書いていくことにする。
なんか2025年の8月30日に、鬼頭先生がイベントをやるらしい。
漫画家、イラストレーターの鬼頭莫宏によるイベント「もひろのついばみ」を開催します。
— アーキタイプ (@archetype_ltd) July 16, 2025
コミックコメンタリー(作品を読みながら解説やトーク)や質問コーナー、イベントの終わりにはサイン会もございます。
お申込みお待ちしております!https://t.co/COcRlk8rlF@mohiro_kitoh
これについては鬼頭先生自身も宣伝している。
なんかこんなイベントをやることになりました。よろしくお願いします〜 https://t.co/117JQJtx4c
— 鬼頭莫宏 (@mohiro_kitoh) July 16, 2025
話としてはそれだけで、このイベントは今埋め込んだポストにあるリンクを読むに、以下の内容であるらしい。
漫画家、イラストレーターの鬼頭莫宏によるイベント「もひろのついばみ」を開催します。
作品アンケート・質問はチケット申込時に表示されるアンケート欄にご記入ください。
ただ、こういう風に告知の記事を今になって作っているけれど、このイベントの申し込み自体は実際、昨日までだったりする。
漫画家、イラストレーターの鬼頭莫宏によるイベント「もひろのついばみ」このあと、まもなく抽選申込受付終了となります!
— アーキタイプ (@archetype_ltd) July 21, 2025
コミックコメンタリー(作品を読みながら解説やトーク)や質問コーナー、イベントの終わりにはサイン会もございます。https://t.co/COcRlk8rlF@mohiro_kitoh
昨日までで募集は打ち切りであった様子はあるけれど、このイベントをやっているところのXの情報を読む限り、もしかしたら追加で募集とかもあったりするのかもしれない。
鬼頭莫宏先によるイベント「もひろのついばみ」お申込みありがとうございました。
— アーキタイプ (@archetype_ltd) July 22, 2025
当落のご確認メールをお送りいたしました。
明日以降、会場のレイアウト調整でお席を増やせないか確認いたします。
その際にはこちらのアカウントのポストでご報告いたします!
https://t.co/COcRlk7Tw7@mohiro_kitoh
結局の所、この言及がどういう意味かは判然としなくて、最初想定していた"箱"があって、けれどもその想定していた人数より多くの応募があったから大きな箱を再調整で用意するという話だったらもう応募はないのだろうと思う。
一方で、反響を見てもう少し人を呼べそうだと思ったから、大きな箱をまた調整しているという話だったならば、また募集があったりするのかもしれないけれど、実際の所はよくわからない。
ちなみに、鬼頭先生はこのイベント会社?で過去に行われた講習会にゲストで参加していて、どうやらその時の縁で今回こういう話が鬼頭先生に舞い込んできたらしい。
前回のゲストとして参加した講習会については僕の方から敢えて言うことはないけれども、ゲストとして呼ばれて会場入りして、そこでイベント会社の人と挨拶することがあって、そこで鬼頭先生と縁が出来て、今回の企画をイベント会社の方から持ち寄って、鬼頭先生が同意したという流れだろうと僕は考えている。
まぁ鬼頭先生、同人即売会に出たり、漫画教室をやったりはしたとはいえ、こういうイベントを自主的に開催してきたという過去はないのだから、そういう流れと考えるのが無難なのかなと思う部分はある。
ちなみに、「もひろのついばみ」というのは、鬼頭先生が以前出した同人誌が『ヴァンデミエールのぐぜり』で、ぐぜりは生まれたばかりで上手くない鳥の鳴き声のことであって、講談社で事実上デビューした作品が『ヴァンデミエールの翼』であって、なんだか鬼頭先生は自身の漫画家人生を鳥になぞらえている部分がある。
ついばみというのは、『なるたる』『ぼくらの、』を経て、ぐぜるような声でしか鳴かなかった鳥が今は飛ぶようになって、それがつついているというニュアンスなのだろうと僕は思う。
まぁつついているかはさておいて、鳥のイメージが鬼頭先生の中にあったからそういう名前にしたのだろうし、『ぼくらの、』のエンディングテーマである『Little bird』の影響も少なからずあるのかなと思ったりもする。
そんな感じのイベントを鬼頭先生は開催するようなのだけれども、僕は鬼頭先生がイベントをやるという話を聞いて、以下のようなことを思ってX上に投稿している。
鬼頭先生のイベントで「なるたる 蝕む光」で投票しまくれば、のり夫の解体の話で原稿が差し替えられたかどうかについてを鬼頭先生の口から聞けるな。 pic.twitter.com/VIf3jC6mye
— 画像投稿用アカウント (@narutarunogazou) July 17, 2025
ちなみに、僕はこのポストに以下の文章をつなげている。
Q.聞かなくても最初から答えは分かっているのでは…?
