、私の足元に投げ出した。コブラも、角のあるヘビも、私の知らないやつも、たくさんいたわ。

 彼は『これはみんな今日捕まえたヘビだ』といった。でも、本当にこれらがみんな野生のヘビだったら、私を噛むなり、逃げ出すなりするはずなのに、ヘビたちときたら、みなカゴの中に戻っていったのよ!


 でも、古代エジプト人はヘビを操り、攻撃させない呪文を知っていた。彼らはヘビをけっして殺さなかった。ヘビを追い払うには『セベン、セベン、セベン』と唱えればいいの。これは「その場を離れよ」という意味の秘密の呪文なの。私もこの呪文を使ったことがある。あるとき神殿にコブラが現れたの。コブラはツバメを飲み込もうとしていた。その様子をたまたまその場にいた旅行者が写真に撮ろうとした。すると、警備にあたっていた警官がヘビを殺そうとした。私は『手を出してはだめ。この人は写真を撮っているんだから。』と言った。すると腹を立てた警官がコブラに石を投げた。石は当たらなかったけど、怒ったヘビはツバメを離して、攻撃態勢に入った。それで私は穏やかな声で『セベン、セベン、セベン』と唱えた。するとヘビは壁の穴の中に戻っていった。以来、私とそのヘビはいいお友だちになったわ」


 オンム・セティが『セベン、セベン、セベン』と唱えたときのイントネーションは独特だった。それは祈りとはどのような関係にあるのかと私は訊いた。

「もちろん、エジプトの祈りの文句が、すべて魔術と関係しているわけではないわ。でも、すべての祈りの言葉は、分析してみれば、魔術の一つの形といえるわ。それは神々とコンタクトしようとする試みなの。もう一つだいじなことがある。古代の魔術とは、いまは失われてしまった科学だと私は思っている。古代エジプトの魔術師は、王子、資産家といった、たいへん地位の高い人たちだった。市場にたむろして人の亭主を横取りするためにまじないに耽っている貧しい輩(やから)たちではなく、教養のある、信頼に足る人物だったのよ」

「魔術は科学だとおっしゃいましたが、それは本当の科学なのですか」

「そうよ。いまは失われてしまったけど、本当の科学だったと思う。いまでも波動の力をめぐって、いろんな理論があるけれど、古代エジプトでも呪文は正しい発音で唱えなくてはならないとされていた。声の振動が魔術の効果を左右したからでしょうね

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Comment:ヨハネ福音書の初めに「はじめに言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった。」と書かれていますが、創世記の初めにも「神が光あれ、と言った。すると光が現れた。」という意味のことが書かれていて、宇宙創造には言葉が深く関係しているようです。この「○○あれ! 」というのは「フィアット」という単語らしいのですが、ドイツの神秘家ヤコブ・ベーメは、「ことば」は「ひびき」だと言っています。言葉の大事な所は、音声と言いますか「ひびき」に言葉の生命があるということのようなのです。

 私達は、そのような言葉の響きがすっかり失われた「ことば」を使っています。この世のことに意識が埋没してしまっている人には、きっと「ことば」の回復は起こらないでしょう。ひょっとすると、それが、人類が地球の多くの生物と共に生きること、即ち「共生」を困難にしているのかも知れません。


 汚いからという理由で、野良猫に餌をやることを禁止する条例が施行される市町村が次々に現れています。こうした発想をしている限り、人類は滅亡へと、ひた走ることに気がつかなければいけません。


 ここに書かれていることは、この「ひびき」が蛇に通じるというお話です。またサソリや蛇の毒に免疫が出来ている人がいるというのも興味深いお話です。

 地球再生の鍵の一つの中に、「ことば」の「ひびき」を回復するということがあるのではないかと思います。さあ、どなたがこの発見や指導をなさって下さるのでしょうか? 人類は今、原初の世界を回復させるべきターニング・ポイントを迎えているのではないでしょうか?

