私が入院して約4ヶ月になりますが、私にとり、この入院期間は歌手復帰を前提とした一つの準備期間なのです。従って、退院後は本気で歌手復帰を目指すつもりでいます。
私の場合、年齢的には高齢ですが、それでも尚、歌手復帰を目指すのにはそれなりの理由があるからです。それを下記にまとめて書いてみます。/自己紹介的な内容は初めてのことですが、主だった内容だけを書く予定でいます。但し、それでも長文になりますので覚悟して下さい…
私は12歳(中学1年に入学して2日後)の時に、学校で頸椎を打撲して内出血の損傷を負い、その数時間後には全身麻痺に遭(ア)いました。当時の医学では、脊髄内出血の手術はアメリカや日本でも不可能だったのです。
全身麻痺の状態は約3ヶ月間程でしたが、両足に舗装具を着けて松葉杖で歩けるようになるまでには約2年程掛かっています。それから、重度な障害を背負った児童の義務教育面では当時でも現在でも同じですが、国や県の併設による「児童療養病院と児童養護学校」の施設に入居することなのです。詰まり、病院で治療を受けながら義務教育課程を卒業して且つ、高等部課程も卒業出来ると云う併用施設なのです。が、私も上記の経緯に従って高校を卒業しています。併用施設には約6年間入居していました。
私は併用施設に入居していた時から、「身体が不自由であっても、人前で堂々と歌を歌う歌手になってやる」と云う、強固な意志を抱いていたのです。
経緯的な詳細は省きますが、併用施設を出て凡(オヨ)そ5年後の昭和48年2月、東京大学付属病院(東大病院)に長期入院をして多回数の手術を受けたのです。私にとり、東大病院での多回数の手術はプロ歌手を目指す為の決意そのものだったのです。
頸椎損傷による私の後遺症は四肢麻痺と云って、両足首と両手首から先に麻痺が残るものだったのです。従って、東大病院での手術は両足首と両手首の改造的な内容の手術でした。
両足首の関節半固定手術は、松葉杖を突いていても足首の筋力が疲れると、道路の舗装面や廊下等の床面に足指が引っ掛かって、いつも転倒していたのでそれを防ぐ為でした。又、両手首から指にかけての手術は、金属性のクラッチ(杖/エルボークラッチ)を使用する為に、クラッチの柄を握る為の手術でした。それに、マイクを指で握る為の手術でもあったのです。
東大病院に入院した頃、担当医に「何故これだけの手術を望むのか」と聞かれたことがあります。私は勿論、「プロの歌手になる為です」と即答しましたが、その直後に担当医が険しい顔で次のように云ったのです。「身体が不自由であってもプロ歌手を目指すのは構わないが、野村君は頸椎損傷で一度全身麻痺になっているよね。一度全身麻痺になると歌が思うように歌えないだろうから、プロ歌手は諦めなさい」
担当医とのこの会話は今でも鮮明に覚えています。/この時の担当医の言葉が現在の私を物語っているのです。徐々に説明して行きます…
東大病院には約1年程入院していましたが、退院後から凡そ2年後には一流レコード会社CBSソニー(現在のソニー・ミュージックエンターテイメント)からデビューすることが出来ました。即ち、私の目的が叶ったのです。/私はこの記事を書きながら止めどなく涙が溢れていますが、それ程に辛い辛い日々との闘いで叶ったデビューなのです…
ソニーレコード会社との最終契約(ソニーとは2度契約をしてます)が切れるまでの約20年近くは、コンサートを中心にして歌手活動を続けていました。/デビュー曲「北の流浪」はトラック野郎・男一匹桃次郎の挿入歌になり、コンサートでは菅原文太さんに大変お世話になりました…
上記、担当医が指摘した会話に戻りますが、担当医が指摘した内容が脳裏を掠(カス)めるようになったのは、デビューを果たして2年目頃からでした。それ以来、複式呼吸の運動法を考案して毎日続けるようになったのです。デビュー10年目頃には5㎏の鉄アレーを用いた運動法を始めました。が、ソニーを辞めるのと同時にプロ歌手を止めた後も、複式呼吸の運動は毎日続けたのです。そして、現在も尚、毎日続けています。