— 画像投稿用アカウント (@narutarunogazou) July 17, 2025
A.それはそう。
『なるたる』にはかつてそれなりに有名だったコピペがあって、なんでも、鬼頭先生が最初に提出したのり夫の死の場面はあまりに残酷すぎて、編集判断で差し止めになったという話が本当にあったかのように語られている。
そのコピペは以下の内容になる。
「鬼頭氏のネームには、のり夫が何をされていたのか実際細かく設定されていたそうです。 針金で縛って強制的に止血しながら、関節ごとに、末端から人形をバラバラにするように 皮を剥いで解体していく内容。いわく大出血する部位を避けて綺麗に部品を外して、 中身を見るように壊していくとのこと。ことに足首や膝の解体方法については、聞いた話をそのまま 言うのが気持ち悪くなるくらい常軌を逸したような細かな順序設定がありました。 その上で肛門に刃物を差込み、陰茎の皮を剥ぎ、亀頭を削ぎ、陰嚢を切開して 睾丸を切り 割り、ついで腕部も同じく解体したのち腹部を切開して内臓を取り出す・・・。 部内でも不快感を露わにした反応が大きかったが、絵的描写を行わないことでGOとなったらしい。 」
僕はこのコピペについて知ってはいたのだけれども、このサイトでこの話については一切触れることがなかった。
まぁ…まず出典が2chの時点で論外だし、普通に考えてガセネタでしょうから…。
とはいえ、このことについてはコメントで質問されたことがかつてある。
「 acdc-20220711
細かい描写の意味まで納得が行きました。
そういえばネット上で鬼頭氏はのり夫の拷問シーンをネームに細かく書かれていたという噂がまことしやかに囁かれていますが何か知りませんかなるたる博士」
…。
最初にこのコメントを読んだときに思ったのは、「馬鹿にしてんのか?(KN)」だったんだよなぁ…。
この人…既に記事で僕が十分に説明した内容を読みもせずに矢継ぎ早に何回も何回もコメントで質問してきて、挙句に「なるたる博士」とか…。
しかも既に書いてあるから読んでからコメントしてくださいと何度伝えても、変わらず読まずに質問を繰り返してきて、最終的に僕がストレスに耐え切れなくなってこの人のことはブロックすることになった。
読んでからコメントしろと言っているのに、読んでたら絶対しない質問をしてきたり、他の記事に答えが書かれていることを何度も何度も質問してきてたような人で、人の話を聞く気がない人の相手をするのはあまりに辛すぎた。
僕が漫画の解説を書いてきて一番辛い瞬間は罵声を浴びせられた時ではなくて、内容を理解しないコメントが飛んできた時で、僕が読んでからコメントしてくれって言っているのに、その僕が書いたものを読んでからコメントしろという内容を理解できない人の相手はもう本当に…。
それはさておき、先のコメントに僕は次のように返している。
「 まず僕はなるたる博士ではありませんので、専門的な知識を持っているわけでもなければ、把握している範囲の事しか答えることが出来ないということを初めに伝達したいと思います。
次に、くだんののり夫のコピペですが、出典が不明瞭であるというところが一番の問題で、あのようなものは誰でも創作できる類のものになります。
例えば僕が似たような文章を今から5chに書き込むことは可能で、そのような出典の定かではない情報は正しいものとして話を進めることは出来ません。
加えて、のり夫の最後はアフタヌーン掲載時には「蝕む闇 その5」という一回分のページ数で全てが描かれたのですが、もし、コピペの内容が事実であった場合、あの内容を42ページで描き切るのは紙幅が足りないのではないかと思います。
