本『八月の光』『マノン・レスコー』『林芙美子集』他、2022.12月 | レイモン大和屋の <シネ!ブラボー>

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映画感想、読書感想を備忘録として書いてます。
三浦しをん氏のエッセイを愛読しています。
記憶に残る映画と1本でも多く出会えることを願っています。

今年もマイペースの更新になりますがよろしくお願いします。

 

12月下旬に図書館で借りた本は年末年始の図書館の休みがあり通常より貸出期間が長いのでついでに映画のDVDも借りレンタル店でも借りて映画を鑑賞する時間が多くなり、記事にするため本を再読する時間がなくなり記憶も朧気で短い感想になりました。

図書館を利用するのがメインですが,個人所有の本も少しずつ読んで行く予定です。(12月の映画鑑賞記録は水曜か木曜に)

 

 

『マノン・レスコー』 アベ・プレヴォ  野崎歓訳

                    光文社古典新訳文庫

感想)アンリ・ジョルジュ・クルーゾーが監督した『情婦マノン』(1948年)のイメージが強かったのが原因か、原作は映画とは大分違った印象をうけた。原作と映画が同じものにならないのは当たり前でもあり映画自体観たのが遥か昔なので映画の記憶自体が曖昧になっているが、原作の『マノン・レスコー』は冒頭から最後まで一気に読ませる面白さがあった。(正味約300ページ)解説によれば「『マノン・レスコー』はプレヴォの人生のさまざまな経験が投影されていることは確かだとしても、デ・グリュとマノンの恋が作者の経験を再現したものだという証拠は何も見つかっていない。また、自伝的な小説を書こうという意識がプレヴォになかった。当時(1793年頃)「自伝」という言葉も概念もまだ存在しなかった」と述べている。1733年6月にフランスで刊行され同年10月に書籍監督官によってパリ市内の書店の『マノン・レスコー』が押収され、発禁処分が下された。アベ・プレヴォの生涯は劇的で(66歳で没)映画の題材としてもすこぶる面白そう。

 

 

 

 

『雲をつかむ話 / ボルドーの義兄』 多和田葉子

                     講談社文芸文庫

感想)多和田葉子の文章(文体)にはある種のとっつきにくさがあって、時にイライラさせられたりするのだけれど、それがある時には魅力にも感じられて一筋縄ではいかない。まるで器量面では劣っても体や性格の相性がよくてどうしても離れられないような不思議な感覚。(多和田葉子の文体を真似た感想)

『雲をつかむ話』の一部。

          ↓

<今日の西の空は白い鱗に覆われていて、「いわし」がひらがなで浮かんだ。まだ朝早いせいか、いつまで待っても漢字に変換されない。ひらがなの味も悪くない。火を通さないナマの味。ひらがなで「いわし」と書いてみると、まるでドイツ語で「ふぉれれ」と書いた時のように口の中で柔らかく崩れる。フォレレというのは鰯ではなく鱒のことだけれど、頭の中で魚を介さずに単語同士が互いに結びつき合っている。>

 

『ボルドーの義兄』は鏡文字(左右反転して印刷された漢字)が短い文章の初めに漢字一字記され、その短い文章の象徴のような役割をになっている。それが作品全体にどのような効果を及ばしているのかは分かりかねる。私には鏡文字は読みずらいという単純な感想しか残らなかったが、エクソフォニー(母語の外に出た状態、言語の越境)の作家多和田葉子の問題意識の中にあっては避けて通れない重い課題なのかもしれない。

 

 

 

『林芙美子』 ちくま日本文学全集

 

収録作品 詩・蒼馬を見たり抄・風琴と魚の町・魚の序文・清貧  の書・泣虫小僧・下町(ダウン・タウン)・魚介・蠣・河沙魚・夜猿

感想)養父と母との間で幼い頃から苦労し行商などで各地を転々とし、高等女学校で国語教師や担任教師の援助指導を受け次第に文学的才能を開花させていった苦労人林芙美子の地に足の着いた小説のリアリズムが胸に沁みわたる。解説の田辺聖子は林芙美子の代表作を二作挙げるならば、短篇では『風琴と魚の町』長篇では『浮雲』と、また、『晩菊』は「六十何年生きてきた私がいま読むと、ただ、(うまい小説だ・・・・・・)という感嘆あるのみである。」と述べている。プロの作家がプロの作家の作品を論ずる目は一般的な文学好き読者との間に大きな違いを感じる。

 

 

 

