会社を辞めた初日に「何かを変えよう」と決意し、毎日ブログを書き続けて800日以上が経った。最近ふと、「なぜ自分はブログを書き続けているのだろう?」と考えるようになった。

 

毎日続けることで、書かない日があると逆に違和感を感じるほど習慣化されている。だけど、人間に与えられた時間は有限で、どんなにAIを使ったり効率化を図ったりしても、できることには限界がある。果たして今のペースでブログを書き続けることが正しいのか、自問するようになった。

 

一方で、誰にも見せない自分のための日記は大学生の頃から約17年間も続けている。最初はガラケーで自分宛てに送ったメールをテキストで保存することから始まり、今ではDropboxに書き込んだり、AIに語りかけたりしながら記録している。

 

日記には自分がいつ何を感じたか、誰に何をされて嬉しかったか、嫌だったかといったことが全て記されている。過去の自分を振り返ることができる貴重な記録であり、ときに見たくない時期もあるが、それもまた人生の記録として重要な意味を持っている。

 

こうして考えると、ブログを書くことの意味を改めて問い直してしまう。自分自身の人生の記録をライフワークとして大切にしたいと思いつつ、ブログを書く意義やそのバランスについて、これからも考えていきたいと思う。

 

今日はここまで。またゆっくり考えてみたい。

 

参政党について、最近SNSやマスメディアで非常に話題になっている。今まで自民党より右寄りの勢力がここまで注目されることは少なかったので、これは大きな流れを感じさせる出来事だと思う。

 

個人的には、参政党の考え方には基本的に賛同する点が多い。特に国防の強化、日本人の教育改革、外国資本による土地取得や企業買収への規制などは、まさに今の日本にとって必要不可欠な政策だと考えている。

 

さらにLGBT問題への対応についても、参政党の方針には同感だ。過度な配慮や強要により、逆に普通に生きる人が生きづらさを感じるような社会になってしまうことは避けるべきだと感じる。

 

一方で、ワクチンに関する主張にはやや違和感がある。私自身もワクチンは2〜3回しか接種しておらず、副反応の強さや必要性について疑問を感じている部分はある。

ただ、ワクチンの危険性ばかりが強調される一方で、

もっと身近で深刻な問題(例えば交通マナーや高齢者の事故、脳梗塞やアルツハイマー病など)があることを忘れてはならないと思う。

この点に関してはもう少し冷静な議論と検証が必要だ。

 

また、「スマホの悪影響から子供を守る」という主張にも全面的には賛同できない。

スマホは子供の知的な発達を促している側面もあり、一概に悪影響とは言えないと思っている。

 

話は変わって、私が特に問題視しているのは、参政党に限らず、政党に対して全面的に支持か全面的に反対かの二極化した考え方だ。

SNSやマスメディアの報道の仕方も原因の一つだと思うが、物事を1か0でしか捉えられない傾向には強い危機感を覚える。

どんな政党であっても良い部分と悪い部分があり、それを冷静に議論することが重要だと思う。


参政党に関してはオーガニック志向の主婦層が健康をきっかけに保守に目覚めたことや、

街で買い物や遊びに行く、外国人と仕事をする上で、

彼らのマナーや悪事を実際に見て聞いた実体験から社会的に相容れないと思った人達の支持が集まったと思うし、そう想像する人も多い。

そこに石破政権が国民の期待と真逆にいくような姿勢を見せているのも追い風になっている。

保守の流れが来ている事は素直に嬉しいが、もう少し上の目線から俯瞰して世の中を見れる人が増えるとよいと思う。

 

最後に、マスメディアが参政党に示す強いアレルギー反応は、自らの既得権益や立場を守りたいという本音が透けて見える。

日本人ファーストを外国人差別と言い換え、

選挙をヘイトスピーチに利用しているなどという偏向報道ははっきり言って違法である。


個人が情報を簡単に取得できる今の時代に、偏向報道を続ければ、いずれ自分たちが窮地に追い込まれるだろう。

 

私自身の立場としては、恩師が比例代表で出ているためそこには投票するが、

それ以外は基本的に国防と教育を重視する保守的な考え方に沿った選択をするつもりだ。

参政党に限らず、真っ当な政治勢力の発展に力を尽くしたいと思っている。

最近、日記らしい日記というものをあまり書いていなかったなと思いました。これまでのブログでは、自分の考え方や価値観などを書き綴ることが多く、日常の出来事をそのまま記すことが少なかったのです。

