『びっくり、びっくり』 世界選手権SP1位・坂本花織はなぜあれほど大喜びだった? “3アクセルなしで80点超え”を生んだ表現力

 得点を確認したあと、表情は大きく変わった。表情のみならず、手の振りに、身体の動きに、驚きと高揚感があふれていた

 

 『まさか、乗ると思ってなくて、すごくびっくりして。驚き、喜び、驚き、喜び、と交代交代で脳内を駆け巡っていた感じです』

 

 その場面を、当の本人は、やはり高揚を隠せないように振り返る

 

世界選手権SPで自身初の“80点超え”

 3月23日、フランス・モンペリエで開幕したフィギュアスケートの世界選手権女子ショートプログラム

 

 北京五輪で銅メダルを獲得した坂本花織は自己ベストを更新し、自身初の80点超えとなる80.32点をマークし、堂々、トップに立った

 

 得点に表れたように、演技そのものも申し分なかった

 

 3つのジャンプはすべてきれいに成功させた

 

 『フリップと、ちょっと仲が悪い感じです』

 

 試合前日にこのように表現し、懸念を抱えていた後半のトリプルフリップ-トリプルトウループもしっかり決めると、拍手が起こった

 

 ジャンプもさることながら、スピード豊かな滑りとともにリンク全体を広く使う演技だった

 

 

『びっくり、もうびっくり、びっくり』

 坂本自身は、1位になったことよりも何よりも、80点を超えたことに大きな意味を感じているようだった

 

 『うれしすぎと、びっくりしすぎです。「7じゃないな」と思って、「おや?」みたいな。「80」って思って、びっくり、もうびっくり。なんか未知の世界です。「トリプルアクセル跳んでやっと80出るだろう」ってずっと思っていて、今まで「アクセルなしで80出るのはロシアの子たちだ」と思っていたので、「未知の世界へようこそ」みたいな(笑)』

 

“3アクセルなしで80点超え”の価値

 得点を見たあと、隣の中野園子コーチとの会話も、『びっくりしすぎてあまり覚えていないけど、「よかったね」 「フリーに向けて頑張ろうね」と言われたと思います』とはっきり記憶していない

 

 80点超えは90.45点で歴代1位のカミラ・ワリエワ(ロシア)を筆頭に、これまで6名いた。3位の紀平梨花をのぞけばすべてロシアの選手であり、そこには平昌五輪金メダルのアリーナ・ザギトワ、北京五輪金メダルのアンナ・シェルバコワらそうそうたる名前が並ぶ。その80点超えのリストに名を連ねることになったのだ。坂本の驚きと喜びが十分伝わってくるし、その意味も実感される

 

 坂本の言葉にもあるように、ショートプログラムで高得点を挙げる原動力となってきたのはトリプルアクセルだ。トリプルアクセルなしで80点を超えたのは、2人のロシアの金メダリストしかいない。だから坂本は『難しいこと』と捉えてきた

 

 坂本は北京五輪でも会心の演技を披露し、自己ベストを更新している。一方で大きな目標と見定めてきた大舞台での消耗も決して小さくはなかった。あれから1カ月あまり。それを上回る演技を見せることで再び自己ベストを更新して、坂本自身が1つの壁として考えていたレベルに自らを引き上げたのだ

 

飛行機乗り継ぎ、バスでの長距離移動…身体的負担もあった

 しかも今大会は、ロシアのウクライナに対する侵攻の影響を受け、航空便はロシア上空を迂回する変更をよぎなくされている。坂本もオーストリアでの給油を経てドイツに到着。そこから便を乗り継ぎ、さらにバスの長距離移動を経て現地に到着した

 

 オリンピックから、大会前の移動など、負担のあった過程を考えても、ここであれだけの演技ができたこと、その結果として自己ベストとなる得点を得た意義は大きい

 

『高難度のジャンプを入れない』というリスクに打ち勝った

 その原動力となったのは、やはり坂本の積み重ねてきた時間にほかならない

 

 4回転ジャンプもトリプルアクセルも組み入れないと自ら決意して今シーズンに臨んだ

 

 高難度のジャンプを入れない分、リスクを背負うことにもなった。ミスが許されないということだ。その上で、1つ1つの要素に磨きをかけて、GOE(出来栄え点)で大きな加点を得られるようにする必要があった。自らにプレッシャーをかけつつ、打ち勝った成果が、北京五輪でのショートプログラム、フリー、双方ミスなく滑り、しかも高い評価得ての銅メダルであった。培った地力があってこそ、成し遂げられた80点台である

 

坂本のスケーティング、表現力が実った瞬間だった

 そしてミスしないことはむろんのこと、ジャンプをはじめとするすべての要素(、)すべての細かなところまで磨き上げたこと、スケーティングをはじめとする持ち味を最大限にいかしたこと、何年もかけて表現の向上にも取り組んできたこと、その成就でもある

 

 ショートプログラムでトップに立った坂本は、25日深夜にフリーを迎える

 

 『いつも世界選手権は不完全燃焼に終わっています。だからパーフェクトにやろうと思って大会に来ました。フリーは後半に体力的にきついなと最近感じているので、なんとか後半乗り切れるように、しっかりできるように頑張りたいです』

 

 まずは自分の演技を。そう誓う