単行本に収録されたバージョンでも1話で"あのこと"を描くとしたら過不足なく描写されているというのに、コピペにあるように事細かな手順が描写された場合、倍以上のページが必要なわけで、そんな描写を延々と続けたならば、それこそ「必要性の薄い陰鬱な描写」になりますし、ボツを食らった後に練り直した原稿でのり夫のあの最後を鬼頭先生がまた描いたとするならば、鬼頭先生が凄すぎるという話にもなってきます。
他には、あのコピペは伝聞調で語られていて、責任逃れをしている印象もあります。
結局、あの書き込みをした人は実際のネームを見てすらいないという設定ですし、事細かに話を聞いていなければ書けない内容だというのに、のり夫の話が雑誌に載るか載らないかの判断が"らしい"という形になっています。
あそこまで事細かに話を聞いたならば、雑誌に載るか載らないかの判断の話も詳しく聞いたはずで、正確に話を把握していなければおかしい所だというのに、その話についても推定になっているのは変な話です。
まぁその辺りは創作するに際して細かい所に気を配り損ねたというのが実際の所かなと思います。
ともかく、僕としては何より、初出がおそらく2chの情報なので、そのような情報は信頼するに値しないというのが一番ですね…。 」
この返信の中で「必要性の薄い陰鬱な描写」という文言があるけれど、この人は最初、『なるたる』は「必要性の薄い陰鬱な描写」が多いとか意味の分からないことをコメントで言ってきたという過去があってそれを踏まえての話で、僕は「必要性の薄い陰鬱な描写」という言葉に対して、仰っている意味がよくわからないと返したことは覚えている。
まぁともかく、コピペ通りだとどう考えても紙幅が足りないし、あそこまで鬼頭先生の元の原稿の話を事細かに聞いておいて、雑誌に載るか載らないかの協議の話は詳しく聞いておらず「らしい」という推量の形になる状況が良く分からない。
どういう状況なら「らしい」というそれに至るかを考えたときに、のり夫のネームは陰惨だったという話を創作したに際して、話の整合性として「らしい」という言葉はおかしいと判断できず、創作だからこそ存在する後ろめたさを誤魔化すために曖昧な表現を用いてしまったという理解が最も妥当だろうと僕は思う。
なんでネームの内容はあれだけ詳しく聞いていて、雑誌に掲載するかどうかの会議の話だけはちゃんと聞いていないのかという話であって、普通に考えたらネームの中身の話を聞いたなら、それに関連する編集部での会議についても話す以外の流れは考えられないというのに、その辺りが「らしい」となっている時点で、まぁ普通に創作なのだろうという話であって、結局、2ch(当時)なんて誰でも書き込めるところでしかないのだから、どっかの誰かが創作したに過ぎない内容でしかないのだろうと僕は思う。
あとちなみに、ニコニコ大百科の掲示板で読んだと思うのだけれど、鬼頭先生はその のり夫のコピペについて、自身のサイトの掲示板でそんな事実はないと否定していたという話を読んだことがある。
その書き込みものり夫のコピペと同様に誰でも書ける信頼の置けない内容であるということには変わりはないのだけれども、鬼頭先生が自身のサイトに掲示板を設けていたのはもう本当に昔の話であって、最近はもう更新していない、鬼頭先生のブログサイトである「パズルピースはこんなとこ」より前の、今は閉鎖された鬼頭先生のブログサイトである「パズルピースは紛失中」の"更に"前のサイトの話であって、本当に昔の時点での話になる。
今はサイトが消えていて、ウェイバックマシンにも残っていないから確かめようもないけれども、そういう掲示板を鬼頭先生が設けていたという過去はある。
僕もその掲示板の存在は昔確認していて、そういう掲示板があったのは確かになる。
そして、そんな掲示板の存在を知っている時点でその人は"よっぽど"の人であって、その"よっぽど"の人がそうと言っているのだから、そういうことが、鬼頭先生が直々にコピペの内容を否定したということがかつてあったのだろうと僕は思う。