 この本には、アストラル・トリップのお話も出て来ます。信頼が出来る方のお話ですから、この本を一度読んで御覧になって下さい。その中から「ひびき」を回復するノウハウを発見される方が出て来るかも知れません。


 なお、地下鉄車両内の広告の件ですが、知人が知らせてきたことは、翌日には元に戻っているということでした。それが車両ごとに異なっていたことなのか、広告切り替えの一時的な現象だったのか、或いは、このブログが何らかの影響を与えたのかは判りません。これは何らかの意味のサブリミナルな時間スポットの現象だったのでしょうか? 皆さんも、こうしたことを気をつけるようになさって下さい。きっと未来についての何らかのヒントを得ることが出来ると思います。



ある都市の地下鉄の車両広告が、実質ゼロになっている驚き。“ありそうなこと”としての預金封鎖。米国の預金封鎖は瞬時にして世界の銀行に波及する。


 それにしても変である。一地方都市の現象とは言え、経営者は個々別々に判断している筈だから、地下鉄の車両内広告に、幾つかは観光地の案内やホテルのパーティ案内が出ていて良さそうなものである。ひょっとすると、そんな僅かな広告じゃかえってみっともないと思って全部JRの広告にしたのだろうか?


 駅構内のパネル入りの広告などは年間契約だから、そのままの状態が続いている。車内広告は短期の契約だから、その都度の経営者の判断が反映される。 この事態は、極めて多くの経営者が同じ判断をしたということだから、これはひょっとすると銀行の「貸しはがし」が進行しているからかも知れない。それは多分3月決算のために固唾(かたず)を呑んで身構えているということである可能性が高い。


 別の見方をすると、この事態は広告料金の大幅な価格引下げを要求しているとも見ることが出来るので、実際にその通りになるだろう。つまりバブル崩壊以後、一人勝ちで推移してきたテレビ会社などが、ここに来て初めてバブル崩壊に直面するということなのだ。

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 これはテレビタレントの報酬額を直撃するし、タレントの大幅削減を意味することなのだ。そして、このことは更に、若い世代のコンビニ等での雇用の削減に至ることになり、いつでも勤め口があったニート世代や若い女の子のアルバイト先がなくなって来ることを意味している。苦労知らずの若い世代が、ここに来て大きな難儀に直面することになるのであろうか? それは恐らく社会不安を増大させ、盗みや強盗、殺人が多発する可能性を含んでいる。こんな事態は予測したくないのだが、あり得ない話ではない。


 現在起こっている事態から見ても、国民経済には大量の資金供給が必要であることが判る。麻生君がバラ撒きと批判されている一人当たり12000~20000円の”定額給付金”だが、これくらいの額では、とてもこのような事態の対策にはならない。マクロに見れば“瞬間蒸発”の金額だからだ。   

 この10倍の20万円であっても、二ヶ月の生活費で消えてしまうから、雇用が打ち切られれば、今度は個人の経済的な窒息死が始まる。


 こんな場合は、財政から支出するのではなく、日銀がお札を刷って、これを配る方がいいのだ。現在は輸出企業が窒息死するような円高に立ち至っているのだから、日銀のお札刷りは按配のいい円安を引き出すことが出来る。

 しかし、このことは決して日銀単独で決定出来ることではない。米通貨当局のFRBの了解がない限り、これは出来ないことなのだ。


 私が見るところ、米国のCDS問題…債務破綻時の支払準備金が義務付けられてなかった保険商品・実質的なカラ保険残高5,000兆円…の行き着く所は、米国銀行の預金封鎖と、その後の大インフレ、新ドルへの切り替えである。


 一部にアメロという通貨への切り替えのことが言われているが、通貨切替の意味を全く理解していないまま語られている論調があったりして驚かされる。

 アメリカ、カナダ、メキシコは金太郎飴よろしく全く同じ経済・金融構造をしているのだから、どんな通貨バスケットを組んだとしても、それは通貨単位の変更=デノミに過ぎないのである。デノミは大きな金融危機を救うのに何の役にも立たない。国家や金融世界全体の債務超過構造…クレジット・クランチ…を救う道は、ただ一つインフレしかないのだ。それも危機の大きさが膨大なものであれば、それだけインフレ率は高くなり、物価1万倍のハイパー・インフレだって予想されることである。


 従って米ドルの通貨切替は近々起こることではない。財政や金融がパンクしている時の唯一の救済手段であるインフレは、預金封鎖があって初めて意義を持つものである。この預金封鎖は最低でも3年は必要ではないか。