毎日ブログを続けている中で、やっぱりネタ切れというのもあるし、今は参議院選挙の時期で政治のことなどしっかり書きたいと思いつつも、なかなかまとまった時間が取れず、テーマとして重く感じる部分もあります。そんな中で、今日は近況報告でもしてみようかなと思っています。

気づけばもう1年も半分が過ぎ、私はいくつかの経営者団体に入り、日々人脈と仕事を築くことに必死で取り組んでいます。そんな中、最近始めたバンドlovetwinで、生ベースとドラムを取り入れた生バンド形式でのライブを2本成功させることができました。特に7月12日のライブは満員御礼で、本当に素晴らしい経験でした。

また、人生で初めてのダンスショーにも参加しました。ベリーダンサー、松竹歌劇団出身の方々とともに、私自身はギターで出演させていただいたのですが、自分のライブではなく、ショーの一部として演奏するというのは新鮮で、可能性を感じた出来事でもありました。

そして、大災害の噂があった7月5日には特に予定もなく穏やかに過ごせたのですが、その同日に、あのオジー・オズボーンの引退コンサートがバーミンガムで行われたというニュースを知り、なんとも言えない感情が込み上げてきました。ブラック・サバスを結成した地でもあるその場所で、オジーが座ったままステージに歌う姿を動画で見て、一つの時代が終わったのだと実感しました。

メタリカ、スレイヤー、ガンズ&ローゼズ、パンテラなど、伝説的なバンドが活動を続ける中、オジーの引退は大きな節目だったと思います。元オジー・バンドのジェイク・E・リーさんが銃撃から回復し、オジーの引退に花を添えるようにステージに立ったという話も感動的でした。

バーミンガムは、私にとっていつか訪れてみたい夢の地のひとつです。本当は7月5日に行けたら最高でしたが、今はその夢を目標として持っていられるだけでも幸せだと思っています。

そんな感じの、今日は少しゆるめの近況報告でした。



私の夢の一つは千葉ロッテがペナントを勝率一位で駆け上がり、

そして日本一になるのをこの目で見届ける事である。

 

しかしここ数年千葉ロッテを見ていて、勝率一位で駆け上がる事を

球団が無意識に拒んでいるようなそういう印象を持っている。

 

ここぞという時に勝てない、勝負所で育成を優先してしまう。

 

どうしてだろう?と考えた時に、この球団は1974!から勝率一位というのを経験しておらず

当然ながらOBも常勝の経験値等ない。

その事を考えれば、まさに「知らない事なんかできない」ということになるわけだ。

 

ノミの実験というものがあって、それはふたをつけたケースの中でノミを飼育すると

ふたを外してもふたがあったところまでしか飛ばなくなってしまう

これを心理学の用語ではコンフォートゾーンといい、

無意識に自分の限界や自分のできる範囲を決めてしまうのだ。

 

これを壊す仕事をコーチという。

無意識に作っている専門用語でスコトーマといわれる心理的な盲点を破壊し、

コンフォートゾーンを拡張する。

ロッテの例でいえば2位でOK、3位でOKといわれる球団自体が設定してしまっているものを壊す。

 

それができるのが常勝を知る人間だ。

常勝を知る人間は勝率一位や日本一が当たり前に設定されており、

例えばロッテのような組織に入ったら、強い違和感に苛まれると思う。

 

特に原監督は勝つためなら非情とも思える采配ができるし、

落合中日や岡田阪神がいた中で、あれだけの成績を残してきた監督だ。

それは巨人の戦力を持ってとしても誰もできる仕事ではなく、実際に堀内さん等はできなかった。

 

実際原さん自身にも面白い仕事である。もしロッテで勝率一位を達成したら、

それこそ戦力は関係ない、どこの球団でも勝てる歴史に残る名将になるはずだ、間違いない。

このような名誉は他にないと思う。

 

私がロッテのフロントであったなら、選手をある程度切ってでも原監督を監督に据える。

そして球団からOBの成り上がりコーチを切って、他球団の実績あるコーチを据える。

コーチの中にもソフトバンクの松田さん等常勝を知る人物を入れる。

選手にも中堅層、ベテラン層に優勝を知っている選手をとってくる。

 

球団はサブローさんや福浦さんを常勝の将に据えたいなら、原さんや常勝を知るコーチの元で修業をさせるべきだ。

 

編成は二軍からきちんと選手を送り出す事ができているので今のところはOK

球団運営は慢性の赤字経営を立て直した優秀な陣営だから問題ない。

 

現場を意識の面から戦う集団にするという事が重要と思う。

これが私の考える「その全ては勝つために。」「令和の常勝軍団になる。」である。

 