ちなみに、この のり夫のコピペについての話に関しては、僕が過去に一つの記事で触れていた内容だったのだけれど、その記事を非公開にしてしまったので、あのコピペについての僕の見解は改めて書かないとネット上の何処にもなかったという理由から、今回また書くことにした。
どういう理由で非公開にしたかとかはあんまり覚えていないけれども、過去の僕が非公開にすることを選んだなら、相応の理由があるのだろうし、古い記事は視界に入れたくないという事情があるので、どういう判断があって非公開になっているのかとかは確認しようがない。
万が一その記事を読みたいと思うような人が居たら、別に僕としてはその人のために場所を設けて公開してもいいと思っているので、僕のXの本アカにダイレクトメール送って交渉してください。
そういう感じの鬼頭先生の「もひろのついばみ」について。
こういう記事を書くならば、それこそまだ募集が終わってない段階でやれよという話だけれども、募集が終わったのが昨日だったとしたところで、この記事を作ろうと思いついたのが今朝ァ!?だったのでどうしようもない。
ただまぁ、先に埋め込んだポストに書かれていたように、もしかしたら追加募集とかがあるかもしれないのであって、気になる人はそのイベント会社のXのアカウントをチェックしてみるといいかもしれない。
…そもそもの問題として、鬼頭先生が開催するこういう風なイベントに参加するほどの鬼頭先生のファンは既に鬼頭先生のXアカウントをフォローしているはずで、僕があれこれ言う前に情報は手にしている可能性が非常に高い。
だから、あんまりこういう記事を作っても意味があるということはなくて、ただ、自分がこのイベントに関連するポストを投稿していて、それをふと思い出したときに、そういや、のり夫のコピペの話は何処にも載ってないなと思って、脳内で記事の文章の量をはかった時に、一つの記事分くらいになるなと思ったので、記事を作ろうと思ったというだけの経緯でこの文章は書かれている。
未だにこのサイト、訪問者数が毎日100人を超えているし、あとから読んだときに鬼頭先生はそういうことをやっていたと知れるのは無駄ではないと思うから、まぁ良いんじゃないかと個人的には考えている。
あと何処で『なるたる』がバズったのかは知らないけれど、先月とか一日の訪問者数が1800人の日とかあったみたいだし、その日の前後はそれぞれの日に1300人以上がアクセスしてたみたいで、未だに訪れる人は居るっぽくて、そういう風に後になってからこのサイトを読むような場合は、こういう記事は必ずしも無駄ではないのではないかとは思ったりもする。
そんな感じです。
では。
・追記
なんだか鬼頭先生が自身の口からあのコピペは都市伝説だと言及した。らしい。
👹先生のトークショーのなるたる50話について
— ブチ@新刊通販中 (@buchi532) August 30, 2025
書き損じなどあるかもしれません。ご了承ください🙇 pic.twitter.com/jJmoNz0oyD
(同上)
結局、鬼頭先生があのコピペマジやでって言ったなら、この記事は非公開にしなければならなかったのだから、まぁそういう意味では一旦セーフか、と僕は思った。
一方で、病んでいた云々については、僕の口からは鬼頭先生がそう言っているのならそうなんじゃない?としか言いようがない。
そもそも、このサイト以外でネット上で鬼頭先生が病んでいた云々の話の元になっているインタビューは、そのやり取りを見たらそれは冗談で言っていると分かる感じのそれになる。
「――『なるたる』までの作品と比べて、『ぼくらの』は、ずいぶん優しくなったというか、救いがあるような印象をうけるのですが、そのあたり、なにか心境の変化があったりしたのでしょうか?