 その間に物価を100~10,000倍に引き上げておけば、大衆の預金は実質100分の1や10,000分の1にすることが出来、国家の借金はその逆となる按配だ。但し、個人の住宅ローンなどの場合、契約書を物価スライド制に書き直される契約に変更されるから、こちらの方がインフレの恩恵を受けることはないのである。


 因みに預金封鎖というのは、実際にはどのようなことかを指摘しておこう。

 日々の生活にはお金が必要なので、一人当たり月5~10万円は預金を引き出して良い等という条件がつけられて預金封鎖は実施される。一般大衆の貯蓄について言えば、3年間これが続いても残高が減るだけで大した被害を受けることにはあるまい。しかし、10億円の預金を持っている人は、どうなるか。

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 仮に家族が4人いるとして、月10万降ろしてよいとすると、3年間の全額は10万円×4人×12カ月×3年=1,440万円であるから、残りの98560万円は銀行の蔵の中に眠っているわけで、これが1万倍のインフレに見舞われると、現在の価格で言えば98560万は98560になってしまうということなのだ。インフレが1,000倍なら985600円、100倍なら9856000円ということだ。  

 じゃあ10倍ならと問う人がいるかも知れないが、こういう局面での10倍ということは凡そ考えられないことだ。そういうミミッチイことが画策されることは先ずない。


 問題は100倍の場合だが、10億円の資産家のこの時の実質残高分985万は、切り詰めて生活しても家族4人の場合、3年以内にこの金額はなくなってしまうだろう。つまり10億円の資産家でも、このような展開の場合、6年後には完全に無一文になってしまうのだ。

 この事態が1929~1932年の米国の大恐慌の時に起こった…この時は大デフレだったが銀行が倒産したから預金が全て消えてしまった…。大資産家が街頭で木製の箱の台の上にリンゴを乗せて売っていた写真を思い起こさせる。モーニング姿でシルクハットの山高帽の気品のある紳士が、街頭でバナナ売りよろしくリンゴ売りの立ちんぼをやったのだ。


 ここでは事態をリアルに想定して頂くために多少誇張したようなお話をしたが、直近の30年くらいの間に起こったロシアやアルゼンチンなどではインフレ率が1000倍以上であったことを考えると、決して誇張とは言えない数字である。そして3年としたことは2年であっても1年であっても構わないことだ。


 そんなわけで、ここで私が説明したいことは、バラ撒きが一人20万円であっても尚足りないということなので、この数字を記憶に留めておいて欲しい。

さて、現実に政府はどうするだろうか? 日銀は?

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 皆さんには、どうか良く判って頂きたい。大金融危機の後には、こうしたインフレ局面が必ず来るということを。それが国際的な金融危機の必然的な帰結だからだ。

 そんな事態が予想される時に、消費税を○○年に○○%にする等という議論は全く意味がない。これは騙しの論議以外の何ものでもない。


 アングラ筋の情報によると、トヨタ自動車の倒産が画策されていると言う。だが、これで日本の自動車輸出が終わると考えてはいけない。これは言うまでもなく株価をゼロにした後の乗っ取りが画策されているということなのだ。しかし、この経済恐慌後の自動車生産は、全てがクリーン・エネルギーの自動車に切り替わり、鉄のスクラップの完全なリサイクル体制が整ったとしても、生産台数は現在の10分の1ほどになるだろう。これがデリバティブというカラの経済が終わった後の帰結だからだ。それは雇用もまた10分の1になることを想定させている。しかし、このことを論ずれば、これまた、とても長い話になるので、本稿はここまでの記述に止めておきたい。


 年明け120日の米新大統領の一般教書演説は、どんな内容になるのだろうか? パウエル元国務長官の21日、22日についての警告(既報)は何を意味しているのか?

 それはニクソン・ショック以上のものとなるかも知れないが、必ずしもこの日でなければならない理由もないように思うので、数ヶ月先のことかも知れない。

 願わくは、地下鉄や街路の灯りが消えることのなきことを。ライフ・ラインは必ず守って下さいね、日本の新政府殿!


