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昨日は2019年12月25日にTV録画保存した
『あゝひめゆりの塔』 を視聴しました。
解説、https://ja.wikipedia.org/wiki/あゝひめゆりの塔 より
『あゝひめゆりの塔』(ああひめゆりのとう)1968年9月21日に公開された日本の映画である。
監督は舛田利雄。主演は吉永小百合。日活制作。日活青春スター総出演・明治百周年記念芸術祭参加作品である。
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出演者 |
概要[編集]
太平洋戦争末期。本土決戦を目前に、日本軍は米軍の進撃を食い止めるために、沖縄に前線基地を置いた。
そして、米軍は日に日に日本軍を圧倒し、沖縄は空襲や爆撃を受けて島が燃えてゆく(沖縄戦)。
そんな中、沖縄師範学校の生徒たちはいかにして生き残っていくのだろうか。モノクロ映像で描く戦争超大作。
ストーリー https://eiga.com/movie/34333/ より
昭和十八年、太平洋戦争の戦局は、米軍の反攻によって日本には不利に展開していた。
沖縄ではまだ、戦争感は薄かった。沖縄師範女子部の和子は級友のトミらと運動会を楽しんでいた。
和子が師範男子部の順一郎と知りあったのはその頃だった。
昭和十九年になると戦局は悪化、米軍の物量作戦の前に沖縄も戦場になろうとしていた。
和子ら学生は、一日の半分を陣地構築に従事する毎日がつづいた。
やがてサイパン島が玉砕。学童は内地に疎開が決ったが和子の母は、その船に乗ったものの、潜水艦に撃沈されてしまった。
和子は弟の武と二人きりになってしまった。グラマン機が那覇市を襲ったのは十月。
師範学校の校舎も焼け、空襲は連日のようにつづいた。島には非常戦時体制がしかれ、
女子学生は臨時看護婦として、男子学生は鉄血勤皇隊となって陸軍と行動を共にすることになった。
以降は上記URLでご覧下さい。
実際に塔と言っても高さは1m位。
ひめゆりの塔の詳細はこちら
https://ja.wikipedia.org/wiki/ひめゆりの塔 でご覧下さい。
概要[編集]
慰霊碑の名称は、当時第三外科壕に学徒隊として従軍していたひめゆり学徒隊にちなんでいる。
「ひめゆり」は学徒隊員の母校、沖縄県立第一高等女学校の校誌名「乙姫」と沖縄師範学校女子部の校誌名「白百合」とを組み合わせた言葉で、
元来は「姫百合」であったが、戦後ひらがなで記載されるようになった。なお、植物のヒメユリとは関係がない。
以降は上記URLでご覧下さい。
※ 序盤後半で対馬丸が出てきたので、もしかしたらと思っていたら、
やっぱり民間人(疎開するために学童等が乗っていた)が乗っていた輸送船が撃沈された事件でした。(涙)
もう後は最後まで涙が止まりませんでした。
国際法違反の無差別爆撃・原爆投下・東京裁判を後世に伝えて行きましょう!
私評は☆☆☆☆です。保存のままにしました。
ひめゆり部隊(映画)は下記サイトで全編視聴できます。