上記の経緯で、毎日続けた複式呼吸の運動年数は今年で36年目を迎えました。この継続36年の中で、自分自身が満足の行く「歌」が歌えるようになったのは2年前の頃のことです。詰まり、満足の行く「歌」がやっと歌えるようになった手応えへの喜びを、初めて実感出来たのが2年前頃のことなのです。
ここからの記述は、私自身の能力的な面が関係するので、能力的な一面を公然的に書きますが、決して偽りではありませんので何卒ご理解下さい。
私が云う能力的とは特質な能力を指しているのですが、「能力」性と云うのは超能力のような特質な能力であっても、一般的な「能力」性であっても、能力としての本源は全て「集中力」なのです。従って、集中力としての能力は誰にでも存在するものなので決して特別な能力ではないのです。が、能力そのものが特質であるか否かは、その人間に備わっている集中力の度合いによって異なっているだけなのです。詰まり、集中力の度合いが高い程「特質な能力」へと、能力としての性質が変化を遂げるだけのことなのです。
私の集中力は子供の頃から、度を超して半端なものではありませんでした。頸椎損傷後も不自由な手で瓦を8枚割って見せたこともありました。この時は上記/併用施設に入居する以前でしたので、頸椎損傷の事故から約2年後ぐらいのことで手の不自由さは最盛期の頃でした。/現在に至るまで、私の能力的な一面は公然的に多くの人達が目に触れています…
それから、私の研究に対する追究心は併用施設に居た頃から始まっていますが、研究の元となる発見や大発見は総て特質な能力によるものです。通常の研究者なら、一つの研究題材に時間を費やして究明に至るのですが、私の場合は始めに究明結果が能力的に解ってしまうので、その後に「どうしてそうなるのか」と云うことを確かめるだけなのです。従って、一同に5種~6種の研究が可能になるのです。
ここからは、歌手復帰への内容に戻ります。
私自身、初めて「歌が歌えた」と実感した後に気付いたのですが、私が集中(集中力)して歌うと歌っている歌手に声が自然と似てしまうのです。勿論、モノマネの練習などは一度もしたことがありません。
この現象については2年前が初めての体験で、現役で歌手をしていた頃には一度もなかったことです。この理由については、当時と現在を比較して顧みると単純明解なことなのです。詰まり、現役時代は頸椎損傷の後遺症によって複式呼吸が未発達の状態だった為に、能力としての集中力が作用するまでには至らなかったのが理由です。即ち、「能力の性質」として、能力が作用する基盤が確りと確立してないと、如何なる能力であっても活かすまでには至らないのです。
次は、歌の選曲について書いてみます。
歌の選曲としては常々、子供の頃の思い出の歌手や、好きな歌手や、好きな曲を歌っている歌手や、心打たれるような歌詞を歌っている歌手や、青春時代の思い出の歌手等の歌を歌っているのです。即ち、自分の心に繋がる歌手の曲だけを歌って来たのです。/ 後に歌って来た歌手の一覧を、下記に記述します…
歌唱への実感を掴(ツカ)んだ後に、集中力による歌い方をいろいろと試して見たのですが、集中力が入り易いのは上記のように自分の心に繋がる歌手の曲でした。従って、下記に記述する歌手の皆さんに対しては特にソックリさんです。どれくらいのソックリさんかは後のお楽しみにして頂きます。あくまでも本人ではないので、70%ぐらい似ていればソックリさんの域だと思います。
それから、私は真実、モノマネで歌うのではないので、集中力で歌うと、その歌手の曲をソックリさん状態で何十曲でも継続して歌えるのです。
歌う歌手の一覧
石原裕次郎
渡哲也
小林旭
三橋美智也
守屋浩
美空ひばり
北島三郎
森進一
舟木一夫
西郷輝彦
橋幸夫
加山雄三
黒木憲
にしきのあきら
三善英史