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稀に見る傑作を思いついたため急遽作ってみたところ、稀に見る傑作だった。

パスタを人からもらってしまったがどう食べようかと考えたところ

フライパンでパスタを茹で、その後家に余らせているラーメンスープをあえて

市販されてるチャーシューと、刻みニンニク


コツは麺を茹でる時に鰹出汁や醤油なども少し入れることだ


歳の離れた弟のために料理を練習してる。

最近、「自己愛性人格障害(Narcissistic Personality Disorder/NPD)」について深く調べてみた。

私自身が明らかにそうと思われる人々と関わり、彼らの傷を見たり、迷惑をかけられてきた事がきっかけだ。

簡単に言うと自己愛性人格障害とは、自分を過剰に特別視し、その特別さを他人に認められないと非常に不快になる心理状態のことだ。

 

この障害を抱える人は、自分が他人より優れていることを常に確認したがり、他者への共感が極端に乏しい。批判を受けると脆く崩れてしまうことも多い。

この障害にはいくつかのタイプがあることも分かった。

 

一つ目は「グランドイオス」と呼ばれるタイプで、まさに"俺様"のような態度で、支配的で自己中心的な振る舞いが特徴だ。

 

二つ目は「バルネラブル」という、表面上は控えめでも、内面では人の評価に敏感で傷つきやすいタイプ。表に出さないが、常に他者の目を気にしている。

 

そして三つ目が「ハイファンクショニング」と言われるタイプ。これは外から見ると成功者のようで完璧に見えるが、内心では絶えず虚しさを抱えているそうだ。

 

なぜこのような人格障害が起きるかというと、遺伝や環境要因(過剰な賞賛、過酷な批判)などが複雑に絡み合っているらしい。

治療は主にカウンセリングで行われるが、本人が変わりたいと思わなければ改善は難しいという。

これを知って、自分自身も過剰な承認欲求に囚われることなく、健康的な自己肯定感を持つ大切さを改めて感じた。

一昨年くらいから夏になると、熱中症にかかるという事が増えた。

病院にかかるということはないのだが、屋外に出ている時間が長い日や翌日、翌々日くらいまで

だるさや赤面、集中力の低下、胃腸の不良、頭痛、肩こり、腰のこり、ひどいと嘔吐等の症状が出る。

 

一昨年ハマスタにいった翌日、かなりひどい熱中症にかかり、俺も熱中症にかかることがあるんだなと思い、

熱中症のひどい症状というのを目の当たりにした。

去年は7月くらいから二日酔いがひどいなと感じてはいたんだけど、今思えば典型的な熱中症の症状であった。

別の体調不良とも重なったんだが、去年は夏の飲酒は6月か7月くらいからやめていて、

そのかわりジェラートやアイスを毎日のように食べていたためか何とか乗り切ることができた。

 

今年は思った以上に熱中症の症状が早く来た。

私自身今年は妻姉を歩いて病院に連れて行ったり、外回りの営業も多く、

もちろん飲みすぎた翌日などにそういう事があるとうだる辛さがあるのだが、

そうでなくても熱中症の症状に日々悩まされるという事が増えてきた。

数日間酒も飲まず、飯も食べても、熱中症でぐったりと動けなくなるという事があるのだから。

 

水も大量に飲むほうだし、タイに住んでいた経験から熱中症なんて無縁と思っていたが、

ちょっと今の日本の気候は合わないようだ。

私がタイに住んでいた頃と同じくらいの気温に加え湿度が80%近くまで上がっており、

熱帯出身者でも60%以上が日本の夏は不快だと感じるようだ。

前職の頃、出勤の際だけきついと感じていたが熱中症にならなかったのは、

夏になるとなぜか当番制で毎日朝から除湿器をつける係なるものがあり、

今思えば、オフィスの均等な空調も相まって、快適な気候で暮らさせて頂いていたのだ、

なんとありがたいことだろうか。

 

いい事なのだと思うが、7月になってから身体からのアラートなのか、

付き合いでの飲み会などがあってもアルコールを遠慮させてもらう機会が多い。

おかげで毎日のように宴席やライブがあるのに、今月は休肝日の方が多いくらいである。

私のような飲兵衛がそこまでになるというのだから、今年の夏も相当にきついに違いない。

単純に私の飲みスタイルが今の夏には合わないという事もあるのだが。

 

しかし人間は対策が肝である。

まず一番快適な作業部屋と寝室を当面は一緒にするように整備した。

時間のある時にスポーツドリンクの買い出しにも行こうと思う。

沖縄にいる際もその辺りは意識しておく。

 