鬼頭:どうなんですかね? あまり「変わった」つもりはありませんね。
実際、今、頭の中にある企画のうちの1つを出したら「あ、やっぱり鬼頭は鬼頭だ。全然変わってない」って思われますよ、絶対。
それと短編集を見ていただけると分かると思うんですが、僕はべつに残酷な作品を描きたいと思って描いているわけではないんですよ。ただ、展開としてそうするしかなかったので、そうなっただけなんです。
まあ......『なるたる』の頃は、いろいろなことがあって病んでいたので、その精神状態が反映されたのかもしれませんけど(笑)。
『ぼくらの』が変わったように見えるのは、『なるたる』でやったことはやらないようにしているからじゃないでしょうか。『なるたる』のテイストを『ぼくらの』に盛り込めと言われたら盛り込めるんですけど、今回はあえてやらないことにしています。(参考 下線引用者)」
この言及から鬼頭先生が当時病んでいたという話を導き出すことは出来ないわけで、僕はそれゆえに病んでいる云々の話の時にこのインタビューのやり取りを持ち出すということはしなかった。
じゃあ、当時の鬼頭先生がどのような状態であったかについていえば、本人が病んでなかったというのだから、病んでなかったんじゃない?としかこちらとしては言いようがない。
なんつーか、鬼頭先生自身がこの頃自分が病んでいたと言明して得があるのかという話であって、一切得はない。
更には未だに日本だとメンタルをアレしていた時期があるという話については、その人についての"査定"を下げる要因であり続けるような話で、その認識は昔に比べたならば緩和してきているのだろうけれど、鬼頭先生の世代だと、普通口に出せないようなレベルの話になる。
鬼頭先生が実際に当時病んでいたか病んでいなかったかは一先ず置いておいて、鬼頭先生の世代だと、そういう"アレ"な状態については、それを表に出すことはまず出来なかったような概念で、病院に行くという選択肢がほぼほぼ存在していないという場合もあったような話になる。
多少メンタルがアレでも病院には行かないのが昔のスタンダードで、昔は今程の理解は確実に存在していなかった。
だから、今基準ではアウトなそれでも病院に行かないことはあったし、それは今でもだろうし、昔はそれどころではなく"その事で"病院に行くのはハードルが高かったのだから、もしかしたら鬼頭先生は行かなかったのかもしれない。
そして、この講演会で自身が事実そうであったと言明して鬼頭先生がどのような利益を得るのかという話を考えたときに、鬼頭先生が別に病んでいなかったと言うのなら僕は、鬼頭先生がそう言っているのなら、そうだったのだろうとしか言いようがない。
今じゃ「あんまり触れない方が良い話題かな?」程度だけれども、昔はまぁ…うん。
それでも僕が10台だった頃よりは扱いは良くなっていて、僕の世代でそれなら、鬼頭先生の世代、飲酒運転が当然の権利のように行われていて、パワハラセクハラ当たり前、教師や親が子供を殴って教育していて、部活中に水を飲んではいけないという指導を行っていたという、今と価値観がかけ離れていた世代だと、まぁ色々違いはあるのだろうと僕は思う。
この話については、鬼頭先生の言葉が正しいと思えば鬼頭先生の言葉を信じればいいし、僕が以前書いた内容や、今ここで書いた内容について、それが正しいと思えばそちらを正しいと思えば良い…としか僕からは言えませんね…。
それに加えてこのサイトの古い記事はもう、一切弄らないと決めているから現状のまま押し通すしかないですし。






