胙豆

胙豆

傲慢さに屠られ、その肉を空虚に捧げられる。

書いていくことにする。

 

諸々のことは(中編)に書いたので、今回はさっそく『アレクサンドロス大王伝』の記述から見ていくことにする。

 

カリステネスがこのテキストで登場する最初の場面はアレクは神の息子であるとプロパガンダ工作をしようとして、それに際してアレクに媚び諂う佞臣たちがそれに雷同して賛辞の演説をした際になる。

 

ちなみに、『英雄伝』ではアンモン神の息子という設定だったけれども、『アレクサンドロス大王伝』ではゼウスの息子という設定で、ただそういう風に神の子と名乗ること自体がギリシアにとっては異国の風習で、どうもそういう外国文化の取り入れと王の権威の上昇を同時に行っているというか、権威付けの方法として、ペルシアの方法を取り入れたという話らしい。

 

アレクはその時に同時にペルシア式の平伏の礼も取りれようとしていて、アレクの意にそう廷臣たちはその意向に沿う演説を饗宴の中で披露している。

 

そこで、王は祭日に贅を尽くした饗宴を催すよう命じ、マケドニア人とギリシア人――主立った朋友――だけでなく、敵の貴族たちも招かれた。王は一同とともに宴席についたが、少しのあいだ食べただけで席を離れた。一〇 クレオンは手筈どおりに王の偉業を賛美する演説を始め、次に、王から受けた恩恵を数え上げた。「恩返しをする方法はただ一つ、神だとわかっているお方をそうと認め、これほど多大な恩義にわずかな香の出費で報いることである。一一 実際、ペルシア人が王を神として崇拝するのは、敬虔なだけでなく賢明なことでもある。なぜなら、 帝国の威信こそ安全を保証するものだからだ。ヘラクレスやディオニュソスでさえ、同時代の者たちのねたみに打ち勝つまでは神格化されなかった。後世の人々は、誰についても、現在の世代が保証しただけのことを信じるものだ。一二 もし他の方々がためらうならこのわたし自身が、王が饗宴にお戻りになるとき、地面にひれ伏すであろう。他の方々も、とりわけ良識をそなえた人ならば、同様にすべきである。というのは、そのような人々こそ、王に対する崇拝の範を示すべきだからだ」とクレオンは述べた。

(クルティウス・ルフス 『アレクサンドロス大王伝』 谷栄一郎・上村健二訳 京都大学学術出版会 2003年 pp.330-3301)」

 

 

この演説はカリステネスに当て付けられたものであったようで、続く文章ではカリステネスはその演説に対する言葉を述べている。

 

十三 この演説は、紛れもなくカリステネに向けられたものだった。この人物の厳格さと歯に衣着せぬ物言いが、あたかも、こうした媚びへつらいの姿勢を覚悟しているマケドニア人を一人で引き止めているかのように、王の不興を買っていたのである。一四 あたりは静まり返り、一同の視線が集中する中でカリステネスは言った。「もし君の演説中に王が居合わせていたならば、間違いなく、誰も返答する必要はないであろう。というのは、王ご自身が、異国、異邦の風習に身を落とすことを強いるな、また、大成功した事業にそのようなへつらいによって悪意を招いてくれるな、と要望するに違いないからだ。一五 しかし、王がご不在であるからには、このわたしが代わって答えよう。いかなる果実も長持ちすると同時に早熟だということはなく、君は王に天の栄誉を与えているのではなく、奪っているのだ。なぜなら、神だと信じられるには長い時が必要であり、偉大な人物にこのようなかたちで感謝を捧げるのはつねに後の世の人々だからだ。

 一六 一方わたしは、王が長命であるためにも、その威信が永続するためにも、後々の神格化を王のために祈る。神性は時として人生の後に生ずることはあるが、人生をともに歩むことは決してない。

一七 たった今、君は神格化の先例としてヘラクレスとディオニュソスを挙げた。では、彼らがただ一度の、宴席の決定で神にされたのだと信じているのか。いや、彼らを名声が天へ運ぶ前に、「自然」が人の目から奪い去ったのだ。一八 いやはや、クレオン、わたしと君は、神々をこしらえ、王はわれわれから神格のお墨付きをもらおうとしているわけだ。君の力を試してみたいものだ。もし神を作ることができるなら、 誰かを王にしてみよ。王国を与えるより天を与えるほうが容易なのか。一九 願わくは、恵み深い神々がクレオンの発言を聞いてお怒りになりませんように。また、事がこれまでの流れと同じ道筋で進むのをお許しくださいますように。われわれが自らの慣習に満足していることをお認めになりますように。わたしは祖国を恥じていないし、王に敬意を表するすべを敗者から学ぶ気はない。わたしは、もしわれわれが生きていくための掟を彼らから受け入れるとすれば、彼らこそ勝者だと認める者である」。(同上pp.331-332)」

