第一章:音の封印

ユウが展示会で奏でた「雨の旋律」は、その後、ひっそりとネット上で話題になっていた。音を聴いた人の中には「亡くなった祖母の声を思い出した」「昔の夢を見た」と感想を語る者まで現れた。

不思議だったのは、その音を聴いた人の多くが、翌日に“強い雨”に遭遇しているという点だった。

雨が音に反応している——そんな非科学的な因果関係に、ユウの胸はざわついた。

そんなある夜、ユウの元に差出人不明の古い手紙が届く。

「音の記憶を開いた者へ。
あなたは“封じられた音”に触れてしまいました。
このままでは、雨は止みません。
― 旧・芦屋町 音守神社 管理者より」

手紙の消印は、例の“雨の町”だった。

かつてナギサが暮らしていた町。

そして、ユウがまだ知らない、**“音を封じる神社”**の存在が語られていた。


第二章:音守神社

ユウは再び町へ向かう。今度は、“音守神社”という場所を訪ねて。

町の北の山奥、ほとんど地図にも載っていないその神社は、苔むした鳥居に囲まれた、小さな祠だった。誰もいないはずの境内に、白装束の老人が立っていた。

「北原ユウさんじゃな?」

「……ええ。手紙をもらいました。ナギサのことと、音のことを、知ってるんですか」

老人は頷くと、奥の社へと導いた。
その場所には、古びた“石の鍵盤”が祀られていた。

「この町は、百年以上前から“音”を神に捧げる風習があった。だが、ある年に一人の少女が、この鍵盤に“想い”を託しすぎてしまった」

「少女……ナギサですか?」

「そうじゃ。ナギサは事故で命を落としたが、最後に弾いた曲がこの地に“残った”。ただの記憶ではない。想いそのものが“音霊”となって封じられ、雨に変わって流れ続けておる」

「じゃあ、あの旋律は……」

「町を縛り、時を止めておった呪いにも近い。お主が“演奏”したことで、それが再び目覚めてしまったのじゃ」

ユウは黙って、石の鍵盤に手を置いた。冷たく、そして懐かしい感触。

その瞬間、耳元でナギサの声が聞こえた。

——「ユウくん、お願い。最後まで……弾いて」


第三章:最後の旋律

ユウは覚悟を決め、音守神社の鍵盤の前に座る。

外は豪雨。雷鳴が響き、まるで町全体が目覚めようとしているかのようだった。

鍵盤を叩くたび、空が震え、風が泣く。

ナギサの旋律をなぞりながら、ユウは一つだけ異なるフレーズを加えた。

——“自分自身の旋律”。

ナギサの想いに寄り添うのではなく、彼女に「行っていい」と告げるような、解放の音。

最後の和音を叩いた瞬間、空が裂けるように晴れた。

初めて見る、あの町の青空。

ナギサの声が、穏やかに響く。

——「ありがとう。私、ようやく……“音”になれる」

その瞬間、祠の鍵盤が音もなく崩れ、粉雪のように空へ舞い上がった。

雨は、完全に止んだ。


最終章:音は旅をする

それからというもの、ユウは「音の旅人」と呼ばれるようになった。

各地のピアノに眠る旋律を拾い、奏で、人々の記憶を紐解く活動を続けている。

誰かが大切にした“音”には、いつも物語があると知ったからだ。

ユウは時折、空を見上げる。雨が降るたびに、あの旋律を思い出す。

そしてそっと呟く。

「ナギサ。君の音は、今も生きてるよ」

青空の中に、かすかにピアノの音が溶けていった。

——ポロン。