
今回もまた正夢の話です。映画「男たちの大和」の主人公のモデルとなった八杉康夫氏は、昭和20年4月の沖縄特攻で大和に乗組み、米軍との交戦ののち撃沈寸前の大和から脱出、海上を漂流の末生還しました。
その同じ日に八杉氏の祖母が、孫の生還を暗示させる不思議な夢を見ています。話は八杉氏が救助されたのち、呉に帰還したところから始まります。

八杉康夫氏
「その後二十人ずつほどばらばらで、軍用でない一般列車にのって呉に戻りました。いっぺんに乗ると、天下の巨艦(大和)が沈んだことが、一般の人に悟られるからです。
呉に帰ってまたしても驚きました。引率していた下士官に『お母さんがお前に面会に来てるぞ』と言われ、見ると、めがね橋のところで母が待っていたんです。大和の沈没は極秘ですから戻って来ることを知っているはずはありません。
母に尋ねると『おばあちゃんが康夫が帰ってくる、迎えにいってやれ、絶対に帰ってくるから、と泣くようにいうもので、仕方ないからきてみたのよ。二時間ほど待っていたら、本当にあんたが現れたのよ。不思議なこともあるものねえ』といいいながら両手を合わせました。
自宅には影膳(かげぜん)と言って、出征した兵の写真の前にご飯をおいてあるんですが、母によると、祖母は突然、それを拝み出したんです。
母は『何すんのよ、おかあさん。縁起の悪い』と言ったそうですが、『夢で見たんや。康夫が盥(たらい)に乗って帰って来よるのを。大きな艦が沈んでなくなってしまったので、盥に乗って艦をもらいにきよるんや』と言ったそうです。
これが大和が沈んだ4月7日のことで、昼寝をしていた祖母が突然言ったそうです。このことは当時、私の父が日記に書いて残していますので、嘘ではありません。本当に不思議な話です。
翌4月8日大本営発表で沖縄特攻が大勝したように発表していましたが、その時、発表された『当方の被害』に戦艦が一隻はいっていました。
当時、もう日本には戦艦は二、三隻しか残っておらず、祖母は間違いなく大和が沈んだと思ったようです。それにしても不思議な話で、いまだにこれだけは謎です。テレパシーのようなものが祖母にはあったのでしょうか」
【解説】背後霊から孫の生還を知らされる
八杉氏の祖母は昼寝中に正夢を見たわけですが、一体どのようにその情報を得たのでしょうか。
まず祖母が昼寝中に幽体離脱をして、直接大和の遭難現場を見てきたのではないかという可能性が考えられます。
しかしその場合は大和が沈没する場面や、乗組員が溺れたり漂流している映像が見えるはずで、孫が盥に乗って帰ってきた、という場面は非現実的です。
従って盥に乗っている夢というのは、孫が生還する象徴として創作された映像なのではないかと考えられます。
つまり昼寝中に霊界を訪れた祖母に、祖母の背後霊(守護霊)が彼女の孫が生きて帰って来る場面を象徴する映像を創り出して、彼女に無事を知らせたのではないでしょうか。
何度か述べていますが、人間は睡眠中にみな霊界を訪れており、そこで自分の背後霊や霊界へ渡った親族・知り合いなどと会合を持つことができます。
しかし一般的に、起床後は霊界で行ったイベントもきれいさっぱり忘れてしまい、あとには不可解で歪んだ夢だけが残ることになります。
霊媒体質者ではこれをよく記憶している人がいるということですが、彼女も霊感の強い人だったのかもしれません。時にはこのように、霊界での記憶が正夢として脳に上って来ることがあります。
『戦艦大和最後の乗組員の証言』、八杉康夫著、粟野仁雄構成、ワック、2005年