 

話としては大王に阿る人々がアレクを神に祭り上げようと演説をして、それを受けてカリステネスが早熟な果実は同時に腐るのも早いし、神聖は時間と共に獲得されるものであって、それを宴会の席での一つの意見を元に行うというのなら、神々が怒らなければ良いのだがと言い返したという流れになる。

 

更には、勝者が敗者の慣習を取り入れるというのは道理に適っていないという話を続け、クレオンの意見を封殺したという流れで良いと思う。

 

…勝者が敗者の文化を取り入れるということに関しては、『ヒストリエ』ではアレクがテーベの兜を装備に取り入れるという描写がある。

 

(岩明均『ヒストリエ』10巻pp.128-130 以下は簡略な表記とする)

 

アレクがペルシアの文化を取り入れようとしたのは『英雄伝』でも同じで、その辺りについてはアレクの東征に関する概説書、おそらくは森谷公俊教授の著作の中にその話があって、未知のその本の中に、アレクの外国文化を取り入れようという気概の話と、実際にテーベの兜を採用したという話が書かれているのだと僕は考えている。

 

話をカリステネスに戻すと、彼はヘラクレスとディオニュソスが神になった話を挙げて、彼らについて以下のように言及している。

 

一七 たった今、君は神格化の先例としてヘラクレスとディオニュソスを挙げた。では、彼らがただ一度の、宴席の決定で神にされたのだと信じているのか。いや、彼らを名声が天へ運ぶ前に、「自然」が人の目から奪い去ったのだ。」

 

これについては要するに、自然(ピュシス)がヘラクレスとディオニュソスの命を奪ったという話なのだけれども、そのピュシスが古代ギリシア特有の概念で、現代日本語に該当する言葉がない。

 

アリストテレスも「自然本性に従って」と言って、そのように現象が成るのはピュシスがそうさせていると説明することがあって、けれども、僕はその辺りの知識を持っていない人に説明する術を持っていない。

 

まぁともかく、先の「自然」はおおよそ日本語の「宿命」として理解すればいいのかなとは思っている。

 

結局の所、カリステネスはクレオンの主張に反論をしたわけだけれども、その言及内容はあまり『ヒストリエ』のカリステネスとは重なっていないのではないかと僕は思う。

 

(1巻pp.39-40)

 

『アレクサンドロス大王伝』のカリステネスであったならば、峻厳に正論を以てエウメネスに反論をするのではないかと思うけれども、息が上がってたらそりゃ無理か、とも思う。

 

ただそうとは言え、重なっているかと言えば重なっていないのであって、今の所『アレクサンドロス大王伝』のカリステネスは『ヒストリエ』の材料には使われてはいなささそうになる。

 

あのカリステネスの反論については、ギリシアの文化を重んじる人々の支持を集めるような発言で、古くからの慣習を変えることに憤慨していた年配の人々もカリステネスに同意の意を示したらしい。

 

アレクはその様子を裏で聞いていて、どうも、アレクにとってもカリステネスの言葉は正論だったらしく、さも他の所で仕事をしていて今までのやり取りは聞いていないという様子で饗宴に顔を出して、その裏で今まで通り、平伏する礼は異民族だけが行うように指示を出したと記述されている。

 

ただやはり本心では臣下に異民族以外でも平伏の礼をさせたかったらしく、ポリュペルコンが平伏の礼を取る異民族の廷臣を嘲笑すると、アレクが文句を言ってそれに反論したもんだから、アレクはキレて引きずりおろして地面に擦り付けて「お前も今さっき馬鹿にした奴と同じ状況だぞ」と言った挙句、長きに渡って懲罰を加えたという話が続いている。

 

(5巻p.162)

 

個人的に…この丸顔のポリュペルコンが異民族を嘲笑してアレクに文句言われて、それに反論するという場面がイメージしづらい部分がある。

 

おそらく、『ヒストリエ』ではその場面は想定していないというか、ポリュペルコンに関しては『英雄伝』をベースに色々考えられていると思う。

 

