今日は 2024年1月29日(月)です。
昨夜は NHK-BS
「新日本風土記」を見ました。
今回は 関西淡路大震災の時に
大きな被害の有った
神戸の長田からです。
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僕は 2012年に
須磨と新長田に行った事が有ります。
懐かしいので
振り返って見ました。
過去記事です。
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2012年3月17日(土)の出来事です。
この日は、彼岸の入りです。
前日16日に・・お墓参りを済ませました。
徳島の実家に泊まっていました。
そして・・・・
一泊した朝8時15分に実家を出発。
大阪の自宅に向かいました。
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ところが・・・・・
NHK大河ドラマ今年は
「平清盛」です。
帰路の途中、
源平ゆかりの「須磨寺」に寄ることにしました。
これが、須磨寺のHPです。
まえから行きたかった所です。
四国へ帰省する時、
往復とも・・須磨を通ります。
でも・・・・入った事がありません。
やっと念願がかないました。
源平ゆかりの土地です。
清盛の弟の子供の平敦盛と
源義経の重臣の熊谷直実との話が有名です。
こういう事が有名です。
このHPの中の敦盛と源平を読んでください。
本堂の隣に大きな数珠がありました。
首にかけると言うより、肩において3回念じます。
望みがかなえられるそうです。
僕もしました。
三重塔が建っています。
綺麗ですね。
敦盛の首塚がありました。
熊谷直実との対決する前夜に須磨の海岸で
笛を吹いていました。
それを聞いていた直実は、
きっと平家の高貴な人が
吹いているだろうと思っていました。
そして・・・笛を聞いた翌日二人は対決します。
平敦盛は16歳でした。相手が子供だけど仕方がない。
意を決して敦盛を切りました。
そして・・
この世の無常さを悲しんで、
直実は出家します。
これが敦盛の青葉の笛です。
平敦盛の着用のよろいとかぶとです。
有名な「一の谷の合戦」は、この裏の山だと言う説があります。
急な山を馬に乗って、奇襲攻撃したそうです。
襲われた平家がこれで大きな打撃を受けます。
源平合戦の中の
一の谷の合戦は有名です。
たぶん・・・夏ごろの大河ドラマに出てくると思います。
一の谷の合戦→屋島の合戦→壇の浦の合戦と続きます。
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僕と女房は・・・
須磨寺を後にして次の目的地に向かいました。
続く