元パートナーがライバルに…本人の胸中は?新星・田中梓沙&西山真瑚が″アイスダンスを決意した日”『すごく心強い競技だなと思います』

『かなだい』から次の世代へ――。日本でアイスダンスの注目度を急激に高めた功労者の引退は、新星たちによる新たなフェーズの幕開けを意味していた。ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪へ、フィギュアスケートの未来を担う2組を中心に、その現状と展望をレポートする

<Numberドキュメント全2回/前編から続く>

 

『パートナーサーチ』のサイトで結成

  西山真瑚がシングル選手だった18歳の田中梓沙と組むことになったのは、彼女が4月にアイスダンスパートナーサーチのウェブサイトに登録したことがきっかけだったという。ジュニア時代から彼女と知り合いだった西山はすぐに連絡して話し合い、5月に結成を発表した

 

  田中はなぜアイスダンスに興味を持ったのか

 

  京都出身の彼女は、シングル時代にキャシー・リードコーチのスケーティングを学ぶグループに参加する機会もあった。『その時にリンクでアイスダンサーが踊っている姿がとても楽しそうで、自分もやってみたいと思いました』

 

  そのアイスダンサーとは他でもない、12月のゴールデンスピンで競った森田真沙也と、元パートナーの來田奈央のカップルのことだったという

 

アイスダンスに専念する決意をした理由

  21歳の西山は、かつてシングルとアイスダンスの2種目をかけもちで競技に出場していた。だが北京オリンピックのアイスダンサーたちを見て、アイスダンスに専念する決意をしたのだという

 

『シニアのトップで活躍したいという自分の目標を達成するために、アイスダンスに専念しないとこのレベルに到達できないよなと、思って。そしてもっと上手になれる場所はどこだと思ったとき、モントリオールに行く決心をしました』

 

  二人は今、世界のトップアイスダンサーのほとんどが所属しているといっても過言ではない、アイス・アカデミー・オブ・モントリオールでロマン・アグノエルに指導を受けている

 

『世界のトップのダンサーたちと練習できるというのは新しい刺激で、毎日他(のダンサーたちを見て)こういうふうに滑りたいなと思いながら練習しています』

 

リズムダンスは『スーパーマリオブラザーズ』

  リズムダンスの『スーパーマリオブラザーズ』は、アグノエルコーチの子供のおもちゃを見てインスピレーションを得たという作品。ビデオゲームの音楽にのって、キュートで表現豊かに滑り切り、61.86のスコアで10位スタートに。二人ともシングル競技で培ったスピードと、足元のしっかりしたスケーティングが強みである

 

  フリーはバレエ音楽『ジゼル』の一幕の音楽を使用したプログラムで、やはりアグノエルが振付を担当した。スタートは好調だったが、後半で少しバランスを崩しかけるなどの細かいミスが出て、それでも1つ順位を上げて9位という結果になった。西山が演技をこう振り返った

 

『率直な気持ちはめちゃくちゃ悔しい。できるはずのこともできなくて、がっかりしているところがあります。でもその分、改善できるところもたくさんあるので、期間は短いけどモントリオールに戻って復習して、全日本で頑張りたいです』

 

『アイスダンスはすごく心強い競技だな』

  実は西山のスケート靴が入ったスーツケースがエアラインによって紛失され、リズムダンスの前夜にようやく届くというアクシデントがあった。靴が届くまで、地元のシンクロナイズドスケーティングチームのメンバーに靴を借りて公式練習をしていた影響もあったのか。そう聞くと即座に『いえ、本番は自分の靴で滑れたので、自分の実力不足です』ときっぱり否定した

 

『準備はしっかりしていたけれど、本番で出すべきものが出せなかったということだと思います』

 

  それでもお互いの相性の良さの手ごたえは、しっかり感じている

 

『二人のタイミング、感覚とか慣れないといけないのは難しいところですが、そんなにめっちゃ難しいとか思ってなくて、練習していたら自然に揃ってきた』と西山。一方、アイスダンス初挑戦の田中は『シングルだと緊張しても一人。でもアイスダンスは一緒に練習してきたパートナーがいる。すごく心強い競技だなと思います』と楽しさを強調した

 

『西洋人でなくても、アジア人でも…』

  憧れのダンサーはいるのだろうか。そう聞くと、西山はこう答えた

 

『ローモデルはシブタニ組(マイア・シブタニ&アレックス・シブタニ)。西洋人ではなくても、アジア人でも世界、オリンピックの表彰台に乗っているのを見て、元気づけられ勇気をもらえた』

 

  歴史的にエリートの白人のスポーツと言われてきたフィギュアスケートだったが、シングルでは1980年代後半から、伊藤みどりをはじめとするアジア系の選手が五輪のメダル争いに加わった。だがアイスダンスでは、2018年平昌オリンピックで銅メダルを獲得した日系アメリカ人、シブタニ&シブタニが初めてのアジア系メダリストだ。真剣に世界のトップを目指す西山にとって、インスピレーションをもらえる存在なのだという

 

アイスダンスは″チームジャパン”にとって重要なカギ

  彼らにとっても、もちろん2026年のミラノ・コルティナダンペッツォ五輪は大きな一つの指標となっている。3年後にどの組が代表になっても、それは個人戦だけでなく、2022年の北京五輪で初めて団体戦の銅メダルを手にしたチームジャパンとしての大事な役割が課せられる

 

  男女シングルでは現在の日本には強豪が揃っている。ペアはケガから回復中の世界チャンピオン三浦璃来&木原龍一に期待がかかるが、もちろんいつまでも彼ら頼みではなく若手育成につなげていくことは重要

 

  吉田唄菜&森田も、田中&西山も、数年後には国際大会でメダルを狙えるアイスダンサーに成長する資質は十分にある。その意味でも、アイスダンスはもっと注目に値する種目なのだ

 

元パートナーがライバルに『いやーもうすごい手ごわい』

  吉田と西山は『うたしん』の愛称で注目を集めた元パートナー同士である。かつてのパートナーがライバルになったというのは、どんな感覚なのだろう

 

『いやーもう、すごい手ごわいチームが相手だと思って……(苦笑)。でもぼくたちも負けないように頑張って、彼らについて行きたいなと思っています。いずれ勝てるようになりたいなと思っています』

 

  そう言う西山は、自分たちのフリー演技終了後、リンク際から吉田&森田組に大きな声援を送っていた

 

  一方吉田は、『ライバルがいるってすごくありがたいこと。一緒にこれからも戦っていけることが楽しい』と感謝の言葉を口にした

 

  どの種目でも、成長するためには実力の競ったライバルの存在が欠かせない。その意味では小松原美里&ティム・コレト組にとっても、この若手2組の存在は大きなモチベーションになっているだろう。全日本選手権は面白い戦いになりそうだ

 

  日本のアイスダンス界の新星たちの、これからの成長に期待したい