つづく。

ある都市の地下鉄の車両広告が、実質ゼロになっている驚き


 昨日、ある地方都市に行く機会があって驚かされたことがある。地下鉄の車両の広告が全てJRの広告になっていたのだ。車内中いたるところに同じデザインの一枚のJRの広告が所狭しとベタベタと貼ってあるだけである。

 この地下鉄は市とJRの共同出資で作られている会社だから、広告は実質ゼロと言って良い。皆さんのところの地下鉄や公共交通機関の広告は、どうだろうか?


 広告の減少は半年くらい前から現れていた。座席の上の壁の広告が殆ど見られなくなっていたのだ。それでも天井から吊り下げられた広告は大体埋まっていた。

 例年なら年末年始の今頃は、行楽地の様々な案内で溢れていて、正月気分を感じさせていたものだ。しかし、そういう広告が一枚もないのである。


 広告宣伝が売り上げに影響を与える効果というものが、どれくらいのものなのか私には良く判らないのだが、企業が広告をしなくなったら一体どうなるかということは凡そ見当はつく。

 無論ここでは、最も宣伝効果があるのはどこかという選択の問題があることは理解出来る。経営者が地下鉄の広告は効果が少ないと判断したためであろうか? それにしても異常事態である。こんなことは今まで見たこともない出来事だからだ。


 雇用問題としては、現在、派遣社員や季節社員の首切りが起こっていることは報道されている通りだ。正規社員の首切りは、あまり聞かないから大部分のサラリーマンには、お金が回っているのであろう。

 しかし、広告のこのような前代未聞の削減は、経営者レベルで見ると、大変な金詰まりが起こっていることを表わしていて、経営者の意識とサラリーマンの意識との間に大変な開きが起こっていることがわかる。


 経済不安を煽ることは、やがて自分の身に跳ね返って来ることだから、出来るだけそんなことはやりたくない。しかし、地下鉄車両から、実質的に広告が無くなったということが前代見聞の異常事態であることは間違いない。

こういう状況は、グラフで観察するのが最も分り易い。

 御存知の通りガソリンの価格は8月頃はリッター180円台だったと思うが、現在は100円前後となっている。たった4カ月の出来事である。この推移をニューヨークの原油先物価格で見てみると下図の通りである。このグラフはケンミレさんのサイトから頂いたものである。

http://www.miller.co.jp/member/chart/


tomasocのブログ-WTI原油価格月足2004年以降

 これは2003年末から直近の1224日までの月足チャートである。このような大暴騰・大暴落のチャートは、これまでは小型の仕手株が、仕手の資金繰りの行き詰まりによって崩壊した時にのみ起こる現象であった


 しかし、これは世界の石油を供給している巨大マネーの価格推移である。しかも短期的なものではなく5年間の推移なのだ。

 無論これは石油市場単独の問題ではない。前回に述べた米国の5000兆円のCDS残高が深く関係しているのだ。

 原油価格のこのような推移は、原油供給国の経済に甚大な影響を及ぼしている。私が最も大きな影響を受けていると思うのはロシアやベネズエラ等の反米諸国だろうと思う。


 クリスマス明けの昨日、イスラエルは唐突にハマスの拠点に空爆をかけていて、155人が死亡したことが伝えられている。警察官の大量の死者が出ているということだ。

 私の観測は、ネオコンが徐々に退場をして行くというシナリオを想定していたので、ここでのイスラエルの戦闘状態入りは何だろうと考えていたのだが、これは石油価格のテコ入れのためであろうことが了解出来た。

 しかし、中東の戦火が、このまま急激に拡大するとも思えない。つまり、ここで中東の大戦争が始まるようにも思えないのだ。すると原油価格の低落を押し留めようとする流れなのではないかということになる。尤も、イスラエルの空軍将校は「この戦闘は始まりに過ぎない」と言っているが。


 原油価格のチャートも世界の株価のチャートも、仕手筋の崩壊、資金繰りの行き詰まり、言い換えると仕手筋の窒息死を意味しているのだ。

 その窒息死が日本企業に起こっていることを象徴しているのが地下鉄車両の広告が実質ゼロになっているということなのだ。これはいずれテレビや新聞、雑誌などに波及して来る。


明日に続く。