アンティパトロスが病死して、その後継者にポリュペルコンが指名されて、アンティパトロスの子カサンドロスがその決定に異議を唱えてポリュペルコンと対立して、それに際して戦力増強を目論んだポリュペルコンはエウメネスと組むことにして、そのようなことをする人物として、そして、『英雄伝』のフォーキオン伝のように、フォーキオンを陥れるような人物として想定されているのだろうと僕は思う。

 

加えて、この平伏を嘲笑した結果アレクの怒りを買うエピソードについて、ポリュペルコンのそれと殆ど同じそれがカサンドロスにもあって、平伏する異民族を笑ったらアレクにボコされたという話があったはずで、まぁこういう話は登場人物が諸説あるということは割と多い。

 

話を大王伝に戻すと、その後ポリュペルコンはしばらくしたら懲罰を解除されたけれども、アレクのカリステネス対する恨みはそのままで、それに続いてアレクの暗殺未遂事件の話があって、そこにまたカリステネスの名前が登場する。

 

その暗殺未遂については、マケドニアの伝統として次期幹部候補の若者たちはアレクの近習として仕えるという伝統があったらしい。

 

日本の戦国時代も小姓が偉い人の周りに居て仕えていて、まぁマケドニアもその辺りは同じで、マケドニアだと彼らを鞭打つ権利が王には与えられていたらしい。

 

近習の中の一人であるヘルモラオスは、狩りに際して王が仕留めるべき獲物に先に槍をさしてしまうという失態を犯して、彼は鞭打ちを受けたということがあったらしい。

 

ヘルモラオスはこれを恨みに思って、王を殺害しようと考えて近習から仲間を集めて暗殺計画を立てたと記述されている。

 

ヘルモラオスが発起人ではあるけれども、計画に参加した人たちもなんらか王を前々から恨んでいたらしいという話がされている。

 

そういう風に恨みを持つ近習は何人もいたけれども、近習の中には暗殺計画に参加しない人物も当然居たから、計画に参加した人だけで王の警護をするタイミングを待つ必要があって、その為に32日を費やしたとある。

 

そして、満を持して参与者だけで警護という日がやってきたけれど、アレクは全然宴会をやめないし、やめる空気が出てきたら、神懸かりをして予言をする女(巫女?)が王の行く手を遮って饗宴に戻るように警告して、宴会は更に長引いて、結局交代の時間が来て、その日の暗殺は失敗に終わったらしい。

 

若者たちは計画が失敗に終わったとはいえ、何かが露見したわけではないのだから、次の機会を狙うことになったけれども、参与者の一人が今回の出来事で心が折れて、そもそも神が我々の計画を妨げているのではないかと思い、心変わりして兄に相談したところ、兄が側近護衛官に上申し、そこから今回の暗殺未遂計画が明るみに出たという流れらしい。

 

その計画にカリステネスは参与したということはなかったけれども、王を批判、非難する少年たちの話をいつも喜んで聞いていたというのも事実であって、ヘルモラオスが鞭に打たれたとき、カリステネスは「君たちはもう一人前の大人だということを肝に銘じるべきだ(同上p.338)」と言っていて、その言葉は慰めのつもりだったか、若者の怒りを煽ったのかは定かではないと書かれている。

 

その後、アレクは陰謀に参加した若者を集めて問い詰めると、彼らは企てをためらいなく白状して、その中でヘルモラオスはこのことはアレクが奴隷のように我々を支配したからだと言って、それを聞いた彼の父親が、自分の父親まで殺す気かと叫んでで立ち上がり、息子の口に手をあて、罪と不幸で錯乱したものをこれ以上尋問すべきではないと言ったと記述されている。

 

…まぁもうどうやってもヘルモラオスは助からないから、親も庇っても仕方がない場面で、それなのに減らず口をまだヘルモラオスは叩くのだから、色々ね。

 

その後、アレクはヘルモラオスにカリステネスから何を学んだかを述べるように命じて、それに対してアレクが処刑した諸将の名前を挙げてアレクを非難して、それを聞いた群衆はヘルモラオスに罵声を浴びせ、父親は殺すために剣を抜いていたけれど、王に制止されて殺せずにいるという状況に至っている。

 

その後、アレクはまだ言うことはあるかとヘルモラオスに聞くと、以下の内容を答えている。

 