『KITANO par KITANO 北野武による「たけし」』

 北野武 ミシェル・テマン 松本百合子訳

感想)フランス人女性ジャーナリストによる北野武への数年間に渡る会話とインタビューをまとめたもの。

北野武の少年時代から明治の学生だった頃、浅草「ロック座」の修業時代、過激な漫才コンビ”ツービート”でテレビ界の寵児になりやがて映画制作に乗り出し、国際映画祭での数々の受賞による周囲の対応の変化、ペンキ屋で飲んだくれだった父、厳しかった母、優秀だった兄姉、科学や政治、アジア・アフリカへの言及など多岐に渡るインタビューから北野武の多面的な人物像が浮かび上がる好著。北野武は自分の映画は自分自身にとって謎であり、観客にも観終わったとき、期待はずれだなって思う前に”謎めいてたな”と思ってもらえたら嬉しいと語っている。

さらに、「俺が映画に求めるのは、観客にサプライズとか発見を与えられるキャパシティ。で、俺が望むのは、映画が観客ひとりひとりと絶え間ない対話を生み出すこと。観客はそれぞれ、自分が見たままに映画を解釈する完全な自由を持っている。だからこそ、俺は自分の撮る映画の中で、説明しようとしないシーンとか、ほとんど説明のないシーンとか、省略とかを繰り返すわけなんだけど。」と。

説明や訳ありな隠喩が氾濫している昨今の映画には警鐘になりそうな含蓄のある言葉。

 

 

『故郷 / 阿Q正伝』』魯迅 藤井省三訳 光文社古典新訳文庫

収録作品 吶喊 孔乙己(コンイーチー)・薬・小さな出来事・故郷・阿Q正伝・端午の節季・あひるの喜劇 朝花夕拾

お長と『山海経』・百草園から三味書屋へ・父の病・追想断片・藤野先生・はん愛農(はんは氾に草冠)(ファンアイノン)付録 自序・兎と猫・狂人日記

 

感想)魯迅は中国の鉱務鉄路学堂を卒業したあと、日本に渡り、仙台の医学専門学校に在籍し(1904年9月~06年3月)

7年の留学期間中は仙台での約1年半以外は東京の独逸語専修学校(現・獨協大学)に籍を置き、内外の雑誌、書籍を買い漁り、欧米文学の紹介に没頭した(解説参照)。

魯迅は芥川龍之介や夏目漱石にも多くの影響をうけ、また多くの日本の文学者(小説家)に影響を与えているが特に、大江健三郎村上春樹が有名。『阿Q正伝』『狂人日記』『藤野先生』は数十年振りに再読した。『狂人日記』は20ページほどの短篇だが、人間の原初的な本能のありさまを描いて、もともと人間は狼から犬、人間へと進化した動物に過ぎないと変に納得させられる。

『狂人日記』の最後の文章を抜粋。

「もう考えられない。四千年来常に人食いをしてきた土地、今日初めてわかった、僕もここに長年暮らしており、大兄さんが家督を継いだあとに、ちょうど妹が死んだのだから、大兄さんはご飯のおかずに混ぜて、こっそり僕たちに食べさせていたのかもしれないのだ。僕は知らぬまに、妹の肉を数切れ食べていたかもしれず、今では僕自身の番となったのだ・・・・・・

四千年の人食いの履歴を持つ僕、最初は知らなかったが、今こそわかった、本当の人に顔向けできない!

 

人食いをしたことのない子供は、まだいるだろうか?

子供を救って・・・・・・

 

 

『八月の光』 ウィリアム・フォークナー 黒原敏行訳

                   光文社古典新訳文庫

感想)こちらも何十年振りかで再読。

『アブサロム、アブサロム!』と同じように現在と過去、声に出された内面の言葉(映画のモノローグ)、無意識の思考、作者ではないある存在が語る言葉などが輻輳しているが、けっして読みづらいとか難解な小説という印象は受けない。映画の脚本で言えば、登場人物の台詞(小説の会話)以外の地の文が脚本のト書き(情景や心理の説明)に相当するような感じである。フォークナーはハリウッドで映画脚本の仕事もしており文章を書く上でまず映像が頭に思い浮かぶのではないか、それが文章に置き換えられた時に読者には映像として鮮明にイメージされる。

最後に、訳者の黒原敏行氏の感想の一部を紹介してこの記事を終わります。

「現実がつまらなかったり、辛かったりするために、そこを逃れて幻想の世界に浸りたいと願う人はいつの時代のどんな国にもいる。小説や映画やゲームなどが大好きな人は多かれ少なかれその要素があるだろう。訳者などは、「ボヴァリー夫人は私だ」ではないが、「ハイタワーは私だ」とすらおもってしまったくらいだ。フォークナーは、自分はたまたま南部に生まれたから南部について書いただけで、いちばん関心があるのは「人間の状況」だと述べたが、『八月の光』に登場する人物は現代の日本人にも「共感」や「理解」が充分できる人たちではないかと思うのだ。」