
先週は昭和20年4月7日、沖縄特攻で出撃した戦艦大和上で米軍機との死闘が繰り広げられた場面を掲載しました。今週は大和の沈没から、遭難者が救出されるまでの様子をご紹介します。
大和の傾斜が35度を超えた。なおも敵機は魚雷を撃ちこんでくる。沈むまでつづけるつもりだ。
「おのれ」
わたしはくやしさのあまり涙を流した。このくやしさは敵に対するものだけではない。敵機に対するもの以上に、こうなることがわかっておきながら作戦を決行したものに対する怒りがつよい。
敵機のパイロットも命をかけて戦火をくぐった。かれらも幾人かの戦友も亡くしたことだろう。戦後になると米兵に対するわたしの怒りは消えた。しかし、あの作戦(大和の沖縄特攻)を決行した軍部に対する怒りは今も消えない。
いったい、なんのための特攻だったのか。
大和特攻は無慈悲であった。あまりにも、人間の命を軽視したものであった。あのとき、悲痛な怒りが涙となってながれた。そしていまなおそのおもいは消えない。死んだ戦友たちが忘れてくれるなと地下から訴えているのだろうか。
大和がぐんぐんしずみはじめた。45度の傾斜となった。大きなうずとなって艦内に流れ込む海水の音がする。
波がせまってきた。足が水につかった。股まで海にしずんだ。衣服が水をすいあげてつめたくおもくなる。わたしはそのままずるずると海のなかにはいった。
(泳がなくてはならない。)
そうおもって手足をうごかす。しかし前にすすまない。ふいに、体が海中にひっぱられた。
「うわああ」
とわたしは声をだしながら大きなうずに巻き込まれた。耳がごうごうとなっている。体が水のなかでくるくるとまわる。両手両脚で水を必死にかくがまったく効果がない。息を止めて海中で耐える。しかしそれも限界に達した。
呼吸がくるしい。空気をすこしずつはきだす。息をすえば溺死する。その瞬間がちかづく。口を閉じ、眼をかたくとじて息をこらえた。しだいに頭がぼんやりしてくる。死ぬようだ。
「ナムアミダブツ」
神仏に無関心だったわたしが自然に両手を胸のまえであわせて念仏をとなえた。ここまではおぼえている。そのあと気をうしなった。
ふと、われにかえった。浮いている。わたしの体がういているではないか。呼吸もしている。目もみえる。手足もある。負傷もないようだ。空がみえた。黒い重油の海面もみえる。生きている。わたしは生きている。
「よおし、生きのこってやるぞ」
これまで死生を達観したかのようなわたしだったが、このときから猛然と生への執着心がわいた。そして、生還へのあらゆる努力をはらおうとした。
応急員、木村茂良の持ち場は右舷後部。沈没の際、傾いた左舷から海に滑り落ちた。渦に巻き込まれないために必死で船から離れた。振り返ってみると、大和は赤い船腹をさらしていた。
4本あるスクリューが天を向き、1本だけ動いていた。「ああ、大和はまだ生きているんだ。中にはたくさんの人がいる」。そう思った瞬間、大和は大爆発した。
深い群青色の海に突然、ぶわーっとオレンジ色の強い閃光が走りました。沈没した大和が水中で大爆発したのです。(中略)私は爆発まで覚えていますが、その後意識を失いました。
米軍の撮った写真では、大和の周辺は直径580メートルにわたって、海面が40メートルも盛り上がっています。「魚も生きていられない」というすごい水圧だそうです。
(海中にいる)私たちは見たこともないものをそこ(上空)に見ました。空一面にアルミ箔をちぎったようなものが、きらきらと輝いているではありませんか。(中略)
ところがまもなく、その光る物体が降ってきました。アルミ箔なんかではありませんでした。実は大爆発で真っ赤に焼けた大和の鋼鉄の破片だったのです。泳いでいた多くの兵が私の目の前でその鉄片に当たり、声もなく沈んでいきました。
5メートルほど前にいた兵隊の顔が突然、大きくなったかと思うと、海中に消えてしまいました。なんと、鉄片で頭を割かれ、一瞬で顔が真っ二つになったのです。両足を切断した人や手首を落とされ、おぼれていく人もいました。
大和の生存者は300人であった。沈んだときに(転覆した大和の)艦腹には1,000人以上の兵たちがいた。700人もの若者たちがあれから死んだことになる。その理由があとでわかった。大和が爆発したのである。
三式爆弾に引火したのだろうか。このことは生きのこった谷本清兵曹から聞いた。谷本兵曹は同じ三重師範の同級である。かれの体が海中にしずみ、そのあと海面にうきあがった。その瞬間、紅蓮の炎と無数の金属片が空にふきあがったのを見たという。
爆炎は5,600メートルにもたちのぼり、そこから落下してきた大小の金属片が海面にいる将兵たちをおそった。大きいものはたたみ一枚以上もあったそうだ。それらの鉄塊にたたきつぶされ、切り裂かれ、たくさんの者が死んだ。
そうして2~30分浮いていると、顔が異様にまん丸になり、髪の毛も眉毛もまったくない化け物のような真っ白い顔が漂ってきました。年寄りか若者かもわかりません。そして弱弱しい声で「おおーい。俺も連れて行ってくれよなあ。捨てていかんでくれよなあ」と言いました。
私の1メートルくらい近くまで接近しましたが、ぎょっとしました。襟はまったく焼けていません。おそらく高圧蒸気に顔面をやられたのでしょう。鼻の穴もないような状態でした。
彼はしばらく、わけのわからないことを口走っており、みんな「おおい、あいつ、気が狂ったんやろか」と、見ていました。そして最後に糸のような細い目を曇り空に向け「ああ。はよしにたいわ」と大阪弁で言ったと思ったら、ぶくぶくと海中に消えていきました。もう、どうすることもできませんでした。本当に悲しく、無念でした。