「弁論に慣れぬ若造に抗弁をお認めくださるとは、なんと寛大なことか。しかし、カリステネスの声は牢獄に閉じ込められている。彼だけは弁論に長けているからだ。 さもなければ、自白した者の言い分さえ聞くというのに、なぜ彼がここに引き出されないのか。もちろん、無実の人が自由に話すのを聞くのが恐いからだ。顔を合わせることすら耐えられないからだ。一〇 だが、わたしは彼が何もしていないと断言する。きわめて高貴な企てをしたわが同志ならばここにいる。カリステネスがわれわれに荷担したと述べるような者は誰一人いない。前々から、まったくもって公正で忍耐強い王が、死刑にしようと目をつけていただけだ。一一 それでは、これが――まるで有り余った無価値なものであるかのように、その血を使い捨てにしておきながら――マケドニア人への報酬というわけか。あなたのためには三万頭の驛馬が戦利品の黄金を運んでいるというのに、兵士のほうは報いのない傷以外、故郷に持ち帰るものは何一つない。十二 それでも、われわれはすべて耐えることができた――あなたがわれわれを異民族の手に引き渡し、新奇なやり方で勝者を軛につなぐまでは。あなたはペルシアの着物や作法を好み、祖国の慣習を忌み嫌っている。それゆえ、われわれはマケドニアの王ではなくペルシアの王を殺そうとしたのであり、戦時の掟に従ってあなたを裏切り者として追及しているのだ。一三 あなたは、マケドニア人が跪いてご自分を神として崇めることを望み、ピリッポスが父親であることを否定している。もし神々のいずれかがゼウスより上だと見なされたなら、ゼウスをさえ蔑視するに違いない。一四 自由人たるわれわれがあなたの驕慢に耐えられなければ、それが不思議なのか。われわれは、無実でも死なねばならないか、もしくは――死よりもつらいことだが――隷従の中で生きねばならぬとすれば、あなたにいったい何を望めようか。一五 実際あなたは、もし考えを改めることができるなら、それは少なからずわたしのおかげだ。というのは、自由人が何を甘受できないかをわたしから初めて学んだからだ。あとは、お慈悲を垂れたまえ。子を失った老人に罰を加えないでいただきたい。われわれを処刑場に引っ立てるよう命じるがよい。われわれは、あなたの死の中に求めたものを自分自身の死から獲得するであろう」。このようにヘルモラオスは言った。(同上pp.340-341)」

 

話としてはアレクのペルシア式のやり方、ペルシアの衣服や作法を好み、マケドニアの風習を忌避し、自身を神の子としてフィリッポスの息子ではなくゼウスの子とするようなやり方を選ぶのはマケドニア王ではなくてペルシア王だから、ヘルモラオスはペルシア王を殺そうとしたと主張しているという話になると思う。

 

アレクはヘルモラオスの発言について反論をするけれども、まぁこの記事の論旨的にはさして重要でもないので、引用しないでおく。

 

結局の所アレクは、先のヘルモラオスの意見について、それをカリステネスの受け売りであって、カリステネスの言葉であると判断したらしく、陰謀に参加した若者と同じように、カリステネスも拷問を加えて殺したと書かれている。

 

ここで『アレクサンドロス大王伝』のカリステネスの記述は終わりになる。

 

…この記事を書き始める前は、ヘルモラオスの暗殺未遂事件の後にカリステネスの台詞があると思い込んでいたけれども、作業の途中でそんなものはないと知ることになった。

 

ヘルモラオスの弁明の話をこの記事に書く直前くらいにカリステネスの出番はもうないことを理解して、どうすっかなぁ俺もなぁと思っていて、そうとはいえ話としてはヘルモラオスの発言はカリステネスの受け売りであって、あれはカリステネスの意見であるということなので、大王伝のカリステネスの性格を理解する材料にならないこともないと判断して、そのまま押し切ることにした。

 

読んでいただけたら分かるように、あんまり『アレクサンドロス大王伝』のカリステネスは『ヒストリエ』のそれと関連性を持っていなさそうではある。

 

一方で『アレクサンドロス大王東征記』のカリステネスはというと…と言った所で一旦小休止。

 

なんつーか、2月が終わったというのに、作業が全然終わらなかった。

 

なのでとりあえず、この途中までを2月の最終日付けで公開して、3月中に残りの部分を書くという方向性でやっていきたいと思う。

 

2月が28日までしかないのが悪いよ2月が。

 

そんな感じです。

 

では。