陸の振付を氷上に落とし込む、羽生結弦の新境地『あの時もらった希望を返したい』″notte stellata2024”

『あの日を境に、辛い思いをされた方、辛い経験の中から生き抜いている方、そして、あの日から生まれて今日まで生き抜いている方、本当に様々な方がいらっしゃると思います。どんな方にとっても、もちろん3.11に直接被害に遭われなかったとしても応援し続けてくれる人達にも希望や祈りが届くように、僕たちはこのショーを通して滑っていけたらいいのかなということを考えています』

 

  座長・羽生結弦が、東日本大震災が起こった3月に、地元・宮城(セキスイハイムスーパーアリーナ)で行うアイスショー『notte stellata』。震災から13年目となる今年、昨年に続いて2度目の開催となった。『notte stellata2024』は、″希望”というテーマを強く印象づける内容だった

 

  今公演の目玉ともいえる俳優・大地真央とのコラボレーションナンバーで、羽生は『Carmina Burana』の主題歌『おお、運命の女神よ』を演じた。表情の羽生とステージ上の大地、どちらに目を向ければいいか迷うほど豪華な演目が終わると、会場を埋めた約6100人の観客はいっせいに立ち上がり、声援と拍手を送った

 

『僕はいっぱいいっぱいでやっていますし、大地さんとも何回も何回もリハーサルを重ねて。大地さんも本当に細部までこだわって下さって出来上がった演目なので、自信を持って、胸を張って、皆さんにお見せできるコラボレーションになったなと思っています』

 

  そう振り返った羽生は、この演目で、陸の振付を氷上で踊る挑戦をしている。前半部分は、アマチュア時代に数々のプログラムを羽生と共に創り上げ、今回のショーにも参加しているシェイリーン・ボーン・トゥロックが振付を担当。一方、大地登場後半部分は、舞台の振付師が担当した

 

  羽生が意識したのは、フィギュアスケートの振付を演じる前半と、陸上での振付を滑る後半との間にギャップが生じないようにすることだった。羽生は、陸上の振付を氷上でそのまま演じると『いわゆる前後の動き、″奥行き”がなくなってきたり、また動き自体が小さくなったりしがちだった』と明かした

 

『陸上の振付だからこそ、逆にフィギュアスケートに落とした時に、もっとこういうふうに表現すれば陸上っぽくもなれるし、逆にフィギュアの良さも出る、ということをいろいろ頭の中で計算しながら創っていったつもりです』

 

  プロスケーターとして様々な分野のエキスパートと共同作業を行い、フィギュアスケートの枠を超えた創造を続ける羽生が、またも新境地を開拓したコラボレーションナンバーだった

 

新プログラムのコンセプトは″希望”

  『Carmina Burana』の冒頭、羽生は『まだ世界をちゃんと知らない、すごく無垢な少年』として登場する

 

『冒険をしていたり、草花に触れてみたり、そんな無垢な少年。その少年が成長していくことによって、運命の女神が現れて、運命にとらわれていく。自分が自由に無垢に動くだけじゃなくて、運命の歯車に左右されていく。自由には動けなくなっていく。最終的にはその運命もすべて受け入れて、自分が運命そのものと対峙しながら、でも自分の意志で進んでいくんだ、というストーリーがあります』

 

  羽生は、『Carmina Burana』で対峙する運命に、東日本大震災や能登半島地震といった天災を重ねて演じたという

 

『人間の力ではどうしようもない災害、そういう苦しみを感じたとしても、そこに抗いながらも受け入れて進んでいくんだという強いメッセージを込めたいな、と思いながら滑ってはいます』

 

  そして第2部の最後、羽生は新たなソロナンバー『Danny Boy』(デイビット・ウィルソン振付)を披露した。美しいピアノ曲に乗せ、流麗なスケーティングで魅了するプログラムだ

 

  『Danny Boy』について、羽生は『コンセプトは、″希望”です』と説明した。ステージから見て左側が過去、中央が現在、右側が未来、とリンクを区切る意識で演じ分けているという。白い衣装に身を包んだ羽生が、過去の喜びや未来の希望に向かって手を伸ばし、祈りをささげる。真骨頂といえる美しいプログラムを滑り切った羽生に対し、再びスタンディングオベーションが起こった

 

  囲み取材の最後に、『今回の「notte stellata2024」には、昨年行われた第一回目と比較して優しさや希望を感じるが、そこは意識して演じているのか』という趣旨の質問があった。羽生は、『それを感じていただけたのは、正直嬉しいです』と喜びをにじませた

 

『前回初めて3.11という日に皆さんの前で演技をさせていただく経験をして、正直僕自身も辛い気持ちのままでした。やっぱり映像を見たり、記憶を思い返したりすると、辛くなってしまうことはある。それにとらわれながら滑っていたのが前回で、その中で皆さんから希望や勇気、元気など、いろんなものをいただけたショーでした

 

  そういう意味で「今回は僕があの時もらったものをもっともっと返したいな、もっと希望を届けたいな」と思って。新しいプログラム「Danny Boy」もそうですし、「Carmina Burana」に関しても確かに強さがある曲調ではあるのですが、でもその中で立ち向かう、みたいなものを感じていただけたらな、と思って滑っているので。そういった意味では去年と本当に心意気が全く違った。コンセプト自体が全く変わったショーになったのかな』

 

  出演者全員が氷上で観客との別れを惜しむフィナーレで流れたのは、MISIAが歌う『希望のうた』。羽生をはじめとする出演者と観客がお互いに希望を届け合うアイスショーとして、『notte stellata』は進化し続ける