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街の飲兵衛に誘われて、孤独のグルメにも登場した東長崎の名定食屋さんに訪れました。

店の方と深い面識があると予約ができるようで、街の飲兵衛のおかげでスムーズに入店することができました。

 

まず、五郎さんが食べたナスと肉の醤油炒め、そして鶏の唐揚げをいただきました。

ナスと肉の醤油炒めは本当に美味しく、家庭的な味わいながら、お肉とナスの味わいが豊かでとても満足感があります。マカロニサラダも絶品で、味わい深かったです。

 

鶏の唐揚げはキリッと揚げられていて、鶏肉の美味しさが優しく包まれている感じで、かりふわ系とは違った、でもとても美味しい食感でした。

 

マグロのブツはたまらない美味しさ。赤身ではなく、これはまさにトロのような味わいで、目利きが素晴らしいと思いました。これ、正直米と一緒に食べたかったですね。

 

お酒はハイボールを選びましたが、使われているウイスキーが良いものだと感じました。

 

卵焼きはふわふわとしていて、優しい味わい。店の腕前がしっかりと出ていて、出汁の豊かさが感じられました。

トンカツも素晴らしく、分厚いロース肉が脂身と正身のコントラストが絶妙でした。塩で食べるくらい、上質なトンカツでした。

 

まさに、ぐうの音も出ないほど素晴らしいお店だと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近思うのだけれど、この世界には「承認欲求のお化け」が本当に多すぎる。

 

ちょっと構ってもらえないだけで、すぐに「やり直し」になってしまうような、お姫様や王様のように振る舞わないと気が済まない人たち。

なぜか彼らは、自分が誰かよりも上に立っていないと落ち着かないし、人が持っているものを自分が持っていないと、「自分はクズだ」なんてすぐに考えてしまう。

これはもう一種の病気なのではないかと思うほどだ。

 

でも考えてみれば、人間は本質的に他者との関係性で生きているから、多少の承認欲求は自然なことだろう。でも、それが過剰になるとやっぱり問題だ。

私自身も人から認められると嬉しいし、時には称賛されたいと思うこともある。だけど、それが生きる意味や価値の全てだとは思わないように心がけている。

 

人生の主役は自分だし、自分が納得していれば、それで充分なのだ。誰かに認められなくても、自分が決めた道を歩いていけばいいと思う。

ギターの音作りも、ロックの生き様も、自分が信じた道を進むから面白い。

 

量子力学の世界でも、観測者の意識が結果を変えるなんて不思議な話があるが、それもまた、自分が何を観測するか、どういう未来を引き寄せるかは自分の意識次第だと教えてくれている。

他者の目に振り回されず、自分の内側の声に忠実でありたい。

だからこそ、過剰な承認欲求とは距離を置き、自分自身が納得できる人生を淡々と歩む。

それが本当の意味での成功だと思うのだ。

過去の体験になりますが、相方のおにぎりが食べたいというリクエストを満たしつつ、居酒屋に行こうと考えていたところ、まさかそのお店が居酒屋だったという驚きの展開でした。そして、驚くことに、その居酒屋が最高に素晴らしい場所だったのです。

おにぎりは、大塚のぼんごさんのようにさまざまな具を選んで楽しめるもので、唯一の違いはそのお店が居酒屋という点。おにぎりは小さく、価格もリーズナブルです。新潟美人が握るおにぎりは、技術と新潟米のふっくらとした味わいが絶妙に絡み合い、最高に美味しかったです。新潟に行った際に食べたどのおにぎりでも感じたのですが、塩むすびこそが最強。どんな具材も、この新潟米には敵わないというくらい素晴らしい味わいでした。

そして、接客も素晴らしく、新潟美人たちがガールズバーのようにフレンドリーで気配り抜群。新潟住まいの常連さんが多いのも納得でした。

この居酒屋では、日本酒が十種類も楽しめ、時間制の飲み放題が提供されていました。もちろん、他の酒も選べますが、私は日本酒を堪能し、その美味しさに酔いしれました。

また、茶豆がとても美味しかったです。正直言うと、枝豆や茶豆を積極的に食べる習慣はあまりなかったのですが、このお店でその美味しさに目覚め、その後は家でも暇さえあれば茶豆を齧るようになりました。

さらに、このお店を仕切る兄貴の人格も素晴らしく、新潟旅行の話を聞きながら、次に行くべき場所や飲む酒を提案してくれるなど、細やかな気配りが感じられました。

味、接客、雰囲気、全てにおいて最高の居酒屋で、ここを知れたことが誇りに思えるくらい素晴らしい体験をしました。