久保浩
三田明
ロス・プリモス
(黒沢明)
以上です。
選曲の内訳
/子供の頃の思い出歌手
石原裕次郎
三橋美智也
小林旭
美空ひばり
守屋浩
/好きな歌手
石原裕次郎
渡哲也
三橋美智也
/青春時代の思い出歌手
舟木一夫
西郷輝彦
橋幸夫
加山雄三
三田明
久保浩
ロス・プリモス(黒沢明)
/20才の時の思い出歌手
にしきのあきら
/好きな曲のある歌手
森進一
黒木憲
三善英史
/心打つ歌詞を歌う歌手
北島三郎
以上です。
私の歌手復帰は、ヒット曲を出そうと云うようなものではありません。カラオケ同好会の方々に好かれるような地道な活動を通して、行く行くはコンサート中心の歌手活動にしたいと思っています。詰まり、他の歌手には出来ないコンサートを継続して行きたいと思っています。
◆最後に長い一言
私は併用施設に入居していた経緯もあって、多くの障害者の方々や、又は多くの人達にどうしてもアピールしたいことがあるのです。その内容を下記に書いてみます。
僭越ながら書きますが、私に限らず人間にとって最も重要なことは、特質な能力の有無ではなく、あくまでも、人間として如何(イカ)に強固な意志を抱くことが出来るか否かなのです。/それを簡単に説明します…
人間の場合は特にですが、生きている限り「命の波動性(周波数的要素)」を活用することが出来るのです。そして、「命の波動性」と「心の波動性(周波数的要素)」は一体化しているものです。従って、「心で強固な意志を抱いて努力を積み重ねれば」、目的は必ず叶うことになっているのです。ですから、人間である以上多くの方々は勿論のこと機能障害にある方々であっても、強固な意志を抱いて諦めずに頑張って頂ければ必ず目的は叶うのです。そのことを伝えたいのです。
以下のことは、論説文の続きで書く内容の一説なのですが、「目的を叶える」内容に関係することなので、簡単に書いてみます。
「欲望」と云う「欲望」は総て、目的へ向かう為の努力を省いたものなのです。詰まり、努力をしないで楽(知能による計画性)をして得ようとする波動性(周波数的要素)なのです。従って、お金を欲しても、物を欲しても、何を欲しても、コツコツと努力を積み重ねて得るのなら、それ等を「欲望」とは云わないのです。それ等総ては「目的を叶える為の道程」と云うことになるのです。
そもそも「欲望」の波動性は、大自然(自然界)の自然科学に基づく摂理的な真理の一つで、「欲望」の未来は総てにおいて「正しく成立しない」波動性(周波数的要素)なのです。その根源的な理由を延べると、悪の概念がない大自然に対して「欲望」は悪を発生させる波動性だからなのです。
更なる摂理的な真理を単純明解に説明します。例えば、どんなに大きな四角形であっても三角形であっても、どんなに小さな四角形であっても三角形であっても、内角の和は変わりません。大小に係(カカ)わらず四角形の内角の和は360度であり、大小に係わらず三角形の内角の和は180度です。即ち、「欲望」もそれと同じく欲望の大小に係わらず総ての欲望はあくまでも欲望なのです。詰まり、欲望は欲望でしかないのです。仮に「欲望」が摂理的な真理として正しく成立するものであったなら、今日に至るまでに世界は疎(オロ)か地球そのものが滅亡していた筈なのです。
世界の犯罪の95%以上は「欲望」の波動性によるものです。
「欲望」の波動性による未来創造に関しては、多くの人達が実際に体験をしたり又は、第三者の成れの果てを目の当たりにしていると思うのですが、「欲望」の波動性によって創造される未来は総て、欲望を抱いた時の思惑とは正反対の結果となって現れるのです。これが「正しく成立しない」と云う摂理的な真理なのです。
結論として、「欲望の波動性」から逃れるには、努力を積み重ねる強固な意志を抱く以外にはないのです。
▲摂理的な真理に基づいて、「良心の波動性」が担っている未来創造については、継続中の論説文で記述します。
