今日は午前は寝る午後はkowallというありきたりな1日でした
建築物は今日はなしで
なんも今日は書くことないなぁと思ってたらkowallにフィールドライフっていう雑誌があったんで読んでみました
内容は山中心の雑誌なんですけど東北関東大地震のことについても載ってました
最初の日記にも書いたと思うけど今の僕には被災された方には何も出来ない
そう感じて半月ほどがたちました
僕の頭の中にはこの大地震というのが少しずつ離れていっていました
雑誌の内容にあったんですけど
ボランティアについて
想像以上に過酷だと思い知りました
若い人は自称ボランティアといって被災したところに行きます
けれどもたいがいの人はあまりの想像とはかけ離れた町の様子にたじろいでなにも出来ない
しかもその人たちはボランティアをするということで自分たちの食料や生活は供給されると勘違いしているということ
自己完結できていない人が多いということだそうです
また、陰の仕事を拒む(ウンコの清掃など)ことや、過度に働きすぎて倒れて逆に周りに迷惑がかかるということ
ボランティアするからには自分のことは全て自分で行い且人のために手助けをする必要があるということ
つまり自分でテント、食料、シュラフなどをもって行くことが必要
まさか山岳部で学んできたことがこういう形で役に立つのかと驚きました
山岳部では自然に対してたくさんのことを学びました
インターハイでの鹿児島の霧島連山
人間というものがいかにちっぽけでほとんど無に等しいことかと実感した自然のデカサを目の当たりにし
水がなくなってまわりに水道もなく本当に死ぬかと思ったこともある
食料忘れて餓死するかと思ったこともある
山の中では肉とか野菜とかまともに食べれなかったときもある
けどそれはたった数日
その数日がいかに長かったか
半月という期間
自分の中ではありえない長さ
しかも終わりが見えない苦しさ
議論する前に行動ということが必要だと思うけれど気持ちだけではどうすることも出来ないということを認識しました
僕もある程度行けたら行こうと思ってたけどもし行ったとしてもただの荷物になるだけでした
別に今は何もできなくてもしょうがない
けどこれから何年も経ってから絶対に忘れてはいけない
テレビはお笑いバラエティと変わっていき雰囲気は元のとおりに戻っていく
けれど被災者の心の傷は絶対に戻らない
周りは変わっていくけど自分はこれから先この地震がもたらした悲劇を絶対に忘れてはいけない
自分が就職してまともに建築できるのは最低6年以上
心に刻んでおきます
人々が安心して地震の心の傷が少しでも和らげるように暮らせる家を建てるまでは